翼 アフェアーズ

柴川まる

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第3章 最初の一日

第7話 間男出現?

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「えっ! なんだ、あいつは!」

 あと少しで翼の待つテーブルに到着できると安心して前を向いた僕の目に信じられない光景が飛び込んで来た。

 翼の横に図体のデカい男子生徒が座り翼に身を寄せる様にして何事か熱心に翼に話しかけていたのだ。そして、僕にはその男子生徒に見覚えがあった。そう間違いなく彼は、この食堂に翼と入って来た時、特盛カツ丼をがっついていたあの体の大きな三年生だった。

 熱心に語る上級生の横で、翼は少々手持無沙な様子だった。翼は、手に持ったデザート用スプーンでプリンの上の飾られた真っ赤なサクランボをつんつんと突いていた。これは、もしかすると恋人を横取りされそうな緊急事態かもしれない。それなのに僕は、ほんの一瞬、小首を傾げて微笑む翼も素敵だけどこんな翼も可愛いなって思ってしまった。まあ、正確に言えば翼と僕は恋人同士ではなく親友なのだが、そう思えてしまうのだから仕方ない。

 すぐに僕は、にやつきかけた顔を引き締め、出来るだけ険しい顔つきになった。そして、わざと歩幅を広げ、デカい上級生に言い寄られている翼の元へずんずんと近づいて行った。そして、その上級生の後ろに立つと、出来るだけ大きく。そしてはっきりとした声で言った。

「ごめん、翼、待ったかい?」

 そう、僕はその上級生に僕と翼の親密さを分からせる為に、まるで待たせていた恋人に声をかける様に翼に声をかけた。

「あっ……兼光。おかえり。
 少し、遅かったね」

 僕の声に気が付いた翼は、すぐに顔を上げにっこりと笑った。翼のこの笑顔を見て僕は、よく見とけ上級生、翼はあんたと違って僕にはこんな素敵な笑顔を見せてくれるんだぞ、と心の中で勝手に勝利宣言をしていた。

「じゃあ、如月君、今の件、一度、よく考えてみてくれ」

 僕の存在に気付いたその上級生は、そう言って翼の肩を馴れ馴れしくぽんと軽く叩いてから席を立った。そして僕とのすれ違いざまに、あからさまな敵意のこもった瞳でちらりと僕を一瞥してから食堂を出て行った。まあ本当に、彼に敵意があったかどうかまでは僕には分からないが、少なくとも僕にはそう見えたのだ。


 僕は今まで座っていた翼の正面に当たる席ではなく、あえて今まであの上級生が座っていた翼のすぐ隣の席に座った。座った瞬間、甘いシャンプーの香りが僕の鼻腔の奥をこちょこちょとくすぐった。

 椅子に座った僕は、翼の前にカフェオレの紙コップを、自分の前にブラックコーヒーを置いた。そして、手を伸ばして机の向こう側にあった食べ終えた食器とプリンが乗った自分のトレーを手元に引き寄せた。

「改めて言うけど……
 あくまで自販機の物だから味は期待しないでね」

 僕は翼の横顔を見ながら、なるべくカッコよく見える様、少し低めの声でそう言って微笑んだ。もちろん、この微笑みだってにやけてる風じゃなくなるべくニヒルな感じにしたつもりだ。

 確かに正面から見る翼は当然素敵だ。でも、こうして真横から見ると、長い前髪に越しに見えるくるりと上向きにカールした長いまつ毛が男のくせに妙に色っぽいかった。さらにいけないと思いながら少しだけ下に落とした視線の先には、正面からは分かりにくかったつつましやかな曲線がブレザー越しに確認できた。本人はパッドで作った偽物と言ってたけど、爆乳より貧乳派の僕にはむしろこっちの方がよりドキドキした。

「ありがとう、兼光。
 でもそんな事、気にしないでくれたまえ」

 一瞬、僕が隣に座ったのに少し驚いた感じの表情を浮かべた後、翼はそう言って微笑み返してくれた。そういえば、翼は時々、今みたいになんか妙に古風で固い言い回しをする。やはりこの辺り、翼が帰国子女たる所以だろうか?

「うん、これで百円なら僕だって文句はないよ。
 何より缶コーヒーみたいに鉄の味と匂いがないのが好ましい」

 翼は僕の持ってきた紙コップのカフェオレを一口飲むとそう言った。ああっ、翼、君も僕と同じ事を思ってたんだ、と気が付いて僕は妙に嬉しくなった。

 でも、今の僕にはこんなことで浮かれてばかりはいられなかった。そう僕は、僕がちょっと席を外してる間にあのイカつい三年男子が翼に何を話していたのか確認せねばならないのだ。それはもはや強迫観念にも似た感覚だった。しかしその一方、そんな事をいちいち確認するなんて、まるでストーカー化した彼氏が好きになった女の子を四六時中監視して束縛してるのと同じじゃないかとも思った。でも結局、僕は、翼があの上級生と何を話してたのかを聞かずにはいられなかった。

「翼さぁ……今、あの上級生と何話してたんだい?」

 僕はちょっとしたそんな後ろめたさもあって、翼を目を合わす事が出来なかった。その代わりにトレイの上に乗った、妙に可愛い盛り付けがされたデザートプリンに視線を落としながら翼に尋ねた。

「ああ、あの人は柔道部で主将をしている鬼塚と言う人で、
 ほら、兼光も覚えてるだろ、僕が食堂に入って来た時に、
 僕がつい彼の食べてるカツ丼が気になって目が合っちゃった人だよ」

「うん、覚えてる」

 僕は、まだ視線をプリンに落としたまま、少し不機嫌な感じで答えた。

「それで、僕と目が合ったも何かの縁だからって、
 僕に柔道部のマネージャーをしないかって熱心に誘って来たんだよ」

 でも翼は、僕が心配した様な事などまったく感じていない様だった。僕を見て微笑みながら僕の居ない間に何があったのかを詳しく話してくれた。翼に束縛男だと思われてドン引きされなかったことに僕はほっとした。

 ちなみに、柔道部、それに鬼塚と言う名前を聞いて思い出したのだが、この鬼塚と言う上級生は三高では結構な有名人だった。彼は、進学校として有名な反面、体育系部活の成績はイマイチな三高においては珍しく県大会でも上位にまで勝ち進んだ実績を持つ。その上に、成績もかなり上位で、後輩の面倒見も良く性格も温厚で、イカつい成りのくせに女の子にかなりもてるらしい。その事を思い出した僕は、さっきまでとは違う心配が心にふつふつと沸いて来た。

 翼の話によると、僕が飲み物を買いに席を立つと同時に、その鬼塚と言う上級生はすぐに翼のところにやって来たらしい。そして、胸のリボンから翼が一年生であることを知った彼は、翼が言った様に一年生のマネージャーがまだ居ない柔道部に来て欲しいと真剣に頼んで来たのだと言う。
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