翼 アフェアーズ

柴川まる

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第2章 初登校

第9話 翻弄される男心

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「あの子、僕に似てる。
 存在がすごく危うい……」

 そんな僕の気持ちなどまったく気にしてないかの様に、東九条の後ろ姿を見送りながら翼は少し真剣な顔つきでそう呟いた。

「そうかな? 確かに東九条も君も、知的なールビューティー。
 だけど僕には東九条と君はかなり違うタイプに見えるけどね。
 そうだな簡単に言っちゃえば、
 あっちは外見通りツンツン女、君は外見とは違ってすっごく可愛らしい」

 ああ、翼を目の前にして可愛いなんて言っちゃったよ、僕。翼の様に賢い子を相手に僕みたいなのがこんな上から目線な言い方、僕は自分自身がちょっと恥ずかしくなった。

「可愛いかぁ……喜んで良いやら、悪いやら……」

 翼は、そう言って照れ隠しの様な苦笑いを浮かべ頭を掻いた。 

「でも、君にそう言ってもらえるとなんか嬉しいよ、ありがとう」

 そして翼はそう続けて、またあのとびっきりの笑顔を僕にくれた。ああ、この笑顔があれば僕は、三日間大好きな『東雲 のの』のネット小説断ちをしても良い。でも一週間となるとちょっと考えさせて欲しいけれど。

「どっちかというと、
 君のおかげで僕がすっごく危うくなってるけどね」

「それはどう言う意味だい、兼光?」

 僕は、翼にありがとうなんて言われた上、あのご褒美の様な素敵な笑顔までもらえて、少し頭がぼぉとなっていた。その為、何も考えず思ってた事を何気にそのまま口にしてしまった様だ。また翼もそれを聞き流してくれれば良い物をそこに突っ込んで来た。しかも少し小首を傾げて怪訝な顔をしてだ。ああ、またその表情が可愛くて、僕自身、言葉通り危うい想いに駆られそうになる。しかし、よく考えれば、翼の様な人間相手にこれはすっごくデリケートな問題も含んでいるのだ。だからその答えを軽々しい乗りで口にして良い事ではない。その事にすぐ気付いた僕はこの場は何とかやりすごそうと、時間的にはまだ十分余裕はあったが先を急ぐフリをした。

「いや、僕的には、そこはあえて深く追求しないで欲しいな。
 さて、あまりゆっくり立ち話しててもなんだし、歩きながら話そうか」

 僕は照れ笑いをして答えを誤魔化しながら三高へと続く坂道を歩き出した。もちろん翼も半歩ほど遅れて僕に付いて歩き出した。この半歩遅れて付いて来る感じは、まだ付き合って間もない恋人同士が取る微妙な距離感の様で、僕はたまらなく嬉しくなった。もちろん、大ヶ埼駅の時の様に翼の手を握ったり、あるいは翼が腕を組んでくれれば言う事はない。しかし、ここまで来ると周りには三高の制服を着た生徒達がたくさん歩いている。そんな場所で翼と腕を組んで歩くなど、少なくとも僕はとても出来ないと思った。

「でも驚いたよ、男の僕を痴漢する奴が居たなんて。
 見てくれは女子の制服着てても触れば、
 それが女の子のお尻か、男の尻かはわかると思うんだよね。
 特にああ言うケシカラン輩なら触り慣れてると思うし。
 兼光はどう思う?」

 すると翼もそれ以上その事を追及はしようとせず話題を変えて来てくれた。

 その時、翼は笑いを浮かべ少し茶化した感じにも聞こえる口調だった。僕は、さっき自分自身の身に起こったおぞましい出来事を翼がこんな風に笑ってあっけんからりと言ってくれた事が嬉しかった。何故なら、もし翼にとってさっきの痴漢騒ぎが再び登校拒否になるくらいの深いトラウマになっていれば、こんな話題を自分からするはずないと思ったからだ。

「いやいや、君の場合、多少、お尻が筋肉質で固い感じでも、
 それだけ美人なら、きっとアスリート系女の子だって事で納得しちゃうと思うよ」

 この件に関して、僕にどう思うと聞かれても少し困る気もしたが、僕も笑いながらそう答えた。

「そんな物かな?
 じゃあ兼光も僕のお尻を触って確かめてみるかい?」

 ところが、ここで翼は真面目な顔になってさらに僕を追い詰める様なとんでもない事を尋ねてきた。

 翼が相手じゃ、僕にはその質問に『ノー』と言い切れる自信はとても無かった。いや、むしろ、翼がさせてくれると言うなら、厚手の黒ストッキングとスカートの上からでも良い。是非、その引き締まった小ぶりなお尻なでなでしてみたいと思ってしまったくらいだ。

 そこで翼がくすぐったさと恥ずかしさで体をもじもじさせ、頬も赤らめ、いやいやでもする様に俯き加減の顔を左右に小さく振ってくれたりしたら、僕の理性は月まででも軽く吹っ飛びそうだった。でも、すぐに僕は、これじゃあの痴漢野郎と同じ事じゃないかと気が付いた。僕は、そんな妄想した自分自身を心の中できつく叱りつけた。でもその一方、やっぱり相手が翼みたいに可愛い子だと、少々サディスティックな願望も出てたとしても、思春期真っ只中の男の子なら仕方ないじゃないか、と言い訳したりもした。

 しかしながら、今ここで僕の頭に浮かんだ事全てを正直に答える勇気は、当然、僕にはなかった。それでも、触ってみたいとは思わないと言い切ってしまうのも、それはそれで間違っている様な気もした。なので僕はここ逃げとして翼と密着した時に感じたあの疑問を翼にぶつけてみる事にした。もちろん、これはこれで僕としてはすっごく重要な問題だった。

「その返答は一時保留って事にして、
 僕は君に一つ確認したい事があるんだけど良いかな?」

「何だい、兼光? 君が相手なら何でも答えてあげるつもりだよ」

 僕がそう切り出すと、翼は笑顔でそう答えてくれた。

「正直に言うから、どうか僕を変な目でみたいでくれよ」

 下手をすれば一発で『ドスケベ変態男』認定されそうな事実も含まれるので、僕は翼に念押ししてみた。

「ああ、良いよ。その事で君の事を色眼鏡で見ないと約束する」

 翼はそう言って頷いてくれた。

「市電に乗ってすぐに君と二人、後ろから押されて変な形で密着しちゃったよね。
 あの時、僕は胸の辺りに小さいけど妙な二つの膨らみを感じたんだ。
 それは、何だ……僕には女の子の胸の膨らみに思えたんだよ。
 間違っていたらごめんなさいだけど、もしかしたら、君って、
 本当は『女の子』じゃないかって、あの時から疑ってるんだけど。
 もしそうなら僕はちゃんと君を女の子として扱わなきゃイケナイから……」

 僕がおっかなびっくりな感じでそう言うと、突然、翼は声を上げて笑い出した。
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