翼 アフェアーズ

柴川まる

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第2章 初登校

第8話 姫との出会い

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 その時だった、僕はいきなり肩の辺りに強い衝撃を感じた。

「やるじゃない、暮林君。
 優柔不断で軟弱な奴って思ってたけど見直したわ。
 それに、いつの間にこんな素敵な彼女が作ってたのかしら?」

 僕はその声に驚いて後ろを振り向いた。するとそこには『三高の完全無欠のプリンセス』と自他共に認めるあの東九条が珍しくにこやかに笑いながら立っていた。東九条は僕を見つけて後ろから僕の肩をぶっ叩いた所だった。実際、入学式以来、その時まで僕は東九条から嫌味以外言われた記憶がなかった。東九条にもこんなに素敵な笑顔が出来るなんて僕はこの時まで思ってもみなかった。僕にとっては、東九条と言えばいつも機嫌悪そうってイメージしかなかった。

「しっかし、姫にかなわないまでも結構美人の彼女さんよね。
 先輩? それとも同じ学年の娘?」

「見た事ない顔だし、何か年上っぽいんだけど。
 それに暮林君の彼女なら年上ってイメージだもんね」

「でも、暮林君のおかげで私達もこれで安心して市電に乗れるわ。
 本当に気分がスカッとしたわ、ありがとう!」

 東九条にいつもくっついて動いている通称『侍女三人組』の、『西原さいばら かおり』『緑川 百合』『新藤 由香』が次々と口を開いた。まったくこいつら漫画やアニメに出てくるお嬢様の取り巻きそのままの行動をしやがる。ただ、腹立たしいのが、東九条や翼にはまったく敵わないけれど、こいつら三人が三人とも結構可愛い。もしこいつらが東九条の『侍女三人組』じゃなかったら僕でも、是非、彼女になってもらいたいと思うくらいだった。事実、こいつら、結構もててるのだ。まさに『美人は美人を呼ぶ』って奴だ。

「えっ? 安心できるって、どう言う事?」

 僕は新藤の口にした言葉が気にかかった。

「あいつ、常習犯よ。
 これであいつ、絶対に犯行時間を少しずらして来ると思うからね。
 少なくともこの市電に乗ってれば当面は安心って事」

「なるほど、そう言う事か」

 僕は東九条の説明に納得した。

 事実、あの痴漢野郎は東九条が思った通り、翌日から犯行時間を少しずらしていた事が、後日奴が逮捕されて判明する。

「私も、この子達もみんな被害者。
 私達なんか四人一緒に居る所を狙って連日次々と触れたの。
 頭悪そうな顔してて、結構、知能犯よ、あいつ」

 さらに東九条は悔しげに、そして吐き捨てる様にそう言った。

「何で四人一緒に居る所を狙うんだ?」

 僕が不思議に思いそう尋ねると、意外にも隣にいた翼が答えた。

「友達同士で一緒に居れば、
 痴漢されてても友達にそれを知られる事が恥ずかしくて黙ってるからね」

「そう言う事。
 しかも、触り方もあえて女の子がぎりぎり我慢できちゃう程度までなの。
 まったく、変な悪知恵が働く奴でもう憎ったらしくてたまらなかったのよ。
 同じ様な理由で今日はあなたが狙われたってわけ。
 痴漢されてるなんて事、彼氏にだけは絶対に知られたくないからね。
 最後まで黙って泣き寝入りしちゃうのが普通だから奴にとっては絶好の獲物。
 その点、あなた、その暮林君に助けを求めるなんて勇気あるね」

 翼の言葉に東九条が感心した様にそう尋ねた。

「それは兼光は僕を守るってはっきり言ってくれたからさ」

 そう言って翼は妙に爽やかな笑顔を見せた。ここで東九条は『僕=翼の彼氏』って言う意味でああ言ったはずなのに、翼は否定しなかった。いや、翼は東九条の言葉通りにとっていたから別に否定すべき事はなかったのかもしれない。一体、翼はどっちだったんだろうと僕はその時、ふと思った。

「あらあら、暮林君、そんなカッコ良いセリフも吐いちゃってたんだ。
 なんかあまりにお熱い仲で焼けちゃうわね。
 まあ良いわ。これ以上の詳しい話は教室に着いてからゆっくり聞くから。
 私、二人で仲良く通学する楽しみを邪魔する程野暮じゃないから先行くね」

 そう言って東九条は、また僕の肩をぼんと叩いてすたすたと歩き始めた。その後をあの『侍女三人組』も金魚のフンよろしく一歩下がってついて行く。

「ホント、あなたにはもったいない彼女ね。
 せいぜい誰かに盗られない様に十分気を付ける事ね」

 東九条は歩き出す前、僕の肩を叩いた時に僕の耳元に顔を近づけて小声でそう囁いた。その言葉を聞いて僕が東九条の方を見ると、彼女の瞳が赤いセルフレームのレンズ越しにきらりと鋭い光を放った。そして、彼女は舌を少しだけ出して自分の唇をまるで猫の様にペロリと舐めた。

 僕は、東九条のその仕草にちょっぴりどきりとした。今まで僕は東九条と言えば美人だけど何か恋愛対象とは程遠い嫌味な女としか思っていなかった。なのにこの時の東九条は妙に艶めかしく見えたのだ。こんな事は本当に初めてだった。僕自身、内心すごく驚いていたのをとても良く覚えている。同時にその時の僕は、ちょっとだけ、そう、何か良く分からない漠然たる怖さみたいな物をこの時の東九条に感じていた。


「少し気が強そうだけど、綺麗で賢そうな女の子だね。
 兼光はあの子が好きなのかい?」

「まさか!
 どっちかって言うと東九条は僕にとっては天敵って感じだよ」

「いや、君があの子の後ろ姿を目で追ってたからそう思っただけだよ」

 いつもと感じが違った東九条の事が気になって、無意識の内に僕は東九条をずっと目で追っていた様だ。翼に声を掛けられるまで、僕はその事に全然気が付かなかった。すぐに僕は、翼の前でよりにもよって東九条なんかを目で追っていた事をすごく後悔した。さっきの騒ぎで翼からの評価を大きく上げたはずなのに、こんな事しては一気にそれも帳消しになってしまうと僕は思った。恋愛経験の豊富な男ならわざとこんな事して、翼のライバル心を煽ったりするんだろう。だけど僕には、そんな高等テクニック、絶対に無理だ。

「そうか、あの子は東九条って言うのか。
 ちょっと面白そうな女の子だね」

 ところが翼の方は僕の心配してる様な事は全く考えていない様だった。翼は、ただ純粋に東九条の事が気になったみたいだ。翼はそう言って興味津々な顔つきで侍女三人組を引き連れお姫様の様にすたすた歩く東九条の後ろ姿を目で追っていた。それを見て、翼が例えそれが女の子でも僕以外の子に興味を持つ事に僕の方がちょっと嫉妬してしまった。
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