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急斜面を騎馬で駆け下りる訓練は、上々の仕上がりを見せた。
二日目、三日目ともなると、全員、苦も無く駆け下りることが可能となっていた。タイムを競うことができるまでにレベルアップしたのだから、大したものだ。途中からあと十名、増えたけれど、皆、根性で追いついてくれた。
並行して、騎馬で、下馬で、長剣を用いた模擬戦をしたり、流鏑馬で弓術を競ったり、指揮系統の確認、等々、多岐にわたる訓練を施した結果、「手足の如く」動くことができる別動隊が急速に仕上がっていった。
百騎募集のところ、最終的には八十騎となったけれど、このくらいのほうがより機動力が増す、という判断に至って、募集は打ち止めとしていた。無理に募集を続けて質が落ちてもどうか、と思ったのと、百人の歩兵よりも、百人と百頭の馬、のほうが当たり前だけれど相当のボリュームなので、狭い山道を進むことを考えればこれで十分、と思ったのだ。
訓練を始めて十日ちょっと。あとさらに十日もすれば出陣、という頃。
私は、その日は──正確には夜だったけれど──夜戦と、夜襲の訓練をしていた。
兵法の基本は、明るいうちの戦である。夜は見通しが利かないので、攻守ともに危険だから、当然のことだ。けれど、緻密に計算した上でのことであれば、奇襲、それも夜襲は極めて効果的だ。不意打ちによる驚愕、混乱と動揺、闇と死の恐怖。それらを、一気に敵方へ突きつけることができるのだから。
私の作戦を遂行するために、何度も夜に招集をかけた。馬のいななきを極力抑えるべく、ハミには布を含ませ、至近距離で火矢をつがえても怯えないよう慣れさせ、それらを遅滞なくこなすために、なにより兵士達にも慣れてもらわなくてはならない。広い平場において、一連の作業をすることはたやすいけれど、足場の悪い山道を想定して、馬と馬の距離を極限まで縮めて、それはもう何度も人工の山を昇降する。
彼らとともに昇降して叱咤し、崖下から彼らを見上げては、書類を丸めた即席メガホンでさらに檄を飛ばす。ちなみに、私がこういうことに通じているのは、ひとえに傭兵稼業の賜物だ。サラサラとどこまでも風砂が舞い飛ぶ砂漠地帯、荒涼とした岩場、高山地帯。近代の戦争とはいえ、テロリストは僻地へ僻地へと逃げ込むし、道なき道においては、軍用トラックもジープも用をなさなくなることも多い。馬やラクダは、科学の発達した元居た世界においても最終移動手段として欠かすことができなかったのだ。
「あと一回!」
私は即席メガホンを手に叫んだ。
「あと一回、全員隊列を組んで昇降を。頂上についたら火矢をつがえて!つがえたら消して、即時駆け下りたら二名ずつに分かれて散開!散開して馬場を一周!次、二十騎ずつ、四隊でさらに一周して集合!」
二度は繰り返さない。長い指示も、一度で聞き取り、覚え、聞き返すことなく実行してもらわなくては。
オルギールが私の横で長い腕を上げ、「行け!」と、鋭い号令とともに振り下ろす。
指示どおり動き出す彼らを見ていると。
ピッタリ閉じてあるはずの馬場の門扉がきしみつつ開いて、目算で三、四十騎前後が、蹄の音も高らかに近づいてきた。
夜目にも目立つ純金の髪、燃える緋赤の髪、そして、闇に溶ける黒褐色の短髪。付き従う衛兵たち。
彼らは、もしや。
「公爵様方がいらしたようですね」
予定は、聞いておりませんでしたが、と、特段驚いた様子もなく、オルギールは言った。
私はもちろんびっくりである。即席メガホンを片手に、ぎゃーぎゃー指示を飛ばしていたのも、馬場の外からも聞こえたかもしれない。
必要な訓練だから恥じるものではないけれど、でも、少し居心地が悪い。特に、レオン様がどう思われたかな、と、どうしても気になってしまう。
オーディアル公には、手をいじくりまわされた最初の軍議の日以降も、度々打ち合わせと称して顔を合わせる機会があり、だいぶ慣れてきていた。つまり、緊張は不要だ、という私なりの結論を出したのだ。理由は簡単、このひとは徹底的に武将で紳士で朴念仁だった。そして、衆目を気にせずあからさまに私を、もっと言うと私の手を大切に扱った(何かにつけ手を取り、額にあて、くちづけし、握りしめ。以下略)。私を呼ぶときは、かろうじて「准将」と言ってくれるものの、扱いはお姫様に対するそれだったのだ。一回だけ注意してみたけれど、公爵様は歯牙にもかけなかったので(姫君を姫君として扱って何が悪い、別に馬鹿にしているのではない、自分があなたを大切にすれば誰一人あなたを侮る者はいない、と開き直っていた。話にならない)、放置するしかなかった。大体が、オーディアル公の配下の方々は、私とオーディアル公を仲良くさせようとあからさまに企んでいるらしく、呼び名だけでなく態度も振舞いも准将として扱ってほしいと私だけが騒いだところで、まるで意味をなさなかったからだ。
そして、ラムズフェルド公。
なぜ、あの男が夜戦の見学など?
今回の出兵において、兵站を整えてくれているのが彼だ、と、早い段階で私はオルギールから聞かされていた。経済、金融に卓越した彼は、物資の調達や輸送方法など、細々とした、しかし軍を動かすために極めて重要な裏方仕事がとても得意なのだそうだ。しっかりと今回の出兵にも関わっているから、訓練風景に顔をのぞかせてもおかしくないと言えば言えるのだけれど。
だんだん蹄の音が大きくなり、彼らの顔がよりはっきりと見えてくる。
リーヴァ、と、レオン様は私の名を呼んでくれた。口の動きで、それとわかる。
オーディアル公は、馬上から恭しく私に向かって騎士の礼をとった。
ラムズフェルド公は。
──最悪の印象だった初顔合わせ以来だけれど、なんとなく非好意的な視線はそのままのようだ。
何より、私自身、彼の顔を見たくない。見る気になれない。
黒褐色の髪、暗緑色の瞳。
もう好きでもなんでもないどころか、本当に愛していたのかさえ疑わしい、元の世界の上司。
誤解したまま、私を犯した男。
彼と、ラムズフェルド公は同じ髪と瞳の色をしているから。三白眼気味のきつい目の形までもが似ているように思うから。正視したくない。
私はレオン様とオーディアル公に会釈を、ラムズフェルド公には目を逸らしたまま一礼した。
目を逸らしていたので、暗緑色の瞳が、一瞬にして険しい色を帯びたことに、私は気づかなかった。
******
最後の招集までは私がみておきましょう、とオルギールが言ってくれたので、私は公爵様方に目を向けた。
リヴェア、と、今度ははっきりと聞こえる距離でレオン様は私を呼んだ。真っ先に馬を降りて、大股で私に近づくと、武官としての礼をとる私を抱きしめる。
兵士達は訓練中だし他の公爵様方や衛兵もいる。さすがにこれはよろしくない、と注意をしようと顔を上げると、顎をとられて、ちゅ、とされてしまう。
「レオン様!、、ちょっと!」
「リヴェア、遅くまで精が出るな」
夜目にも輝く金色の瞳に、甘い色を浮かべてレオン様は言った。
そして、さらに耳の後ろに鼻をうずめ、すんっと大きく匂いを嗅いでいる。
「レオン様!だめですって、訓練中!」
「そろそろ終わる頃だろう?」
じたばたしようにも今やがっしりと本格的に抱きしめられて、ろくな抵抗はできない。
だからといって、あきらめるわけにはゆかない。抱きしめられて喜んでいると思われるのは不本意だし。
けれど、いつもながらレオン様はとっても自然体だった。要するに、私の抵抗は無視してにこやかに甘やかに自分の思い通りに事を進めるのだ。
優しいけれど、自分の思い通りにしかしない。こちらの世界の男性の特徴なのだろうか?
レオン様は、私の耳殻をぺろりと舐めた。
すんすん、すんすん。
「見学がてら、迎えに来たのだ」
「それは、ありがとうございます。……って、レオン様、とにかくはなして、それに私、汗かいてるし埃っぽいし!」
「それもまたいい。リヴェア、たまらんな……」
この変態公爵、何とかしてください。
げっそりしたまま抱かれていると、新たな刺激に、びくりと体がこわばった。
右手に湿った柔らかな感触を感じる。
これは、もしや。
「オーディアル公……」
レオン様に好き勝手されつつも、なんとかおそるおそる視線だけを動かすと、長身のオーディアル公が傍らに跪いて、無駄な抵抗を試みて宙をさまよう私の右手を握り、唇を押し当てていたのだ。
じいっ、とその姿勢のままフリーズしているところが、変態じみて恐怖を感じる。
「オーディアル公、不衛生でございます」
私は必死でそう訴えたが、これまたこちらの公爵様も私の非難などさらりと受け流した。
「頑丈にできているゆえお気遣いはご無用、姫君」
はい、「姫君」呼ばわり出ました。
他の兵士達がいるときには准将、と言ってくれるけれど、ちょっとウチウチになるとすぐこうなる。
ちなみに、ぐるりを囲む衛兵は彼らにとって生活の風景の一部であり、「他の兵士達」のジャンルに入らないのが問題だと思う。
「たいせつな、御身でございます。外出先で手洗いもせずそのようにされましては。……それに今は訓練中、私は姫君ではなく」
「お優しいな、姫君は。あなた以外にこのようなことはしない、問題ない」
問題あるって!優しいとか、論点違うって!
鉄壁の無表情を誇るはずの衛兵達、微妙に生ぬるく微笑んでませんか?
特に、オーディアル公配下のそこの衛兵さんたち。そっと拳を固めて頷くのはどういう意味ですか?
すんすんすんすん、と止まない耳元の熱い気配。
捕われた右手からようやく唇が離れたと思えば、さらに熱いざらりとぬめった感触。ゆっくりと、舐め回される。
手の甲、指の股、指の関節が甘噛みされて。
見るのも怖い。けれども、怖いもの見たさで二人に目を移せば、甘く蕩ける金色の瞳と、熱っぽく煌めく水色の瞳。
何をサカってるんですか!誰か止めてよ!
助けを求めてオルギールを探すと、彼は兵士達の訓練をチェック中で、完全に私のことは眼中にない。
兵士達はほぼ全騎登り切り、火矢をつがえ、消す、という動作を始めたばかりらしい。まだまだ、私の指示が終わるまでに時間がかかりそうだ。
他に誰か!と思ったところで、二人の公爵の暴走を黙然と眺めるラムズフェルド公と目があった。
綺麗な暗緑色の瞳。おだやかさのない、鋭利な視線。
視線まで。……そんなところまで、似なくてもいいのに。
「ラムズフェルド公!」
でも、背に腹は代えられない。
失礼にならない程度に、わずかに目を逸らしながら、私はおそらく初めて彼を呼んだ。
「申し訳ありませんが、公爵様方がせっかく視察下さってもこの様子ではいかがなものかと!」
あなたの同僚を何とかして下さいよ、と言外に匂わせてわめいたのだけれど。
「……名君と名高い公爵二人を、短期間に、よくもここまで。姫君の手腕には驚かされる。……いや、手管、と言ったほうが正しいのかな」
皮肉な笑みを湛え、ひとかけらの好意もない口調で、額に落ちかかる黒褐色の長めの前髪をかき上げつつ、ラムズフェルド公は言った。
二日目、三日目ともなると、全員、苦も無く駆け下りることが可能となっていた。タイムを競うことができるまでにレベルアップしたのだから、大したものだ。途中からあと十名、増えたけれど、皆、根性で追いついてくれた。
並行して、騎馬で、下馬で、長剣を用いた模擬戦をしたり、流鏑馬で弓術を競ったり、指揮系統の確認、等々、多岐にわたる訓練を施した結果、「手足の如く」動くことができる別動隊が急速に仕上がっていった。
百騎募集のところ、最終的には八十騎となったけれど、このくらいのほうがより機動力が増す、という判断に至って、募集は打ち止めとしていた。無理に募集を続けて質が落ちてもどうか、と思ったのと、百人の歩兵よりも、百人と百頭の馬、のほうが当たり前だけれど相当のボリュームなので、狭い山道を進むことを考えればこれで十分、と思ったのだ。
訓練を始めて十日ちょっと。あとさらに十日もすれば出陣、という頃。
私は、その日は──正確には夜だったけれど──夜戦と、夜襲の訓練をしていた。
兵法の基本は、明るいうちの戦である。夜は見通しが利かないので、攻守ともに危険だから、当然のことだ。けれど、緻密に計算した上でのことであれば、奇襲、それも夜襲は極めて効果的だ。不意打ちによる驚愕、混乱と動揺、闇と死の恐怖。それらを、一気に敵方へ突きつけることができるのだから。
私の作戦を遂行するために、何度も夜に招集をかけた。馬のいななきを極力抑えるべく、ハミには布を含ませ、至近距離で火矢をつがえても怯えないよう慣れさせ、それらを遅滞なくこなすために、なにより兵士達にも慣れてもらわなくてはならない。広い平場において、一連の作業をすることはたやすいけれど、足場の悪い山道を想定して、馬と馬の距離を極限まで縮めて、それはもう何度も人工の山を昇降する。
彼らとともに昇降して叱咤し、崖下から彼らを見上げては、書類を丸めた即席メガホンでさらに檄を飛ばす。ちなみに、私がこういうことに通じているのは、ひとえに傭兵稼業の賜物だ。サラサラとどこまでも風砂が舞い飛ぶ砂漠地帯、荒涼とした岩場、高山地帯。近代の戦争とはいえ、テロリストは僻地へ僻地へと逃げ込むし、道なき道においては、軍用トラックもジープも用をなさなくなることも多い。馬やラクダは、科学の発達した元居た世界においても最終移動手段として欠かすことができなかったのだ。
「あと一回!」
私は即席メガホンを手に叫んだ。
「あと一回、全員隊列を組んで昇降を。頂上についたら火矢をつがえて!つがえたら消して、即時駆け下りたら二名ずつに分かれて散開!散開して馬場を一周!次、二十騎ずつ、四隊でさらに一周して集合!」
二度は繰り返さない。長い指示も、一度で聞き取り、覚え、聞き返すことなく実行してもらわなくては。
オルギールが私の横で長い腕を上げ、「行け!」と、鋭い号令とともに振り下ろす。
指示どおり動き出す彼らを見ていると。
ピッタリ閉じてあるはずの馬場の門扉がきしみつつ開いて、目算で三、四十騎前後が、蹄の音も高らかに近づいてきた。
夜目にも目立つ純金の髪、燃える緋赤の髪、そして、闇に溶ける黒褐色の短髪。付き従う衛兵たち。
彼らは、もしや。
「公爵様方がいらしたようですね」
予定は、聞いておりませんでしたが、と、特段驚いた様子もなく、オルギールは言った。
私はもちろんびっくりである。即席メガホンを片手に、ぎゃーぎゃー指示を飛ばしていたのも、馬場の外からも聞こえたかもしれない。
必要な訓練だから恥じるものではないけれど、でも、少し居心地が悪い。特に、レオン様がどう思われたかな、と、どうしても気になってしまう。
オーディアル公には、手をいじくりまわされた最初の軍議の日以降も、度々打ち合わせと称して顔を合わせる機会があり、だいぶ慣れてきていた。つまり、緊張は不要だ、という私なりの結論を出したのだ。理由は簡単、このひとは徹底的に武将で紳士で朴念仁だった。そして、衆目を気にせずあからさまに私を、もっと言うと私の手を大切に扱った(何かにつけ手を取り、額にあて、くちづけし、握りしめ。以下略)。私を呼ぶときは、かろうじて「准将」と言ってくれるものの、扱いはお姫様に対するそれだったのだ。一回だけ注意してみたけれど、公爵様は歯牙にもかけなかったので(姫君を姫君として扱って何が悪い、別に馬鹿にしているのではない、自分があなたを大切にすれば誰一人あなたを侮る者はいない、と開き直っていた。話にならない)、放置するしかなかった。大体が、オーディアル公の配下の方々は、私とオーディアル公を仲良くさせようとあからさまに企んでいるらしく、呼び名だけでなく態度も振舞いも准将として扱ってほしいと私だけが騒いだところで、まるで意味をなさなかったからだ。
そして、ラムズフェルド公。
なぜ、あの男が夜戦の見学など?
今回の出兵において、兵站を整えてくれているのが彼だ、と、早い段階で私はオルギールから聞かされていた。経済、金融に卓越した彼は、物資の調達や輸送方法など、細々とした、しかし軍を動かすために極めて重要な裏方仕事がとても得意なのだそうだ。しっかりと今回の出兵にも関わっているから、訓練風景に顔をのぞかせてもおかしくないと言えば言えるのだけれど。
だんだん蹄の音が大きくなり、彼らの顔がよりはっきりと見えてくる。
リーヴァ、と、レオン様は私の名を呼んでくれた。口の動きで、それとわかる。
オーディアル公は、馬上から恭しく私に向かって騎士の礼をとった。
ラムズフェルド公は。
──最悪の印象だった初顔合わせ以来だけれど、なんとなく非好意的な視線はそのままのようだ。
何より、私自身、彼の顔を見たくない。見る気になれない。
黒褐色の髪、暗緑色の瞳。
もう好きでもなんでもないどころか、本当に愛していたのかさえ疑わしい、元の世界の上司。
誤解したまま、私を犯した男。
彼と、ラムズフェルド公は同じ髪と瞳の色をしているから。三白眼気味のきつい目の形までもが似ているように思うから。正視したくない。
私はレオン様とオーディアル公に会釈を、ラムズフェルド公には目を逸らしたまま一礼した。
目を逸らしていたので、暗緑色の瞳が、一瞬にして険しい色を帯びたことに、私は気づかなかった。
******
最後の招集までは私がみておきましょう、とオルギールが言ってくれたので、私は公爵様方に目を向けた。
リヴェア、と、今度ははっきりと聞こえる距離でレオン様は私を呼んだ。真っ先に馬を降りて、大股で私に近づくと、武官としての礼をとる私を抱きしめる。
兵士達は訓練中だし他の公爵様方や衛兵もいる。さすがにこれはよろしくない、と注意をしようと顔を上げると、顎をとられて、ちゅ、とされてしまう。
「レオン様!、、ちょっと!」
「リヴェア、遅くまで精が出るな」
夜目にも輝く金色の瞳に、甘い色を浮かべてレオン様は言った。
そして、さらに耳の後ろに鼻をうずめ、すんっと大きく匂いを嗅いでいる。
「レオン様!だめですって、訓練中!」
「そろそろ終わる頃だろう?」
じたばたしようにも今やがっしりと本格的に抱きしめられて、ろくな抵抗はできない。
だからといって、あきらめるわけにはゆかない。抱きしめられて喜んでいると思われるのは不本意だし。
けれど、いつもながらレオン様はとっても自然体だった。要するに、私の抵抗は無視してにこやかに甘やかに自分の思い通りに事を進めるのだ。
優しいけれど、自分の思い通りにしかしない。こちらの世界の男性の特徴なのだろうか?
レオン様は、私の耳殻をぺろりと舐めた。
すんすん、すんすん。
「見学がてら、迎えに来たのだ」
「それは、ありがとうございます。……って、レオン様、とにかくはなして、それに私、汗かいてるし埃っぽいし!」
「それもまたいい。リヴェア、たまらんな……」
この変態公爵、何とかしてください。
げっそりしたまま抱かれていると、新たな刺激に、びくりと体がこわばった。
右手に湿った柔らかな感触を感じる。
これは、もしや。
「オーディアル公……」
レオン様に好き勝手されつつも、なんとかおそるおそる視線だけを動かすと、長身のオーディアル公が傍らに跪いて、無駄な抵抗を試みて宙をさまよう私の右手を握り、唇を押し当てていたのだ。
じいっ、とその姿勢のままフリーズしているところが、変態じみて恐怖を感じる。
「オーディアル公、不衛生でございます」
私は必死でそう訴えたが、これまたこちらの公爵様も私の非難などさらりと受け流した。
「頑丈にできているゆえお気遣いはご無用、姫君」
はい、「姫君」呼ばわり出ました。
他の兵士達がいるときには准将、と言ってくれるけれど、ちょっとウチウチになるとすぐこうなる。
ちなみに、ぐるりを囲む衛兵は彼らにとって生活の風景の一部であり、「他の兵士達」のジャンルに入らないのが問題だと思う。
「たいせつな、御身でございます。外出先で手洗いもせずそのようにされましては。……それに今は訓練中、私は姫君ではなく」
「お優しいな、姫君は。あなた以外にこのようなことはしない、問題ない」
問題あるって!優しいとか、論点違うって!
鉄壁の無表情を誇るはずの衛兵達、微妙に生ぬるく微笑んでませんか?
特に、オーディアル公配下のそこの衛兵さんたち。そっと拳を固めて頷くのはどういう意味ですか?
すんすんすんすん、と止まない耳元の熱い気配。
捕われた右手からようやく唇が離れたと思えば、さらに熱いざらりとぬめった感触。ゆっくりと、舐め回される。
手の甲、指の股、指の関節が甘噛みされて。
見るのも怖い。けれども、怖いもの見たさで二人に目を移せば、甘く蕩ける金色の瞳と、熱っぽく煌めく水色の瞳。
何をサカってるんですか!誰か止めてよ!
助けを求めてオルギールを探すと、彼は兵士達の訓練をチェック中で、完全に私のことは眼中にない。
兵士達はほぼ全騎登り切り、火矢をつがえ、消す、という動作を始めたばかりらしい。まだまだ、私の指示が終わるまでに時間がかかりそうだ。
他に誰か!と思ったところで、二人の公爵の暴走を黙然と眺めるラムズフェルド公と目があった。
綺麗な暗緑色の瞳。おだやかさのない、鋭利な視線。
視線まで。……そんなところまで、似なくてもいいのに。
「ラムズフェルド公!」
でも、背に腹は代えられない。
失礼にならない程度に、わずかに目を逸らしながら、私はおそらく初めて彼を呼んだ。
「申し訳ありませんが、公爵様方がせっかく視察下さってもこの様子ではいかがなものかと!」
あなたの同僚を何とかして下さいよ、と言外に匂わせてわめいたのだけれど。
「……名君と名高い公爵二人を、短期間に、よくもここまで。姫君の手腕には驚かされる。……いや、手管、と言ったほうが正しいのかな」
皮肉な笑みを湛え、ひとかけらの好意もない口調で、額に落ちかかる黒褐色の長めの前髪をかき上げつつ、ラムズフェルド公は言った。
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