翼 アフェアーズ

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第2章 初登校

第13話 クラスメイトの前へ

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「何だよ、静ちゃん、ホームルームの時間までまだ5分以上あるじゃん」

 少し不良を気取った、でも根はとっても真面目で成績も良い『時田ときた 宗治むねはる』がしぶしぶ席に着きながら不満げに言った。その声に多くのクラスメイト達が男女を問わず賛同する言葉を次々に口にした。

「うっせい! 文句はこの後、私がお前らに伝える事を聞いてからにしやがれ!」

 そんな生徒たちを静ちゃんは一喝した。すると、騒がしかった教室内が水を打った様に静まり返った。その時の静ちゃんは、確かに言葉こそべらめぇ調で怒った感じではあった。だがその言葉とは裏腹に、表情はにこにこ笑っていて決して怖い物でなかった。ここで、ざわついていた教室が静かになったのも静ちゃんに怒られた恐怖心からではない。生徒自身が大好きな静ちゃんに協力しようと言う純粋な善意からなのだ。

「見回したところ、まだ来てない不届き者は居ないようだな。
 出席取るのも面倒なのでお互い前後左右見回して居ない奴いたら申告する様に!」

 まったく名門私立進学高の担任としてはどうかと思える様な大胆な発言である。しかし、相手がこの静ちゃんとなると、こんな事は日常茶飯事なのだ。生徒たちは指示されたままに周りをきょろきょろと見回し確認すると、呼吸を合わせて一斉に声を上げた。

「全員揃ってます!」

 毎朝飽きもせず繰り返されるこう言う一連の流れを見ていると改めて僕は、ああ静ちゃん先生は色々と変わった人だけれど、僕ら教え子からはすごく慕われていんだなぁ、って実感する。

「よろしい!
 じゃあ、今日はお前らに嬉しい知らせがある。
 耳の穴かっぽじって良く聞く様に。
 特に男子諸君は……」

 静ちゃんはそこまで言った後、言葉を一旦切って何か考える素振りをしてから再び口を開いた。

「いや、男子だけでなく女子もだな。
 そして、かなり広い趣味趣向の持ち主達もカバー出来るほど嬉しい知らせだ」

 そう言うと静ちゃんはにやりと意味深な笑みをその口元に浮かべた。その瞬間、静かだった教室が急に騒めきだした。当然、僕は静ちゃんの言ってる事が非常に良く理解出来ていた。だが他の生徒にすれば、静ちゃんが何を言わんとしているかまったく意味不明だっただろう。

 相手が翼なら、その外見から男子は喜び、中身が男と分かれば超絶美男子とも言えるので女子も喜ぶ。さらには、BL系男子はもとより、GL系女子だって、さらには男の娘ラブ系と言うニッチな者まで泣いて喜べるわけだ。翼はまさに幅広い趣味趣向を一気にカバー出来る逸材だ。さすが静ちゃん美味い事言うなぁと僕は感心した。

「はいはい、お前ら、静まれ!」

 静ちゃんがそう言って手をぱんぱんと叩きながらそう声を上げると、騒めきだした教室が再びすぅと静かになった。

「じゃあ、あまりお前らを焦らしても可哀想なので、
 ちゃっちゃっと進めよう。
 おい、もう入って来て良いぞ!」

 静ちゃんが閉まっていた教室の前の扉に向かってそう呼びかけると、その扉が静かに開いた。

「おっ! 転校生?」

 教室の中の誰かが喜々とした声で叫んだ。

 そして、翼が俯き加減に教室の中に入って来た。


 僕はその瞬間、翼の美しさに驚くどよめきや歓声が巻き起こる事を予想してと身構えていた。しかし僕の予想に反して、さっきの声を最後にまた教室はしんと静まり返ってしまった。意外な結果に僕は思わず周りを見回した。そして、すぐにその理由を知った。誰もが目を見開き、口をぽかんと開けて教壇中央に立つ静ちゃんの許へゆっくり歩て行く翼を眼でじっと追っていたのだ。何の事はない、このクラスに居る男子も女子も皆、入って来た翼の美しさに驚き、声を出す事も忘れ翼を一心に見詰めていたのだ。

 そして、静ちゃんの横まで来た翼が正面を向き直って頭を下げた時だった。

 まるで大地震の直前に起こる地鳴りの様などよめきが沸き起こった。

「ああっ! あれ、暮林君の彼女じゃん!」

 そのどよめきの中、『侍女三人組』の一人『西原 かおり』が素っ頓狂な声を上げた。その瞬間、クラス中の視線が一斉に僕の方に向けられた。その視線は、さっき学校のプロムナードを翼と共に歩いていた時、僕に向けられたあの視線とまったく同じ物だった。僕は思わず下を向いてみんなからの視線から逃げてしまった。

「静まれ! ガキども!」

 騒めきだしたクラスメイト達を静ちゃんは再び手を叩きながらそう言って制した。もちろん、すぐに教室はまた静かになった。でも今度は静まりかえるまではゆかず、小声で隣同士と何やら話す声が残った。

「残念なお知らせだが、この子は暮林ちゃんの『彼女』ではない。
 それは先生が保証する」

 多少の雑音は残ったがそれでも静かになった教室を確認して、静ちゃんがそう言うと今度は安堵の溜息がそこかしこで聞こえた。

「あんまり焦らしても時間が勿体なのでさっさと事実を伝える。
 驚かずに聞けよ、お前ら」

 静ちゃんはそう言うともったいぶる様に教室中をぐるっと一度見回した後、高らかに宣言した。

「こいつが入学式以来ずっと不登校を続けて来た、
 三高始まって以来の問題児『如月 翼』だ!」

 その一瞬、教室中が静まり返った。しかし、その静寂は一瞬で崩れた。

「先生、如月って男でしょ!」

「確かに女の子っぽい名前だったけど、
 名簿じゃ間違いなく男子扱いだったはず!」

「もう、その子、本当は転校生でしょ。
 すぐバレる冗談はやめてよ、静ちゃん」

 一斉に生徒たちが口々にそんな事を言って騒ぎ始めた。まあ、ああ言われても翼の姿を見れば誰だって信じられず、こう言う反応を見せるもんだろうと僕は思う。当の本人である翼の方は、自分が原因でこんな騒ぎになっているのにそんな事はまったく気にしてない様で、僕の方を見て小さく手を振りながら笑ってみせた。僕は今まで、人ごみが苦手そうだった翼がいきなり大勢の視線に晒される事を、すごく心配していた。でも翼の落ち着いた様子を見てなんだか肩透かしを食らった感じになった。
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