翼 アフェアーズ

柴川まる

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第4章 初めての体育

第1話 着替えでピンチ

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 翼の登校初日は、多少のトラブル的なものはあったが特に大きな問題もなく終わった。だから僕は、この翼と言う少し、と言うか、かなり変わった生徒が混じっても、僕らの学園生活はこのまますんなりと進んでゆくものと思い込んでいた。

 事実、翌日からも翼は僕と一緒に朝から登校したが、昨日とそう変わらずトラブルらしいトラブルはなかった。もちろん、相変わらず朝の市電は混んでいたが、初日の様に翼が痴漢に会う事もなかった。僕は翼とまるで恋人同士の様にくっついて過ごせる夢の様な時間をただただ楽しめた。逆に帰りの市電はそこまで混雑することがないのが少し物足りなく感じてしまうイケナイ僕だった。

 周りの生徒達も翼と言う変わった存在に少し慣れて来た様だった。だから、僕自身も翼の事に関しては特に不安を感じる事はなくなって来ていた。

 しかし、三日目の二時限目が終わった後、僕はそれが慢心である事を嫌と言うほど思い知らされることになった。


 次の授業、つまり三時限目は体育の授業だった。三高では体育は男女別々の授業となる。もちろん、そのまま男女に分かれて授業をしては学校側としては教師と生徒の比率的に効率が悪いので、同学年ニクラスが同じ時間に体育の授業を受ける。これで教師と生徒の比率が他の授業と同じになる様に工夫されているのである。


 ここでちょっと余談にはなるが三高女子の体操服についてのトリビアを一つ紹介しておこう。

 三高女子の正式な体操服の下は今時珍しくブルマである。もちろん、色々うるさい人も多いこのご時世、ブルマの上にジャージを履くのは認められている。まあ、だからと言ってわざわざ本当にジャージの下にブルマを履いてるかどうかなどと確認することなどない。だから事実上、三高女子の体操服の下は一年を通して長ズボンのジャージって事なのだ。だから今では陸上部など体育会系女子以外の一般女生徒は、ブルマなど買うことなくジャージだけ過ごし卒業してしまう者がほとんどなのだ。

 しかし、いまだに県下では『三高では他の高校では見られぬ貴重な一般女子のブルマ姿が体育授業時には見放題』と言う都市伝説がまことしやかに流れている。それを信じて、そしてそれを見たいが為に三高を受験する男子も結構多い。そう言う輩が入学後に実情を知った時の落胆の大きさは推して知るべしである。三高では何故か五月病にかかる男子生徒が多いと言われているが、その原因の多くがこれだ。

 こんな事を熱く語るとまるで僕もその一人であったかの様だが決して違う。今時、女子生徒がブルマで体育授業なんてアニメの世界だけしかないと僕はちゃんと理解できている。ここはあえて強調させてもらう。


 さて、少し僕の個人的な趣味……いや三高の実情を説明する為のトリビア紹介で話が逸れてしまったので、再び話を翼の事に戻そう。

 二時限目が終わった僕らは、隣の四組の男子生徒達と一緒に体育館一階にある『男子ロッカー室』へと着替えの為に移動した。もちろん、格好はアレだが自分は男だと言い切っている翼は何の躊躇なく真新しい操服が入った布袋を持って僕らに付いて来た。本当なら僕はここで気が付かなきゃイケなかったのだ。このロッカールームへの移動の最中からすでに僕のクラスメイトの男子はもちろん、隣の四組の男どもまでもが、僕の隣をくっついて歩く翼を見る目が少しおかしくなっていたのだ。それなのに僕は、隣を歩く翼の存在がばかりに夢中になってそんな事に全然気が付かなかったのだ。

 男子ロッカー室と女子ロッカー室は通路を隔てて左右に分かれてある。男女がそれぞれ左右に分かれてロッカー室に消えて行く。そして、翼も僕に付いて男子ロッカー室に入ったその瞬間、その場に居た男子生徒の一部が小さくガッツポーズをした。そこまでしなくても、明らかにその顔に好色そうな笑みが浮かんだ者が多数居た。悲しいかなその時も僕はそいつらの事に全然気づかずにいた。今思うとホント情けない事だと自分でも思う。

 室内のロッカーは少し余裕があってどのロッカーを使うかは早い者勝ちで決まる。翼は当然、僕のすぐ横の空いていたロッカーを使うことになった。僕はいつもの事の様に制服である学校のエンブレムの刺?が胸ポケットに入った濃紺のブレザーを抜いてロッカーのハンガーに掛けた。そして、ズボンを脱ごうとベルトに手を掛けた時に何気なく、周りを見回した。

 そう、今思えば、ここまで何の異常に気が付かなかった愚かな僕ではあるが、ここで周りを見回した事はまさにGJグッジョブだった。

 ロッカー室に居た男子生徒のほとんどが着替える手を止めて、こちらをじっと凝視しているのに僕は気が付いた。ロッカーの列に隔てられてこちらが見えない所で着替えていた連中までもが、わざわざこちらが見える位置に移動して来ていた。僕は、はっと気が付いて、隣で着替えている翼を見た。

 翼はすでに男女同じデザインのブレザーを脱ぎ、上は赤いリボンが胸元に付いた白いブラウス姿になっていた。すぐ隣に居る僕からはブラウス越しに例の悩ましいパッドが入ったブラがうっすらと見えた。一瞬、僕は翼のこんな側に居られる役得に頬がとろけそうになった。しかし、翼の手がスカートのチャックを下げにかかった時、やっと僕はこの危機的状況に気が付いたのだ。

 ここに居る男子生徒たちは、翼のスカートに隠されたモノに対して明らかに強い性的興味と期待を示していた。そして、それはすでに男に対するモノじゃなく、綺麗な女の子の着替えを覗くそれと同じモノになっていたのだ。ここでの翼は、狼の群れに囲まれた哀れな子兎と同じ状態になっていたのだ。

「翼、やっぱり君はここじゃダメだ!」

 気が付いた時には、すでに僕は思わず声を上げていた。翼はその声に驚いた顔をしてスカートのジッパーを下げかかっていた手を止めた。

「ダメだって、どう言う事だい、兼光?」

 翼は不思議そうな顔で僕に尋ねて来た。

「理由は途中で話すから今は何も言わずに、
 着替えを持って僕に付いて来て!」

 僕はそう言って翼の手を引いた。翼は納得のゆかない顔つきをしながらも僕の言葉に従って、すでに脱いでロッカー内に掛けてあったブレザーと体操服が入った布袋を手に取った。
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