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【第三章】
この手を放せば⑥
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手にしていたカップを、ソーサーに戻す。
とたん、カチカチと食器が音を立てて触れ合う。
震えが止まらなかった。
これからタロちゃんに言おうとしていることと、その後の結果を考えたら、身体中が震えてどうしようもなかった。
必死になって震えを止めようと、努力する。
両手を交互にきつく握りしめ、何度も深呼吸を繰り返す。
シンちゃんは、そんな私の様子を不審に思ったらしく、こちらをのぞきこんできた。
「かお……どうした?」
そこへ、シンちゃんの言葉と重なるようにして、
「あれー」
と、意外そうに声を裏返しながら、それでも嬉しそうにタロちゃんがリビングに入ってきた。
「兄貴、早いね。……と、香緒里」
タロちゃんは、私を見て笑った。
「お前、ウチに来てたのか。おばさん心配してたぞ。
靴、返しといたからな」
ポーンと、シンちゃんの座ってる側のソファーに鞄を放り投げて、そのまま自分の身体も投げるように腰かける。
「……かおが、お前に話があるみたいだから、聞いてやれよ」
シンちゃんは立ち上がり、リビングを出て行った。
タロちゃんは、その背中に「オレも何か飲みたい」と、ソファーから身を乗りだして言うと、私に向き直った。
「で? なんだよ、話って」
あまりにも抵抗なく、真っすぐな瞳で切り返されて、自分の自信が揺らぐのを感じた。
……言えるだろうか、私に。
いまここで、彼に告げるだけの力を、私はもっているのだろうか……。
「なーに黙ってるんだよ。そんなに言いにくいことなのか?
あ、ひょっとして、いまさらオレに愛の告白かー?
やー、参ったなー。オレってばモテモテ……ってぇーなあ」
そこでタロちゃんはムッとして、頭の上のシンちゃんをにらんだ。
「なんだよ、兄貴。もの言わず殴るなよ。
そーいうトコ、お袋にそっくり」
「……お前は、人の気持ちを察してやることができない、とぼけたところが真史くんだよ」
「げっ。オレは親父と同レベルかっ!?」
「……いいから、かおの話を真面目に聞け」
シンちゃんはタロちゃんの頭を空いた手でぐいと私に向き直させると、手にしたマグカップをタロちゃんの前に置いた。
それから、タロちゃんの隣に座る。
タロちゃんはおもしろくなさそうに、置かれたマグカップに手を伸ばした。
「……今度は茶化さないから、ちゃんと言えよ、香緒里」
言って、カップに口をつけながら、上目遣いにこちらを見てくる。
その時、やっぱり言うべきなのかもしれないと思った。
しかも、思いきり突き放すように。
でなければ、また同じことの繰り返しだ。
……ちょうど、今日のように。
そう自分に言い聞かせ、口を開いた。
「───私、もう平気だから。
タロちゃんが、かばってくれなくても、大丈夫だから。
もう、私に構わないで」
震えないように気をつけた声は、ひどく冷たく私の耳に届いた。
タロちゃんに対して、こんなに冷たい言い方ができるとは、思わなかった。
タロちゃんは、ゆっくりとまばたきをした。
マグカップを、テーブルに置く。
「なに、言ってるんだよ……?」
とたん、カチカチと食器が音を立てて触れ合う。
震えが止まらなかった。
これからタロちゃんに言おうとしていることと、その後の結果を考えたら、身体中が震えてどうしようもなかった。
必死になって震えを止めようと、努力する。
両手を交互にきつく握りしめ、何度も深呼吸を繰り返す。
シンちゃんは、そんな私の様子を不審に思ったらしく、こちらをのぞきこんできた。
「かお……どうした?」
そこへ、シンちゃんの言葉と重なるようにして、
「あれー」
と、意外そうに声を裏返しながら、それでも嬉しそうにタロちゃんがリビングに入ってきた。
「兄貴、早いね。……と、香緒里」
タロちゃんは、私を見て笑った。
「お前、ウチに来てたのか。おばさん心配してたぞ。
靴、返しといたからな」
ポーンと、シンちゃんの座ってる側のソファーに鞄を放り投げて、そのまま自分の身体も投げるように腰かける。
「……かおが、お前に話があるみたいだから、聞いてやれよ」
シンちゃんは立ち上がり、リビングを出て行った。
タロちゃんは、その背中に「オレも何か飲みたい」と、ソファーから身を乗りだして言うと、私に向き直った。
「で? なんだよ、話って」
あまりにも抵抗なく、真っすぐな瞳で切り返されて、自分の自信が揺らぐのを感じた。
……言えるだろうか、私に。
いまここで、彼に告げるだけの力を、私はもっているのだろうか……。
「なーに黙ってるんだよ。そんなに言いにくいことなのか?
あ、ひょっとして、いまさらオレに愛の告白かー?
やー、参ったなー。オレってばモテモテ……ってぇーなあ」
そこでタロちゃんはムッとして、頭の上のシンちゃんをにらんだ。
「なんだよ、兄貴。もの言わず殴るなよ。
そーいうトコ、お袋にそっくり」
「……お前は、人の気持ちを察してやることができない、とぼけたところが真史くんだよ」
「げっ。オレは親父と同レベルかっ!?」
「……いいから、かおの話を真面目に聞け」
シンちゃんはタロちゃんの頭を空いた手でぐいと私に向き直させると、手にしたマグカップをタロちゃんの前に置いた。
それから、タロちゃんの隣に座る。
タロちゃんはおもしろくなさそうに、置かれたマグカップに手を伸ばした。
「……今度は茶化さないから、ちゃんと言えよ、香緒里」
言って、カップに口をつけながら、上目遣いにこちらを見てくる。
その時、やっぱり言うべきなのかもしれないと思った。
しかも、思いきり突き放すように。
でなければ、また同じことの繰り返しだ。
……ちょうど、今日のように。
そう自分に言い聞かせ、口を開いた。
「───私、もう平気だから。
タロちゃんが、かばってくれなくても、大丈夫だから。
もう、私に構わないで」
震えないように気をつけた声は、ひどく冷たく私の耳に届いた。
タロちゃんに対して、こんなに冷たい言い方ができるとは、思わなかった。
タロちゃんは、ゆっくりとまばたきをした。
マグカップを、テーブルに置く。
「なに、言ってるんだよ……?」
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