翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第3話 再会、男の娘

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「えっ……」

 僕の家は翼のお屋敷とは違い玄関を出ると猫の額ほどの庭があるだけですぐに道路に面した門になっている。

 その門にぴたりと寄せて停まっている車を見て僕は一瞬、我が目を疑った。

 僕はあれだけデカいお屋敷に住んで居る翼の事だから当然、運転手付きの黒塗りのバカデカい外国製リムジンかセダンがそこにでんと停まっているとばかり思っていた。しかし、僕の予想を裏切り、そこにあったのは少しクリームがかった白色で、3ナンバーながらコンパクトなボディーのホンダシビック4ドアセダンだった。しかも、リアトランクに派手でデカい羽が付いてる所を見るとあれはタイプRって言うスポーツタイプの奴だって事が車好きの僕には分かった。それはあのお屋敷に住むお坊ちゃまの送迎に使うには、ふさわしい車とは絶対に言えない代物だった。

「これは私の個人の私用車です。
 翼坊ちゃまがなるべく目立たぬ様にせよとのお言葉でしたので」

 シビックを見た僕の表情から明らかな戸惑いを読み取ったメイドさんは少し申し訳なさそう言いながら左リアのドアを開けた。

「かなり手狭で申し訳ありませんが、暮林様お乗りくださいませ」

 僕は、メイドさんの言葉に誘われるまま開いたドアからシビックの中に体を滑り込ませた。


 やや狭いシビックのリアシートにはお屋敷で見たあの美少女が座っていた。いや、正確には少女ではなく『男の娘』なのだが、こいつの場合、その女装した姿があまりに自然すぎてどうしても本物に少女にしか見えない。それもホント飛び切りの美少女なんだから始末に悪い。

 ただ、当然と言えば当然だが、あの時の白いワンピースではなく、濃紺のブレザーに赤いリボンタイが付いた白いブラウスと赤みが強いチェックのスカートと言う三高女子の制服姿だった。そしてお屋敷の時は無造作に束ねていた艶やかな長い黒髪も、前髪をあの切れ長の綺麗な目をしゃで隠す様に長めに垂らし、後ろはふわりと肩辺りまでは広げそこから下を太い三つ編みにしてまとめていた。お屋敷では長いワンピースの裾から少し見えていた真っ白な素足も今日はやや厚手の黒いストッキングで覆われている。もちろん女子高生ならきめ細かく吸い付きそうな肌が見える素足が良いのは当然だけど、こんな黒ストッキングの女子高生のおみ足も捨てがたい。いや、個人的にはこっちの方がエッチい感じがして好みだったりする。学校の制服でも翼が女装している事が至極当然の事の様に思えた自分にが少しおかしく思えた。

「おはよう、暮林君……だったよね」

 翼は小首を傾げて考える素振りをしながらそう言って笑った。どくん、その瞬間、僕の胸はまた変な高鳴りがした。

「おはよう。『暮林 兼光』だよ。
 同じクラスなんだから『兼光』で良いよ」

 僕は必死に冷静を装いつつそう言いながら翼の横に座った。

 その瞬間、ふわりとシャンプーかボディーソープか分からないけど、ほんのり甘いすごく良い香りが僕のを鼻の奥をくすぐった。認めたくはなかったけど、少しだけ、そう少しだけ、股間がむずむずとした。相手は男だ、忘れるなと僕は予期せぬ反応をした体を心の中で強く叱責した。

 そんな僕の戸惑いを知ってか知らずか、メイドさんは僕が翼の横に納まったのを見てすぐに僕の横のドアを閉めた。大きな音も、そして風圧もほとんど感じないすごく丁寧な手つきだった。そして、自分自身も運転席のドアを開けて車の中に滑り込みドアを閉めると、前を向いたまま言った。

「かなり狭くて乗り心地は悪いですがどうかご容赦を」

 運転席のドアが閉まった時の微かな空気の流れで、今度は、さっきのとは違う大人の感じがする香りがほんのわずかだけど流れて来た。ああ、これは間違いなくあのお屋敷で嗅いだメイドさんの香りだと僕はすぐに気が付いた。その職業柄、他人がすぐに気が付く様な強い香りのあるコロンやシャンプーなどは使っていなのだろうけど、それでも最低限の身だしなみ程度の香りが付いたシャンプー類は使っているのだろう。その控えめな香が逆に思春期真っ只中の僕には色々イケナイ妄想を掻き立てたりした。


 確かにこの車、派手な羽を除けば極々普通の大人しい4ドアセダンの形はしているがその乗り心地は親父が乗ってるトヨタのプリウスから比べるとバネが無いんじゃないかと思う程路面の凹凸をごつごつと拾っていた。

「すまないね、駅前はこの時間混み合うし目立つのは好きじゃないから、
 僕が小倉さんに頼んで彼女の車を出してもらったんだ」

 僕がこの車の乗り心地の悪さを気にしてるのに気が付いたのか隣に座る翼がそう言ってすまなさそうに笑った。畜生、やっぱりこいつは可愛い。油断するとこんな笑顔でも、こっちの顔がにやけて来てしまいそうで怖い。

「あっ、そんな事、全然、気にしてないから……」

 僕は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。

「僕は小倉さんの横に乗って夜中の山道を走ってもらうのが好きなんだ」

 うわっ、来たよ、ヤバい事をこのお坊ちゃん平気でさらりと言いやがる。やっぱりこいつはその外見とは違い、少しエッチなネット小説に出てくる自分の立場を利用してメイドさんをおもちゃにする悪いお坊ちゃまだ。きっと夜中にこのメイドさんを人里離れた山の中に連れ出し夜空の下ですっごくエッチな事をしてるんだと僕は勝手に妄想した。

「小倉さんに任せて走る夜の峠は楽しいよ。
 下手な絶叫マシンなんか目じゃない。
 気分転換には最適さ。
 僕が遠慮なく飛ばせと言えば小倉さんはどんな車相手でも負けた事はないよ」

 そう思った矢先、翼はまるで自分の事の様に自慢げにそう言った。

「恐れ入ります、翼坊ちゃま」

 その言葉に、運転席のメイドさんが運転しながらそう言って小さく頭を下げた。

 なんだ、エッチなネット小説の世界じゃなくて某頭文字何ちゃらの結構ハードな世界の話だったんだ。僕は勝手にすっごく恥ずかしい妄想を膨らませていた自分がとても恥ずかしくなった。

「ところで、今、駅って言ったけど、
 このまま学校に向かうんじゃないの?」

 僕の頭の中の事なんて翼には黙っていればバレる訳ないのに、僕はとんでもなくいやらしい妄想した事が翼に知られるのが怖くて言い訳がましくそう尋ねた。まあ、実際、今日はこのまま学校へ向かうと思っていたのは事実だ。
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