翼 アフェアーズ

柴川まる

文字の大きさ
上 下
8 / 100
第1章 出会い

第7話 男の娘にキュン

しおりを挟む
「君は僕の性別とこの姿の不一致に驚いているんだね」

 不意に彼の声が耳に響いた。

 どうやら僕は予想だにしなかった展開にしばらくその場で呆然としてた様だ。彼の言葉で我にかえった僕は改めて彼を見た。彼はこう言う反応を初対面の相手が示す事に慣れているかの様で、嫌な顔一つせずこちらを見て微笑みを浮かべている。

 ちくしょう。目の前に居るのは間違いなく同性の『男』なのにこの笑顔すっごく可愛い。

 僕自身は『男の娘』に欲情できるような性癖は持ち合わせてはいない。それどころか今の今まではそう言う方向性のエッチな漫画はネット上で見られてもあえて避けて来た口だ。でも、今の僕はこの『如月 翼』と言う美しい『男の娘』を目の前にして、まるで絶世の美少女を目の前にしている様に胸が異様にどきどきするのを抑えきれずにいた。

 それほどこいつは少女の姿が自然すぎるぐらい自然だったのだ。

「うん、君が『如月 翼』君だったって分かって、
 失礼かもしれないけすっごく驚いちゃったんだ」

 僕はこう言う『心の病』を持った相手にどう答えて良いか一瞬迷ったけれど、結局、まず自分が感じたままの事を正直に口にした。

「でも最初は本当に綺麗な女の子だとごく自然に思ったよ。
 きっと君のお姉さんなんだろうなんて勝手に思ってた」

 そして、それは実際にそう思ったんだから嘘でもないから良いよなと自分自身に言い訳しながら、こう言う人にとっては嬉しくなるような言葉をわざとらしくない様に続けた。

「実は確かに、上に一人、姉さんは居るんだよ。
 ただ今は外出中だし歳は一回り以上離れてるけどね」

 僕の言葉に彼はそう答えて、また少し小首を傾げて笑った。

 その瞬間、僕はそのあまりに素敵な笑顔に身悶えしそうな程のときめきを覚えながら、その一方で『だからその笑顔を止めてくれ!』と僕は心の中で叫んでいた。だって、こんな素敵な笑顔を目の前で見せられては、そんな趣味嗜好などまったくない僕だって危険な一歩をふらふら踏み出してしまいそうで怖かったからだ。実際、後ろにあのメイドさんが控えて目を光らせていなかったら、僕は思わず感情のまま彼に飛びつてしまいそうな怖さがあった。

 まったくこいつは『男』の癖に同性であるはずの『男』を惑わすとんでもない『魔女』だ。

 そして僕はまだこの時は知らなかったんだ。こいつはその美しさで『男』だけでなく『女』までもを惑わす事に。いや、こいつは遺伝学上の性別は『男』なんだから異性である『女』を惑わすのは『正常』なんだろうけど、それはそれで何か今一つ納得できない。


 結局、僕はこの日は簡単な自己紹介と取り留めもない話を少ししただけで、静ちゃんから与えれられ『プリントを渡す』と言うミッションのみを達成しただけでこの日は早々に彼の屋敷を後にした。僕だってこんな特殊な事情を抱えた彼の事、色々聞いてみたい事は山ほどあったんだけど、まだ今日知り合ったばかりの彼にそこまで踏み込んだ事を聞くだけの度胸はなかった。

 ただ、僕が応接間を出ようとした時に彼は僕を呼び止めてこう言った。

「じゃあ、もし学校へ行く気になったら君に連絡するから、
 携帯の番号かメアドでも教えてくれないかな?」

「えっ? 何で?」

 彼の言った意味が良く分からなくて僕は思わず聞き返した。

「だって、君は僕に『一緒に学校へ行かないか』誘ったじゃないか。
 それともこんな僕と一緒に学校にへ行くのは嫌かい?」

そう言って彼はまた僕を惑わす少し意地悪そうな魔女の微笑みを浮かべた。

「あっ、そんな嫌だなんてとんでもない。
 君さえ良ければ是非、その時は連絡してよ」

 僕は、まるで大好きなご主人様に頭を撫でられた犬がしっぽをちぎれそうな程振って喜びを表してるかの様な顔でそう答えてから、迂闊にもこっちが喜んでるのをあからさまに気付かれる様な表情を浮かべてしまった事を少し後悔した。

 結局、彼がスマホを自分の部屋に置きっぱなしにしていた為に直接の情報交換は出来ず、僕はその場でスマホの電話番号とメアドをメモに書いて彼に渡して部屋を出た。

 今時、この手の情報交換はスマホなどの情報リンクを使えば簡単で常にはそちらばっか使うので、自分の携帯番号とメアドって奴ははっきり覚えていなくて咄嗟に出てこなくて焦る事が多い。この時も僕はスマホ内にある自身のプロフィールを確認してメモ書きした。まだスマホはおろか携帯電話などない時代には、だいたいの人が自宅の電話番号は当然としてかなりの量の電話番号を暗記していたって聞くが昔の人はそんなに記憶力が良かったんだろうか?

 実はその後、帰り際、玄関ホールまで見送ってくれたあの美人のメイドさんが綺麗な紙とリボンに包まれた小さな小箱を手渡してくれながらこう言った。

「翼坊ちゃまの事をくれぐれもよろしくお願いします。
 これは今日、わざわざお越し下さったお礼です」

そう言って一礼した後、メイドさんは少し遠慮がちに続けた。

「何でもお家がこの近くだそうですね。
 また色々お世話を掛ける事もあるかもしれないので、
 もしよろしければそちらの連絡先をお教え願えませんか?
 もちろん、よろしければ私の携帯の番号もお教えしますので……」

「はい、よろこんで!」

 僕はほとんど条件反射的に即答してポケットからスマホを取り出していた。ちなみにメイドさんは今時珍しくスマホではなくガラケーだった。

 こうして僕はこの美人のメイドさんと直接連絡が取れる貴重な情報を期せずしてゲットする事が出来た。実際、翼からもメモ書きではあるがメアドの番号とメアドを手に入れていたが、この時の僕はどっちかと言うとメイドさんと携帯番号の交換をする事が出来た事の方が嬉しく感じていた。


 家に帰って、母親と妹が待っていたリビングでメイドさんが手土産にくれた小箱を開けるとそれは、あのお茶菓子に出してくれた絶品のフィナンシェだった。しかもあの時、食べ残した数より遥かにたくさん持たせてくれていた。僕は大切に少しづつ食べてゆこうと思ったのに、母と妹は有無を言わさずまるで駄菓子を頬張る様に一個丸々口に放り込むと『こんな美味しいお菓子は初めて食べた!』と絶賛の言葉を叫んだ。そして二人とも夕食前でお腹が空いていた事も物凄い勢いで次々食べ始め、あっと言う間にもらった全部を食べ尽してしまった。おかげでその日、我が家の夕食は大変質素なものになってしまって、夜になって帰宅した親父は不満たらたらだった。
しおりを挟む