【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第三章】

この手を放せば⑦

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私の言葉の十分の一も理解できなかったように、タロちゃんは呆然と私を見ていた。

タロちゃんの反応に、強く奥歯をかみしめたあと、もう一度、口を開く。

「解らないの?
私、タロちゃんのせいで、女の子たちに嫌われてるんだよ?
できるはずの友達だって、できないよ。タロちゃんが、私に構うから───」

そこまで言って、息が止まりそうになって、彼を見た。

じいっと漆黒の瞳で私を見つめ、軽く眉を寄せた、タロちゃんの眼差しが痛かった。

いつも、きつい目もとを和らげて人を見るタロちゃんが、遠慮なく鋭い目つきで私を見ていた。

それは、タロちゃんが本気で怒っていることを、物語っていた。

それでも、いま言わなくてはいけないのだと、思った。

「───迷惑なのっ! タロちゃんのしてくれることは、全部」

言いきったあと、たまらなくなって、彼から視線をそらした。

ややして、タロちゃんのかすれた声がした。

「本気で言ってんのか、それ……」

苦しそうな問いかけに、ひざの上で手のひらを握りしめ、即答した。

「本気だよ。なんで私が嘘つかなくちゃ───」

「分かった」

さえぎられた言葉に胸をつかれ、タロちゃんを見る。

「分かったよ!」

叩きつけるように乱暴に言って、タロちゃんは頬をゆがめて立ち上がった。

アザになった頬が痛々しくて、思わず顔をそむけ、うつむいた。

「もう二度と、お前のことは構わない。それでいいだろ?」

低い声で言うタロちゃんに、うなずいた。

うなずいてみせるより他に、できることは何もなかった。

それを見届ける気配がして、そのあとタロちゃんは、リビングから立ち去って行ったようだった。

たちまち視界が揺らいで、鼻の奥がつんとした。

直後、ぽたぽたと涙がスカートに染みをつくり始める。

……タロちゃんが、好きだった。小さい頃から、ずっと。

彼だけが、私のすべてだったと、いってもいい。

でも、だからこそ、このままずるずると、彼に甘え続けていられないと思ったのだ。

彼が私を気にかけることによって、これからひとつずつ何かを失っていく過程で、それらが私のせいであると彼のなかで結論づけられる、その前に。

私は、そうなる前に、自分のほうから手を離したのだ。

彼からいま、そうして逃げることによって、自分の傷を最小限に抑えるために。

いつか、彼のほうから手を離された時の自分の衝撃を考えると、そのほうが遙かに怖かった。

同じ嫌われるのなら、私から言いだしたほうが、自分が傷つかないだろうと、そう、思ったから。

結局、自分が立ち直れないほど傷つく前に、彼を傷つけたのだ。

すべては自分だけのために───。

強い自己嫌悪と、これからの彼と自分の関係を思って、頭が痛くなるくらい、泣いた。

「……かーお。ほら」

やがて涙が落ち着いた頃、私の座っているソファーが沈んだ。

隣を見ると、マグカップを持ったシンちゃんがいた。

ミルクティーの入ったそれを、私に差しだしてくる。
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