翼 アフェアーズ

柴川まる

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第2章 初登校

第11話 さまざまな視線

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 市電の三高下停留所から歩く事約十分。学校に近づくにつれ周りの三高生徒密度はどんどん上がる。そうして僕らは、進学高として県下でも名高い我らが私立三ッ葵高等学校に到着した。結構凝った造りの石造りの校門を抜けて下駄箱の並ぶ生徒用玄関ホールへと向う通称プロムナードを、僕は翼と共に歩く。ここには、まだ始業時刻には余裕が有りすぎると思われる時間でも結構多くの生徒が歩いていた。

 その生徒達の視線が、僕にはとってもくすぐったかった。男女を問わずほとんどの生徒が僕らを見ていた。いや、正確には『僕ら』じゃない。彼らが見てるのは、僕の横を半歩遅れて歩く初々しい彼女の様な『翼』なんだろう。もっとも翼は、初めての通学路、初めての学校でまだ何もかもが不安なだけなのだ。それで友人である僕の姿が見えて安心できるこのポジションを取ってるんだろう。

「あれ、誰だ?」

「すっごく綺麗な子」

「あんな美人うちに居たっけ?」

「ねぇ、知ってる、あの子?」

「背も高くてマジでモデルみたいじゃん」

 そんな声が声が風に紛れて僕の耳まで届いてくる。そりゃ、僕だって逆の立場なら絶対に翼を目ざとく見つけて、ああ言う風に言ってるだろうって思う。

「あの一緒に居るの彼氏かな?」

「くっそぉ悔しいなぁ、彼氏持ちかよ」

 こんな声に思わずニヤ付いてしまうのを僕は必死に我慢しながら歩く。そして、わざとらしく翼を振り向き親しげに言葉を交わしたりする。どうだ、この翼と僕はこんなにも親密なんだぞ。さっきなんか市電の中で恋人みたいに抱き合ったりもしてたんだ。羨ましいだろう? 死ぬほど嫉妬しろ! って僕は心の中でそいつらに自慢してやった。

「でも何か彼氏っぽいのは、しょぼそうだけど」

「彼女にあれじゃ、彼女が可哀想じゃん」

「彼氏じゃなく弟か、親戚って感じじゃね?」

 うるせぇい、放っとけよ! これでも僕はさっき市電の中で、この翼を襲ってた痴漢をカッコ良く撃退したんだぜ。もう翼は僕の男らしさに完全に心奪われてんだ。翼はな、そんな外見で相手を見下したり馬鹿にしたりする様な小さな人間じゃないんだ。どうせ、お前らがどう頑張っても翼の心はもう僕のモンだからな! とまで思って、さすがにそこまで自惚れるのはイカンなと僕は少し自制する事にした。

 ちなみに、進学候として名を馳せる我が校でも、やはり今時の若者、カップルはそれなりに居る。それに、ほとんどの生徒が彼氏彼女が欲しいと思っている。そしてこの三高では、めでたくカップルになれた誰もが真っ先にしたいと思うのが、二人並んでこのプロムナードを歩く事だった。すなわち、それが自分の彼氏彼女を他の生徒に対して広くお披露目する事になるのだ。まあ早い話が一種の『勝ち組宣言』の様なものなのだ。実際、このプロムナードを二人で歩くカップルの片方に、それを承知で言い寄り奪い取る様な行為は、周りからは『寝取り男』『泥棒猫』などと言われ非難の対象となる。

 僕は入学たった二か月にしてこの勝ち組宣言をし、周りからは尊敬と羨望の眼差しで見られる存在となった。一年生でこの快挙を成し遂げた者は、中学時代から付き合ってる真性リア充の数組を除けば僕だけだ。ああ、なんて誇らしい気分だ。それとてこの横を歩く翼が訳アリの『男の娘』と知られるわずかな時間であることも僕には分かってはいる。でも良いのだ。例えそれが刹那の喜びであっても、あえて僕はそれを満喫してやる。

 そう言う訳でこの時間すでに、このプロムナードにはそう言うリア充で勝ち組連中が数組いた。しかし、なんと、そいつらもシングル連中同様に翼を見ているのだ。

「私と言う女が横に居るのに何に見てのよ、あなたは!」

 なんて漫画やアニメそのままの台詞を彼女に言われてる奴も居るし、二人が二人ともぼぉっとした表情で翼を目で追ってるカップルもいる。リア充連中の目さえも奪うとは、やっぱり翼の美しさは、もはや実際の性別がどうのこいうのってのは超越した所にある様だ。

 あと、一部の、そう東九条や翼レベルには及ばないまでもクラスではかなり男どもからちやほやされそうな感じの女の子からは、殺意を感じるほど鋭い視線が翼に向けられているのも僕は感じていた。まあ、彼女らがそうするのも分からんではない。しかし、君達レベルで翼に対抗心を燃やしても、それはライオンにネズミがガン飛ばしてる様なものと同じだよ、と僕はまるで自分の事の様にうそぶく。

 もっとも、そもそも翼は男なのだ。それに翼自身はきっと周りからの視線なぞまったく気にも留めて良いなんじゃないかと僕は思う。そして僕はそれを確かめたくてふと翼の方を振り向いてみた。

「んっ? どうかしたかい、兼光」

 翼はそう言って、また少し小首を傾げて不思議そうな顔をして見せた。ああっ、またこれだよ。ホントごちそうさまです、翼様。僕はその表情を見ただけでお腹いっぱいになって自分が何故翼の方を振り向いたかなんて事、一瞬で忘れてしまった。


 その後、僕は翼と共に玄関の靴ロッカーで上履きに履き替えてから職員室へ向かった。

 とりあえず翼の靴ロッカーも机同様、僕達のクラス用の一角に用意されたし、翼も忘れずに学校指定の上履きを鞄に入れて持参していた。翼は、通学用に履いて来た顔が写りそうな程ぴかぴかに磨き上げられた黒いローファーを脱いで、自分の名が書かれた靴ロッカーに仕舞った。それを見てた生徒も居るには居たが、それでこの『謎の美少女』の正体があの問題児『如月 翼』であると認識出来た者は居なかった様だ。そんなあまりに現実離れした事実は、普通の人間なら自身の常識が認めず、仮に思い浮かんでも即頭から排除されてしまう物なのだ。

 職員室に入った僕は、すでに自分の席で何やら仕事をしていた担任の静ちゃんに翼を引き合わせた。

 その後、翼は静ちゃんや他の先生方と事務的な手続等があるらしく、僕だけ先に教室へ帰された。

「暮林ちゃん、くれぐれも先生との約束忘れないでねぇ~。
 先生がみんなの前でちゃんと説明する前にしゃべったら、
 暮林ちゃん、これから三年間、生き地獄よぉ~」

 別れ際、静ちゃんはフレンドリーな、そして優しい、いつもの静ちゃんらしい笑顔を満面に浮かべながら、すっごく恐ろしい事をさらりと僕に言った。その笑顔と言葉のギャップに僕はそこはかとなく深い恐怖を覚えた。
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