翼 アフェアーズ

柴川まる

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第4章 初めての体育

第5話 驚異の身体能力

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 まず最初に100mの計測が行われた。吉川先生がゴールラインでストップウォッチ片手に計測。僕がスタートラインに立ってスターター役をすることになった。

 翼はクラウチングスタートの姿勢をとってトラックに用意したスターターティングブロックの調整を入念に行っていた。僕はスターターピストル片手に、いけないとは思いながらもくりくりと動くブルマに包まれた翼のお尻を少しいやらしい目で見ていた。だって、翼のそれはどう見ても女の子、それもとびきりの美少女のモノにしか見えないのだから仕方ない。やっぱ思春期真っただ中の僕らにとって翼のブルマ姿は麻薬みたいなモノなのだ。

 僕は当初、翼の運動能力は運動音痴ではないにしろ、そう高いものじゃないと決めつけていた。女子の平均よりちょっと上ってくらいな感じだと思っていたのだ。ところがすぐに僕はその考えがまったく的外れであった事を嫌と言うほど思い知らされる事となる。


 吉川先生が片手を上げて合図をしたのを見て僕は翼に声を掛けた。

「じゃあ、翼、そろそろ良いかな?」

「ああ、大丈夫だよ。僕は何時でも良い」

 翼はそう言って微笑むと、両手をスタートライン手前の地面に付け両足をスターティングブロックに掛けた。

「位置について……用意!」

 僕の声に翼のブルマに包まれた素敵なお尻がぴょこんと上がった。翼のお尻はただですらブルマがお尻にぴたりと張り付いてその形を露わにさせてる。その状態であんな恰好。僕はこんな時なのに思わず頭の中でとってもスケベな妄想をしてしまった。そしてこの位置じゃなく、今の翼を真後ろからじっくり見てみたいなんてすっごくイケナイ事を思ってしまった。

 でも、今は体育の授業、しかも担当はあの吉川先生。その吉川先生は今、僕が高らかに掲げているスターターピストルのフラッシュライトが光るのを見逃すまいと凝視しているのだ。僕は、すぐにいやらしい妄想を頭から叩き出して、ゆっくり引き絞る様に引き金を引いた。

 スターターピストルの火薬式と区別がつかないほど豪快な電子音と共に引き金が引かれた事を示すフラッシュライトが光った。


「えっ……」

 僕はその光景に息を飲んだ。

 クラウチングスタートの低い姿勢からもの凄い勢いで翼の体が前方へ弾かれた。それはまるで、航空母艦からジェット戦闘機がカタパルトで打ち出される様にスムーズかつ力強かった。とてもあの華奢な体からは想像できない迫力すらあった。スターティングブロックから離れ僕の目の前を一瞬で通り過ぎた翼から何か衝撃波に似た強い風が僕の方へ押し寄せた様な錯覚すら覚えた。

 僕は、ほとんど無意識でゴールへ向かった疾走する翼の姿を目で追っていた。

 三つ編みにした腰まで届く長い髪をまるで流星の尾の様にたなびかせて翼は走っていた。90度に曲げられた腕は角度を変える事無く正確無比のペースで大きく振られ、その長い脚は軽やかにまるで飛ぶ様に地面を蹴っていた。

 あっと言う間だった。翼は華麗な、そうまるで雌ライオンが狩りの為に全力疾走する様に美しい姿でゴールラインに吸い込まれて行った。吉川先生がストップウオッチを持った手を一度振り上げてから一気に振り下ろすのが見えた。

 僕はそれを見て、翼のそれとは似ても似つかぬばたばたとした無様な走り方で、吉川先生と翼の居るゴールへ向かった。


「凄いじゃないか、如月!
 そんな格好してるからなよなよした走りかと思ったら、
 俺が見てもほとんど言う事のない綺麗なフォームだ。
 マジで陸上部に入らないか?」

「いや、先生。僕まだそう言う部活動はちょっと……」

 僕はかなり息を弾ませながらゴール地点に到着すると、吉川先生が妙なハイテンションになって騒いでいた。そして、その前で翼が困った様な表情を浮かべて苦笑いをしていた。

「先生、翼のタイムってそんなに良かったんですか?」

 僕は体を折ってぜいぜい苦しげに荒い呼吸をしながら尋ねた。

「このタイムなら陸上部の代表選手入間違いレベルだ」

 僕を見て吉川先生はまるで自分の事の様ににやりと笑い、右手でサムアップして見せた。

「ところで先生、翼の場合、男子陸上部でしょうか?
 それとも女子陸上部でしょうか?」

 僕が何とか息を整えてからそう言ってボケた。すると吉川先生もにやりと少し悪い笑みを浮かべて答えた。

「正しくは男子陸上部なんだろうがなぁ。
 ただ女子陸上部から出場した方がより上位が狙える。
 たぶん如月の場合、地方予選程度なら男だってバレない気がするし」

「先生も悪ですな」

 僕も思わずお約束の突っ込みを入れてしまった。

「冗談はさておき、本当に陸上部に入部してみないか、如月?」

 吉川先生は僕たち漫才をにこにこしながら聞いていた翼に真面目な顔になって再び尋ねた。

「先日は柔道部の主将さんからもお誘いをいただいたんですが、
 僕としては今の所、まだそう言う部に入る気は本当にないんです」

 翼は真面目な顔で、でも少し申し訳なさそうは表情を浮かべてそう答えた。

「う~ん、実に惜しいなぁ。
 でも、お前にそんな顔で言われるこっちも無理を言えなくなる。
 まあ、どこか運動部に入る気になったら俺に一度相談に来てくれ」

「はい、その時は必ず先生の所に相談に行きます」

 吉川先生の言葉に翼はそう答えて少し小首を傾げてにっこり笑った。ああっ、あの笑顔だ。僕はあの笑顔が僕以外の男の人に向けられるのにちょっと嫉妬した。そして、ちらりと見た吉川先生の顔も、なんだか僕みたいに頬がにやけている様だった。

 どうやら翼のちょっとした仕草や表情の破壊力は僕や同年代の男の子達だけでなく吉川先生くらいの大人にも十分通用する様だ。僕はそう思って心の中だけでくすりと笑った。

「よぉ~し、如月、暮林、ちゃっちゃと次行くぞ、次っ!
 こらゃ、他の種目も如月の記録が楽しみだ!」

 吉川先生は手に持った記録表に一度目を落とした後、すごく上機嫌で僕らにそう叫んだ。


 結局、翼はその後、走り幅跳び、ボール投げ、反復横跳び、さらには1000m走を次々とこなした。そしてそのどの種目でも、とんでもない記録を連発した。それはただ単にちょっと運動神経が良い生徒の成績というレベルではなく、ほとんどインターハイ出場可能な選手のレベルに近かった。
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