翼 アフェアーズ

柴川まる

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第2章 初登校

第15話 翼の親友宣言

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 そしてホームルームは終わり、僕らのクラスはそのまま担任である静ちゃんが担当する現国の授業になった。翼の居る最初の授業は特に問題もなくあっけないほど平々凡々のまま終わった。

「それじゃ、お前らくれぐれも如月ちゃんをよろしくな。
 特に暮林ちゃんは責任持ってお世話するように!」

 授業を終えた静ちゃんは教室を出る前、僕にそう言って手を振りながら意味深な笑みを浮かべた。

 静ちゃんが教室を出ると同時に、クラス中の生徒がうわっと翼の席に駆け寄って来た。

 そして、翼を取り囲んだ生徒たちは口々に、ある者は自身の売り込みを、ある者は翼の容姿を褒めたたえ、またある者は僕との関係をしつこく聞いてきた。翼は大崎駅の通勤通学ラッシュでですら面食らって戸惑っていた。そんな翼を見ていた僕には、翼がこんな状況にそんなに長く耐えられないだろうと心配していた。最初こそ翼は、戸惑いながらも愛想笑いを浮かべ何とか受け答えしていた。しかし、しばらくすると突然、翼が椅子から立ち上がった。そして、翼は自分を取り囲んだ人の輪を押し退ける様にして、人垣の後ろから眺めていた僕のすぐ傍までやって来た。

 そして翼は、僕のブレザーの裾をちょこんと掴み、今にも泣きそうな顔で僕を上目使いで見た。少し長めに揃えらえた前髪越しの見える黒く美しい瞳にうっすらと涙が溜まっているのが見えた。そして今にも消え入りそうな声で翼は囁いた。

「兼光、助けて……」

 うわっ、男のくせに何て可愛いんだ、こいつは!

 その瞬間、僕の心は、またもや胸から心臓が飛び出そうなほど激しくときめいた。そして心だけじゃなく、体の一部までもが、あからさまな反応を示していた。今までの人生経験においては、相手が男である場合、そんな事は決しては絶対に起こらない。いや起こる事すら想像出来ない反応だった。そう、この翼と言う美しい男の娘に会うまでは。

「大丈夫だよ、翼。僕はちゃんと傍に居るから。
 みんな君の事をもっとよく知りたいだけなんだよ」

 僕は、袖を掴んだいた翼の手に自分の手を重ねた。そして、精一杯冷静を装い、尚且つ、少し低めの声でゆっくりと翼に語りそう掛けた。

 すると、今にも泣きそうだった翼の顔がその瞬間ふわりと明るくなった。

「うん、分かったよ、兼光……」

 そう小さな声で答えて翼は頷いた。

 その瞬間、その場に居た全ての生徒の視線が僕に集中したのを感じた。そこには今朝プロムナードでも感じたあの殺意さえも含んだ嫉妬の視線だった。

「まあ、何てお熱いことかしら……」

 いつの間にその集団の一番前に居た東九条がそう言って厭味ったらしい笑みを浮かべた。東九条のこの一言が切っ掛けになって集まって来た生徒達が口々に僕と翼を囃し立てる。

「うわぁ……いきなり見せつけてくれますなぁ、お二人さん」

「なんだなんだ、まるで彼氏彼女じゃないか!」

「ほんと、ほんと、激しく妬けちゃうわ!」

「爆発しろ、リア充!」

 僕は生徒たちがまた騒ぎ出したのを見ての僕はまた翼が怯えてしまうのではないと心配になり、手を重ねている翼の顔をちらりと見た。しかし、翼は僕にぴたりと身を寄せてはいたが、その表情に先ほどまでの様な怯えはなかった。少し安心した僕は、集まっていた生徒たちに向かって出来るだけ男らしく説得力のある声で言い返した。

「おい、お前ら、ちょっと落ち着け。
 さっきホームルームの時に静ちゃんからきちんと説明があっただろう。
 翼はこんな姿してるけどれっきとした『男』なんだぞ」

 僕がそう言った時だった。今まで小声でしか話してなかった翼がいきなり大きな声を出した。

「違う!」

 その声に驚いた生徒たちが一瞬で静まった。そして、翼はそのまま良く通る声で言った。

「違うんだってば……僕は兼光の彼女なんかじゃない」

 翼のこの言葉を聞いた瞬間、僕はまるで足元の地面が崩れ落ちて行くかの様な大きな失望感に襲われた。

 そりゃ僕だって、翼と僕じゃ釣り合いが取れないって事ぐらい分かってる。でも、そんなはっきり否定しなくたっていいじゃないか、翼。僕は顔では平静さを装いつつ心の中で翼にそう恨み言を言った。

 そんな僕とは正反対にここに集まっていた生徒たちの表情にはあからさまな安どの表情が浮かんだ。特に東九条の奴は僕の方を見てまるで勝ち誇った笑いを浮かべた。それを見て僕は無性に腹が立ってきた。でも、僕は男としてのプライドを保つ為、必死で平気なふりをし続けていた。

「だって僕はこんな格好してるけど兼光と同じ男なんだよ。
 男同士じゃ、彼氏彼女になんてなれない」

 僕らの心の変化を知ってか知らずか翼はそう続けた。そして、その言葉に僕は改めて翼が男の娘だって事を認識した。

「僕は、兼光の彼女にはなれないけれど、
 僕は兼光が大好きだし、とっても信頼してる。
 それは彼女が彼氏に抱くものよりずっと強いって僕は言い切れる。
 だから僕にとって兼光は彼氏よりずっと大事な親友なんだ!」

 今、翼は僕の事を彼女以上の存在だと、今、高らかに宣言したのだ。一度は翼に自分自身の自惚れを指摘された様な気になって落ち込んでいた僕はこの言葉で救われた。いや、救われたなんてもんじゃない。これは、男の娘の翼にとって、女の子の交際宣言と同じものなのだ。そう考えれば僕は胸を張って誇っても良いのだとさえ思えてきた。

 だた、集まっていた生徒たちは翼の言葉をどう自身の中で消化して良いのかわからない様だった。皆、戸惑いの表情を浮かべ、異様な沈黙が教室を支配してしまった。


 その沈黙を破ったのは、意外にもあの東九条だった。

「如月君、私たち、
 あなたの姿があまりに自然な女の子に見えたから勘違いしてた。
 あなたは姿はともあれ、心は正真正銘の男の子なのね。
 私たち、変な思い込みをしてたわ、本当にごめんなさいね」

 東九条は真剣なそう言って頭を下げた後、その右手を翼に差し出しながら続けた。

「ようこそ、三高一年三組へ!
 私たちは『如月 翼』君を歓迎します」

 その言葉に翼も固くなっていた表情を崩して、差し出されたその手を握り返しながら答えた。

「こちらこそよろしく……えっと確か東九条さんだったかな?」

「ええ、学級委員長をしている『東九条 翠子』よ。
 学校の事で困ったことが出来たら気軽に相談してね。
 そこに居る暮林君より私の方が頼りになるわよ」

 東九条もそう言うとその口元に笑みを浮かべた。

 一時はどうなるかと思われたクラスメイトと翼とのファーストコンタクトだったが、東九条のおかげでその後は非常にスムーズ流れた。個人的にはこの東九条と言う奴は、翼に負けず劣らずの美少女だけど僕は苦手だ。でも、こういう時は非常に頼りになる奴であるのは僕も重々認めている。東九条は姫と言うより、僕らのクラスを名実共に治める女王という存在であった。
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