翼 アフェアーズ

柴川まる

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第2章 初登校

第1話 切っ掛けの電話

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 東九条は誰もが認めるその美貌と家柄の良さ、その上、答辞を読むはずだったのに入学式を無断欠席した翼の代役を華麗にこなしたとあってその存在を入学式早々から全校生徒に強く印象付けていた。その為、彼女は対抗馬無しの無投票で僕らの一年三組の学級委員にもなっていた。その東九条が僕らの一年三組に留まらず三高全体で誰からも称賛される特別な地位を確率したのが、五月の終わりにこの三高に入って初めての学年統一テストとなる中間テストであった。

 テスト終了後きっかり一週間経った日の朝、職員室隣の掲示板に張り出された成績順位表で恐る恐る確認した結果、僕の成績は173名中の80番目、『中の上』って感じだった。三高で二桁順位を取れれば他の一般的レベルの高校なら楽勝で有名大学が狙える上位グループ入りと言われる名門進学校である三高でこの成績を取れたことに僕も両親も満足していた。もちろん、翼は依然不登校のままでこの中間テストも華麗にスルーしていた。故に成績173位は翼で、入試成績主席の生徒が最初の中間テストで最下位と言う三高史上前代未聞の珍記録を打ち立てた。

 そして、その翼不在の中、県下の秀才連中があつまる三高においては至難の業と言われる全教科トップと言う偉業を達成したのが我が一年三組が誇る秀才『東九条 翠子』だった。

 翼を実際に見た事があるのは僕一人だけと言うこの時点において、東九条はまだ入学して一か月しか経ってないのに『三高一年ナンバー1の美少女』と言う地位を不動の物にしていた。それどころか『三高一年ナンバー1の美少女』と言うより『三高ナンバー1の美少女』と言う方が正しいと言い切る者も少なくなかった。まあ、仮に翼を含める事になっても正確に言えば翼は男の子なのだから、その地位がそれで変わる訳ではない。

 家柄、美貌、さらにはずば抜けた頭脳までも持ち合わせている事をこの中間テストにおける圧倒的な戦績で証明した東九条は誰言うでもなく『完全無欠のプリンセス』と言う二つ名を与えられ同学年はもとより先輩達からも一目置かれる存在となった。

 何から何までパーフェクト、まさに二つ名通りの『完全無欠のプリンセス』である東九条は、同学年だけでなく二年、三年の先輩男子にまで当然モテ捲った。ところが、どんなに人気の高い男子から告白されようと、何故か東九条はそれを受け入れる事は決してなかった。周りの者達は『東九条はきっとお嬢様育ちでプライドが高過ぎるのだろう』と言って納得していたけれど、僕は少し違う様な気がしてならなかった。さらにその頃の僕は、周りの男子だけでなく女子までもが、この東九条をまるで『お姫様』の様に扱ったり語ったりするのを見ると少しだけ心がざわつくのをいつも感じていた。

 ちょっとだけ、そうちょっとだけ。その時点ではまだ一度しか会った事はなかったけど、もし外見と性別が一致してたのなら僕は東九条より翼の方が絶対に魅力的な少女だって思えた。



 そんなこんなで、あの頃の東九条はまさに『我が世の春』を満喫していた。

 そしてそれがいつまでも続くと、東九条だけでなく三高の生徒なら誰でもそうだと思っていた。

 しかし、当然と思っていた日常がある日を境に突然大きく変わってしまう事が多々あるのだ。

 僕ら三高一年三組の生徒にとってそれはカレンダーも六月に変わり少し経った頃に起こった。



 進学校だけあって中間テストの事で持ちきりだったクラスでの話題も収まりを見せ、僕らの三高生活はまた穏やかな毎日に戻っていた。この頃になると、僕は静ちゃんから脅迫紛いの強い口止めで誰にも話せなかった事もあって、あのお屋敷で出会った美しい女装の少年である翼の事を少し忘れかけていた。

 その日、学校から帰った僕は、自分の部屋で大好きなネット作家『東雲しののめ のの』の連載小説『約束の夜空に君と』をノートPCで読んでいた。なんせ今夜待ちに待った最終話今夜アップされる事になっていたので、そのおさらいに今までの話を少し振り返って読み直していたのだ。ちなみに僕は外では普通にスマホを使ってネットをするのだが、今時こんな事言うと何て古風なって言われる事もあるけど家では昔から使って慣れているノートPCを使う事にしていた。だってやっぱり画面がデカくてウインドウを複数同時に開いておける方がネットサーフィンするには使い勝手が良いんだもん。

 すでに一度読んでストーリーは全部頭に入っているはずなのに面白くてついつい夢中になって読んでいると、突然、傍らに置いてあったスマホががたがたがたと音を立てながら震え、着信音に設定したお気に入りのアニメソングを奏で始めた。

 慌ててスマホを手に取ると画面に発信者名に『メイドさん』と言う文字が現れていた。

 その瞬間、僕の胸は心臓の音が聞こえるほど高鳴った。

 この『メイドさん』と言うのは紛れもなく、メイドさん好きの僕の心を一瞬でわし掴みにしたあのお屋敷に居た年上のすごく素敵なメイドさんの事に他ならない。

 もしかして、個人的に僕に会いたいくなったとかじゃないよなって、絶対にあり得ない妄想を少しだけしながら僕が通話ボタンをタッチしてスマホを耳に当てた。

「はい、もしもし……」

「そちら暮林様で間違いないでしょう?」

「はい、そうです」

「私はお屋敷でお会いしましたメイドの小倉ですが覚えてらっしゃいますか?」

 スマホから間違いなくあのメイドさんの声がした。この声、忘れたりするもんか。そう、僕はきっとこの声は一生忘れない。いや、それはちょっと大げさかも。でもその時、僕はあれからまだ一か月ほどしか経ってないのに、メイドさんの声がすっごく懐かしく感じた。まるで恋い焦がれていていた愛しい人の声を久々に聴いた様な……。

「はい、もちろん覚えています」

「それは大変嬉しゅうございます。
 今、少々お時間を頂いて宜しいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。何か御用ですか?」

 あのメイドさんの方から電話が掛かり、今こうして個人的にお話ししてる。そう思うだけで僕は体が天国までぶっ飛びそうな程嬉しかった。

「実は……」

 その後、手短にメイドさんは要件を僕に伝えて電話は切れた。僕としてはもっと長くメイドさんと色々お話ししたかったけれど相手はお仕事中でもありそうはゆかなかったのがすっごく心の残りだった。
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