翼 アフェアーズ

柴川まる

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第4章 初めての体育

第3話 禁断の紺色

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「あっ! 大事な事を忘れてました!
 さっそく、翼の事で先生に助けてもらいたくてここに来たんです」

 僕は宇野先生の言葉で、ここへ翼を連れて来た本当の目的を思い出した。

「助ける? それは尋常じゃなさそうね」

 僕の真剣な表情と言葉に、自分の椅子に戻った宇野先生も少し身を乗り出すようにして聞き入った。

「実は僕ら次の授業体育なんです。
 それで着替える為に翼を連れて男子ロッカー室へ行ったら……」

「如月君の着替える姿に、
 他の男の子たち、変な欲情をかきたてられちゃったと……」

 僕が全部を説明する前に、宇野先生は先回りしてそう言った。こういう所がこの宇野先生のすごい所だ。前に保健の先生と言うより医者という感じだと僕は言ったが、正確には医者と言うより学者タイプなのだ。

「そう! そうなんです、先生。
 でも、まさか翼に女子ロッカー室で女子たちと着替えさせるのも
 やっぱり何かおかしい……というかそれはそれで問題ありですよね。
 だからとりあえず、今日はこの保健室で着替えさせてやって欲しいんです」

 その時僕は、翼が一緒に着替えると言っても女子たちは良いよって言いそうだとちょっと思った。

「事情は分かったわ。それじゃ……
 今日だけじゃなくこれからも如月君の着替えはここを使うと良いわ。
 ベッドの所はカーテンで仕切れるから着替えにちょうど良いしね」

 宇野先生は、優しそうな笑みを浮かべてそう言った後、ちらりと壁に掛けられた時計を見た。そして急に慌てた様子になって続けた。

「いけない! もう授業が始まっちゃう!
 今日は君もここで良いから、二人とも急いで着替えて!」

 その言葉に僕と翼は、慌ててベッドのある方へ走った。そしてすぐに仕切り用のカーテンを閉め、それぞれを個室状態にしてから、急いで体操服に着替えた。

 薄いカーテンのすぐ向こうで着替える翼。カーテン越しに見えた翼の着替えるシルエットと着替える衣擦れの音。床とカーテンの隙間から見えた翼の足元に落ちた制服のスカート。さらには、あの厚手の黒いパンストを足から抜く仕草。僕の心臓は口から飛び出そうなほどドキドキした。その上、嫌でも体の一部が大きく変化しそうで怖かった。それは紛れもなく、隣で綺麗な女の子が着替えてる時に男の子がなる反応だった。

 翼は男だ。体も心も男なんだ。女装してるだけだ。落ち着け、自分。

 僕は心の中で何度も何度も呪文の様にそう繰り返していた。そして、これじゃロッカー室で、翼を劣情に駆られたギラギラした目で見ていた連中と同じじゃないかと自分自身を叱責した。


 僕は着替えている最中、隣で着替える翼が気になってついつい手つきが心もとなくなってしまった。それでも何とか体操服に着替えてカーテンの仕切りから出ると、ちょうど翼も着替えを終え出てくるところだった。

「えっ……あっ! ああっ! 翼、その格好って!」

 カーテンの間から出て来た翼の姿を見て僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だって、その時の翼は……

 袖口や襟首に学年を表す赤い縁取りと、胸にはクラスと名前が書かれた布が縫い付けられた真っ白な半袖Tシャツ。そして、きっとこんな時でもあのフェイクパッドが入ったブラを外さないのであろう、その胸元は慎ましやかな膨らみが二つ並んでいた。

 いや、そこまではまだ良い。予想された範囲内だ。しかし……そう、しかし、その下は何なんだよ!

 腰より少し下まであるTシャツの裾から見えてるその紺色のモノ。

 その下側の境界線は角度広めのVの字を描いている。そしてそのすぐ下には、男の物とは思えない、まぶしいくらい真っ白な太ももがぎりぎりの所まで見えている。

 それって……まさか……。

「翼、それブルマ?」

 僕はその先の言葉を思わず声に出していた。

「そうだよ。
 女子用体操服の下はブルマだって言うから、
 今日の下着はいつものボクサーパンツじゃなくて、
 女の子用のショーツにしなきゃイケなかったんだ。
 姉はそれを知って狂喜乱舞してたけど、
 僕は厚手のパンスト履いててもやっぱりちょっと落ち着かなくてね」

 僕の声に翼は少し照れくさそうにそう言って笑った。

 そうなのだ、今の翼は、体操用半袖Tシャツと下半身にぴたりとフィットした紺色ブルマという姿。それは、今はもう都市伝説と化し、純粋な陸上競技の場以外ではアニメや漫画の中だけでしか見られくなったモノ。そしてそれは、三高を受験する男子の多くが入学後の密かな楽しみとするモノ。しかし、実際に入学した後にそれが幻だったと言う現実を知り打ちひしがれる原因となるモノだった。

 しかも、こいつのは男のくせに、すっごく似合ってる。いや、むしろ下手な女の子よりも似合ってて妙に色っぽい。変に抑揚のあり過ぎるお尻より、このくらい小ぶりで引き締まったお尻の方が絶対に魅力的だと僕は思う。

 えっ、色っぽいって、翼は男の子なのに色っぽいだなんて僕は何を言ってるんだ。ああっ、きっと僕はこんな素敵なモノを見て、僕は今、驚きと喜びで頭が混乱しているんだ。あれっ? 素敵なモノって、僕は、男のブルマ姿見て何を言ってんだ。ダメだ、僕の頭は今、まともに機能してない!

「兼光、僕の恰好、何かおかしいかい?」

 きっと僕は、翼をぼぉと見詰めていたのであろう。翼が不思議そうな顔で僕に尋ねた。

「あっ……いや、おかしい訳じゃないんだけど……」

 僕はそう言ってちょっと口籠った。そうなのだ。翼のこの姿は、三高女子体育時の服装としてはどこも間違ってはない。まさに規則通りの正しい服装なのだ。しかし、現実的にはこんな服装で体育の授業を受ける女子など今時、例え真夏でも誰一人としていない。ちなみに真夏時など暑い時はジャージと同じ色と生地で出来たハーフパンツを着用している女子が居る。もちろんこれは正式な体操服としては指定されてはいないのだが、なぜか指定の体操着と同じ扱いで売られている。学校側も夏場にこれを着用することに対しては暗黙の了解している様だ。

「おかしい訳じゃないけど?」

 翼が不安げな顔になって聞き返した。

「いや、君のその格好は学校の規則としては正しいんだよ。
 でも今の女子でブルマを着用して体育授業を受ける女の子は居ないんだ。
 事実上、ブルマは女子体操服としては廃止されたも同然なんだ。
 まことに悔しい限りだけど……」

 僕はそう答えた。最後の一言は僕の心の声がつい口に出てしまったものだ。
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