19 / 35
【第四章】
彼に似たひと①
しおりを挟むそれから私は、彼を『タロちゃん』ではなく『与太郎くん』と呼ぶようになった。
彼が自分の名前を嫌っているのを承知で、あえてそう呼び始めたのだ。
そうすることによって、さらに彼との溝を深めるために……。
誰ともつながりを、もたない。
誰にも自分を、さらけださない。
自分に関心をもってもらわないかわりに、自分も特定の人に興味を抱かない。
だから、誰から何をどう言われようとも、どんな風に思われようとも構わない。
そう、強く自身に言い聞かせた。
そうして、彼に対してだけでなく、自分と関わりをもつ、すべての人とのあいだに、大きな壁をつくっていったのだった。
そんな私が、クラスのなかで浮いてしまうのは当然のことで、クラスメイトと必要以上の会話を交わすことは、なくなっていた。
───そんな日々の続く、中二の夏の、始まりの頃。
§
「なに、聴いてるの?」
自分以外、誰もいなかったはずの場に、突然その声は割って入った。
言葉のイントネーションが、あまりにも彼とよく似ていたので、思わず携帯電話のヘッドフォンを片方はずし、顔を上げた。
人懐こい笑みで見下ろしてくるのは、もちろん、彼じゃない。
あごの線と、ややつり上がりぎみの目もとだけが、よく似てはいたけど。
少し茶色がかった、やわらかそうな細い前髪は長めで、夕陽が差しこむ図書室で、瞳を落としていた。
思わず観察してしまった私のセーラー服の襟もとから、なんの断りもなく、その人はヘッドフォンをつかみ上げた。
自分の耳へと、もっていく。
『───ファール、ファールです。いやぁ、よくねばります、元木。これで九つ目のファールです。
カウント、ツーストライク、スリーボール。大野、一塁へ牽制───』
そこまで聴いて、ヘッドフォンを返してくると、ぷっと噴きだした。
「……真面目な顔して、なに聴いているのかと思えば、プロ野球中継か。
てっきり英会話とかかと思ったよ、オレ」
「英会話だったら、自分も発声しなきゃ、意味ないでしょ」
ピシャリといってのけた私を一瞬きょとんと見たあと、その人はおかしくてたまらないといったように、机を叩いて笑った。
カウンターに座っていなければならないはずの委員もいない静かな空間に、軽やかな笑い声が響く。
「……あんた、おもしれー。二年……E組か。名前、なんていうの?」
「松原香緒里。分かったら、そこどけて。陰になるわ」
冷ややかに告げて、ふたたび学年新聞の校正に取りかかるために、傍らの辞書に手を伸ばす。
ラジオの中継に耳を傾けると、試合はすでに巨人のサヨナラ勝ちで幕を閉じており、元木のヒーローインタビューが始まろうとしていた。
知らず知らずのうちに、溜息がもれる。
「松原、野球好きなの?」
ラジオを消して、ウォークマンを鞄にしまいこむ。
……なれなれしい人。
「どこがひいき?
巨人? ヤクルト? それとも阪神?」
「───広島東洋カープ」
低くおさえつけるように答え、学年新聞の原稿を手早くしまい、鞄と辞書を持って立ち上がる。
「カープ女子かぁ……って。あれ……行っちゃうの?」
間の抜けた声を完全に無視して、図書室をあとにした。
───その人物こそ、佐竹尚輝その人に、他ならない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる