【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第一章】

彼と彼女と先輩と①

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あつっ……。

強い陽差しに片手を上げて、くっきりとした色合いの空を仰ぐ。

高校に入って初めての夏休み。
その、初日。

出かける先が、本屋ぐらいしかないなんて、ね。

ふうっと大きく息をついて、だいぶサビついてきた家の門を押しやる。

と、その時、小さな可愛いらしい笑い声が耳に入り、なにげなくそちらに目を向けた。

───だ、れ……?

息が、止まりそうになった。

思わず動きを止めて、呆然としてしまう。

そんな自分を無理やりつくろって、声をかけた。

与太郎よたろうくん、デート?」

それまでの楽しそうにしていた表情から一転して、びっくりしたようにこちらを見る、彼の隣にいる彼女。

彼の、文字通り『彼女』なんだって、分かる。

「そうだよ。
……めずらしいな、お前。どっか出かけるのか?」

あっさりと答えて、本当に驚いたように言う彼に、その隣にいる彼女をなるべく意識しないよう、外出理由を告げる。

「暇だから、本屋にでも行こうと思って、出てきたところよ」

なかのなかでうずくまる居心地の悪さに、つんと横を向いてしまう。

声なんて、かける必要なかったのに。
馬鹿みたいだな、私。

「ふーん。そっか。
……あ、沙由美さゆみちゃん、ごめん」

隣の彼女の存在を思いだしたのか、私のことを彼流の言い方で説明し始める。

『幼なじみ』で済むところを、本人を目の前にして、あまりいい意味ではない形容詞をあれこれつけて。

「じゃあ、私、行くわ」

それを聞き届け、彼に向かって告げる。

言外に、不愉快であるという響きをもたせて。

───意味のないことをしている気がしていた。

彼は気づかないかもしれない。

けれど、私と彼女にとって、互いの紹介など必要のないものだ。

お友達になりましょう、という間柄には、まずならないからだ。

私と、彼女は。

そういう思いが彼女のほうにもあるのは、明らかだった。

彼の言葉を理解しようという姿勢は窺えても、私のことを知ろうとする意思がないのは肌で感じられるからだ。

それは私だって、同じだ。

あなたのことなんて、別に知りたいわけじゃなかった。

頬にかかる髪を気にしているその子に向かって、心の中で文句を言ってやる。

「ん、じゃあな、香緒里かおり。おばさんによろしく。
……行こう、沙由美ちゃん」

ようやく出たひとことに、ホッとしたように小さくうなずき、彼女はちらりとこちらを見た。

反射的に、その視線から逃れた。

すると、彼女のとまどう気配が感じられ、あわてて笑ってみせる。

できるだけ、自然な微笑みを。

「……さよなら」

言って、何事もなかったかのように、彼らとは逆方向に向かって、歩きだす。

隣家の庭先からブロック塀をこえ、道路へとこぼれた大きなひまわりが、眼鏡の端で小さく揺れていた。





欲しかった新刊は、見当たらなかった。

それで仕方なく駅前のCDショップまで足を伸ばした。

贔屓ひいきのアーティストの新譜と、クラシックを数枚手に入れて、家路につこうとした時だった。

松原まつばら!」

その声に、足を止めた。

自分が呼ばれたからでなく、その声に反応し足を止めてしまったのかもしれない自分に、驚く。
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