翼 アフェアーズ

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第5章 バラの女王

第1話 バラ園の東屋

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 僕が通う三高は県下に住む名家金持ち連中のご子息ご令嬢が多く通っている事でも有名である。学食がカフェテラス並みに立派なのも、こう言う連中の寄付金が大量に集まる為である。その為、学食に限らず教室等学校の施設、備品は他の学校を圧倒するほど素晴らしい。しかも、寄付金が多いので、学費も私立としてはそう高いわけではなく僕の様な庶民の子供でもちょっと背伸びすれば入ることが出来るのだ。庶民の僕らにとっては嬉しい限りである。もっとも、三高の場合、いくら多額の寄付金をしても入試にだけはちゃんと合格しないと入学できない。しかも前にも言った様に三高入試は無理ゲー並みの難問ぞろいでレベルが半端なく高い。この事が、三高をただのおぼっちゃま学校とは違う独特のステータスを与えているのだ。

 三高の施設が立派なのは何も建物だけではない。校舎の周りもちょっとした公園並みに整備されている。特に校舎裏には、どこかの植物園にある様なかなり本格的で美しいバラ園がある。そして、このバラ園にはちょっとした逸話があり三高の生徒にとってはとても特別な意味を持つ場所となっている。その逸話に関しては今時流行らない眉唾物の悲恋話なのでここでは割愛する。しかしその為、このバラ園の真ん中にある東屋が、好きな相手に告白する定番スポットとなっている。なんでもここで相手に告白して受け入れられるとその二人はいつまでも仲良く一緒にいられると言うのだ。またその一方で、このバラ園の東屋で告白を受ける回数がそのまま、男子なり女子なりの人気のバロメーターとなっている。特にその回数がずば抜けて多い者は『バラの女王』あるいは『バラの王』と呼ばれ周りから一目置かれる存在となる。

 僕らが入学する前の年まで数年は、バラの君主は長らく空席だった。いや正確には、そう言われる者は確かにちらほら現れた。しかしそれは、あくまで一部の者が言うだけで全校的に誰もが認めるまでの絶対性を得るまでには至らなかった。いわば戦国時代の様な群雄割拠の状態が長らく続いていたのだ。

 しかしながらこの長い戦国時代も、東九条がこの三高に入学して終わりを告げることになる。それはまさに戦国時代に現れた織田信長そのものだった。確かに、顔、スタイルを取れば東九条をより魅力的な先輩女子も居た。家柄もしかり。学業成績とて同じ。性格の話になれば、かなりキツイ東九条と比べれば、男子が好みそうな可愛らしい性格の女子なんてごろごろ居る。ところが東九条はその性格を除き、そのすべてが高次元でバランスされているのだ。さすがにそこまでの者はこの三高でも存在しなかった。そして、ここまで完璧な美少女となると、あのキツイ性格すら男には逆に魅力的となる。男ってやつは意外にその本性はMの場合が多いのだ。

 しかし決定的だったのが東九条は他の女子が持たない強力な武器を持っていた事だった。それは上に立つ者のみが持つ他者を圧倒するオーラだった。東九条の持つオーラはまさに女王の物と言っても差し支えないものだったのだ。

 入学式で壇上に上がり新入生代表として答辞を読むという鮮烈な形で全校生徒の前に現れた東九条はすぐに多くの男子生徒を魅了した。そして入学式が終わって一週間と経たぬ内に東九条はバラ園の東屋デビューを果たす事になる。言うまでもなく東九条は告白を受ける側である。それを皮切りに東九条はほとんど毎日の様に放課後、バラ園の東屋に呼び出される様になった。しかもそのどれもが普通の女の子なら有無を言わさずYESと答えさせてしまう様な優良物件の男子ばかりだった。そして、四月が終わる頃には三高の誰もが認める『バラの女王』となっていた。

 東九条が『バラの女王』と呼ばれる様になると、当然、それを良く思わない上級生の女子も出てくる。東九条はそう言う集団に何度か呼び出され、言葉によるリンチと言うべきつるし上げを受けた事もあるらしい。しかし、東九条はそう言う場合でも、ただ一人で呼び出し受けた場所に出向き、彼女の言う所の『誠心誠意で臨んだ話し合い』の末、いつも最後は相手を完全に黙らせてしまったという。実際、そう言う一部の上級生女子によるリンチ紛いの呼び出しも五月の連休前にはすっかりなくなった。

 東九条はその後も相変わらず何度もバラ園の東屋に呼び出された。しかし東九条はどんな相手であっても首を縦に振る事は一度もなかった。それが他の女子なら呼び出されただけで舞い上がってしまう程の人気がある上級生男子でもだ。そこからいつしか三高では彼女の事を『難攻不落のバラの女王』とも呼ぶ様になった。

 ちなみに、好きな相手が出来た場合、何も必ずバラ園の東屋を使う必要なない。事実、他の場所やメール、電話等で告白する者の方が多いくらいだ。ただ、バラ園の東屋に相手を呼び出し告白する事は、呼び出される側のステータスであると同時に、呼び出す方も勇気ある行為とされステータスになっている。なぜならこのバラ園の東屋での告白は、事実上、多くのギャラリーの目の晒される公開告白となるからである。まあ実際には、公開とは言ってもあからさまに観戦される訳でなく、物陰から成り行きを見守られると言う方が正しい。

 なぜこんな事になるのかは、このバラ園の東屋で告白する場合の手順を知る事がその答えとなる。

 このバラ園の東屋は、その逸話からここで告白をしたい者が昔から非常に多かった。昔は、同日同時刻に複数の人間がブッキングしてしまう事も多かったらしい。そこでいつの頃からかブッキング防止の為、とある場所にバラ園の東屋を使う日時を予約するノートが密かに置かれる様になった。そして、それがネット社会到来にともなって、ネット上の電子掲示板の形に置き換わったのだ。つまりこの電子掲示板のURLを知っていれば誰でもバラ園の東屋でいつ告白が行われるか分かってしまうと言うわけである。もちろん、ノートの時代も同じ事であった。ちなみに、この電子掲示板では日時の予約は出来ても誰が予約を入れたかまでは分からない。

 告白する者は場所の予約をした後、自分自身か、あるいは代理の者を使って、告白すべき相手に連絡を取る必要がある。運良く電話番号やメアドが分かれば良いのだが、多くの場合、昔ながらの下駄箱への置手紙やら、代理人によって手紙を渡す事が必要となる。

 その為、僕ら一年三組では授業が終わった放課後、上級生を含む他のクラスの代理人からこの手の手紙が東九条に手渡される光景が日常化していた。
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