溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

文字の大きさ
45 / 175
連載

7.-3

しおりを挟む
 日が落ちる頃、いいタイミングで大きな宿場町にさしかかった。

 漫然と馬を走らせていたかのように見えるけれど、結構この世界のひとびとの時間の観念はしっかりとしている。一分一秒、というレベルではもちろんないにせよ、ツボは押さえている、というべきか。とにかく、この宿場町で今晩は一泊するらしい。予定通りの刻限に到着ですね、と、オルギールは言った。

 二万もの大軍を、さすがに全て宿で休ませることはできない。もちろん、危機管理上のこともある。
 聞けば、一定以上のクラスの将兵のみを休ませ、あとは町を包囲するように布陣を敷いて野営なのだそうだ。言うまでもなく、私はお宿で休む側である。なんとなく気が引けるけれど、もともとこの世界は身分社会だし、軍隊という組織についてはどこの世界においても厳然たる縦社会なので、まあ慣れるしかないというべきか。

 グラディウスの正規軍が宿営地として選ぶだけあって、町は整然として活気もあって観光で来ていたならもっと楽しめるのに、と思うほどだった。町を抜けてもっとも立派な宿を目指す間にも、特産品を積み上げる土産物屋、お客を呼び込む飲食店、もうちょっといかがわしい感じの恐らくは娼婦宿、等々、整然とごちゃごちゃ感がいい感じにないまぜになっていて、とても魅力的な町である。

 他愛もなく、いったん下がったテンションは、またすぐに上昇していた。興奮を隠そうともせず、遠足に来た子供のように左右きょろきょろして、かわいい雑貨のお店なども見つけたので、あとでここに来たい!とオルギールに訴えようと彼を振り返ると。

 「お帰りの際に。今日はお諦め下さい」

 びし!とばっさり却下された。取り付く島もないとはこのことだ。まだ何も言ってないのに。
 まあ、言っていることはわかる。遊びに来たのではないのだ。
 私は項垂れて頷いた。

 「・・・土産物は逃げませんし、帰りの目的があったほうがよろしいでしょう?」

 わかりやすいがっかり顔だったからか。オルギールは宥めるように言った。

 「それよりもリヴェア様。・・・着きますよ」
 「・・・うわぁ」

 いくつもの通りを抜け、角を曲がると、急に視界が開けて、緑あふれる芝生の向こうに地方領主の館みたいな素敵な建物があった。赤い屋根、褐色の石造りの本館を中心として、左右に別棟が建っている。
以前は実際にこの町に領主が居たのだそうで、この建物はその時のものらしい。ここはいうなれば「古城ホテル」。因みに、現在は、四年に一度の選挙によって町長が選ばれ、住民主体で治められているとのこと。意外にデモクラティック。
 古城ホテルのオーナー以下従業員一同に並んで頭を下げられ、私たちはようやく下馬した。気が付けば、このころには大変少人数になっている。火竜の君、ウルマン少将、ソロウ少将とその副官、私、オルギール。まあ、公爵様に付き従う衛兵達は常に一定数いるから、それは別勘定だけれど。

 グラディウスの方々、それも公爵閣下をお迎え出来るとはこの上なき誉れ、、、うんぬんかんぬん、と出迎えの御託を聞きながらとりあえず全員で本館の食堂へと誘導されたのだけれど、

 「・・・せっかくの気遣いだが」

 不意に、ウルマン少将がオーナ-らしき人物に声をかけた。
 あの、派手で男らしい(失礼)ユーディト嬢と言い争いをしているときにはただのイケメン青年武官にしか見えないのだけれど、甲冑を身に着け、公爵様の腹心として発言している様はなかなか威厳も迫力もあって、ちょっと見直すレベルだ。
 オーナー、というより大店の番頭、という感じの初老の小男は文字通り飛び上がった。かわいそうに。

 「これは、閣下、何ぞ我らに不手際でも・・・」
 「いや、そうではなく」

 ウルマン少将は苦笑して、

 「もてなしには礼を言うが、我らは物見遊山に参ったのではない。各々、食事は部屋で頂きたいと考えているが可能であろうか?」
 「それはもう!閣下」

 オーナーは明らかにほっとした様子で破顔した。

 「広い食堂でおくつろぎを、と思いましたが、気の付かぬことで失礼を致しました。では、皆さま全てお休みの部屋へ食事を運ばせましょう」
 「いや、我らはそれでよいが」

 ウルマン少将は傍らの公爵様をチラ見しながら、

 「------公は准将閣下と食事をとられるゆえ、そのつもりで支度を頼む」
 「は?」

 今、何と言った??
 私の意見はきかないのか!?
 
 「では、閣下。明朝に、また。我らはこれにて」
 「お休みなされませ」
 「これにて、閣下」
 「ああ。------皆、ゆっくり休むがいい」

 皆、口々に言って風のように左右に分かれて去ってゆく。別館へ、ということなのだろう。
 ウルマン少将!あなた副官でしょう。公爵様の傍を離れていいのか?

 「ちょ、っと、ウルマン少将・・・」
 「ごゆるりとおくつろぎを、トゥーラ姫」

 引き留める私を振り払うように、少将は私と目を合わせることなく脱兎のごとく走り去った。
 走っていった。
 明らかに、逃げた。
 計られた。・・・このひとそういえば、オーディアル公と私、トゥーラ姫をくっつけ隊の隊員だった。隊長はノルドグレーン中将だからうっかり警戒を緩めていたけれど、少将も筋金入りだった・・・

 「よく気の回る部下をお持ちですね、閣下」
 
 傍らのオルギールが、久々にきく氷点下の声で言った。
 オーディアル公はふふんと鼻で笑う。

 「持つべきものは忠義の部下だ。うらやましいか」
 「いいえ、別に。私自身、トゥーラ准将への忠義は誰にも負けぬものと自負しております」

 オルギールは不敵に言い放ち、じろり、と小柄なオーナーをねめつけた。
 かわいそうなオーナーさん。さっきの倍くらいは飛び上がっている。

 「主人。・・・本館は我らと衛兵のみの宿泊か」
 「さよう、で、、、」
 「最上階には四部屋あったはずだ。公と准将閣下、あとは我ら副官二名と聞いていたが」
 「昨日、早馬の知らせにて、最上階は副官の方一名、あとは・・・」 
 
 オーナーは口ごもった。後退し始めた額から汗が噴き出している。
 どうした、オーナーさん。怯えすぎでは?・・・確かに、オルギールは氷の魔王状態だけれど。
 ますます、彼の眼光が鋭くなってきた。目線でケガをしそうだ。

 「あとは、どうしたのだ」
 「・・・公爵閣下と、大切な方がお泊りになるので、続き部屋をしつらえよと」
 「誰よ、そんなこと言ったの!」

 なんだその早馬!使い方がおかしいよ!

 気色ばむ私の隣で、いっけん無表情に見えるオルギールは、実は猛烈お怒りモードだ。
 直前に我らに無断で計画を変更するとは、と静かに憤っている。
 一方、公爵様はご機嫌だ。
 目が合うとにっこりして、俺が命じたのではないぞ、部下が忖度したのだ、とのたまう。
 中将は気が利くな、と呟いている。やはり、「くっつけ隊」隊長の仕業か。覚えているがいい。

 三者三様、雰囲気がおかしくなったので、オーナー以下従業員はかわいそうなくらい縮み上がっている。特に、オーナーはオルギールのブリザードをまともに浴びて、そのうち雪像になるかもしれない。 

 「あの、その、ご不快な、至らぬ点は、ひらに、ひらにお赦しを・・・」

 オーナーうわごとのように言った。
 さすが客商売。とりあえず謝っとけ!ということなのだろう。
 べつに、あなたが謝ることではないけれど、でもなんかもやもやする。・・・

 「------いいや、主人。前日の変更に対処してくれたのだな、礼を言おう」

 にこやかに、オーディアル公は言った。
 目に見えて、氷点下になりかけた周囲の温度が上昇してゆく。さすが、火竜の君。
 ちょっとだけ違う方向で感心していると、公爵はさりげなく近づき、当然のように私の手を取った。
 オルギールはお怒りモード継続中だ。無表情のまま黙り込み、もう諦めたのか、公爵による私のエスコートを止めようともしない。それにしても、繰り返すけれど、私は甲冑姿なんですよ。へんな図。

 「とりあえず、案内を頼む。・・・参ろう、姫」
 「さ、今すぐに!」

 公爵に手を取られ、私は促されるままに本館の豪華なエントランスをくぐった。
 半歩遅れてついてくるオルギールの顔が怖すぎる。
 お美しいかたですな公爵閣下、だの、俺の姫君はこの美貌だけでなく武勇も名高いのだ、だのどうでもいい会話が聞こえてくるけれど、心なしか、そのたびにオルギールの柳眉がわずかに顰められるように見えて、本当に恐ろしい。

 ------レオン様。出発して一日でコレです。

 今朝別れたばかりのレオン様を思い出しながら、私はため息をついた。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。