翼 アフェアーズ

柴川まる

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第5章 バラの女王

第2話 メッセンジャー

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 翼が学校に通い始めて一週間が経ったある日のことだった。

 帰りのHRが終わり、東九条と侍女三人組が特に用もないのに、わざとらしく教室に残っていた。東九条はまるで玉座に座る女王の様に悠然と自分の席に座り、その後ろに金屏風のごとく侍女三人組が立っている。

「また、例のBBSに予約が入ってたよ、姫」

「姫、靴ロッカーに置手紙とかは?」

 西原と緑川が東九条に尋ねた。二人ともこう言いながらその答えは聞くまでもなくすでに分かっているのだ。いや正確には、分かってると信じ込んでいた、だ。

「今のところ無しよ」

 東九条もこの二人が何を言いたいかなんて分かりきっていて、わざと関心なさそうにそう答えた。

「じゃあ、そろそろ来る頃じゃないですかねぇ?」

 新藤がそう言ってにやにやとまるで自分の事の様にうれしそうな笑みを浮かべた。


「西九条さんたち妙に嬉しそうだね、兼光。
 今から何かあるのかい?」

 翼と僕は、さっきまで時田や犬養達としばらく雑談していた。しかし、それぞれが部活やら用事やらで帰ってしまい、今は僕と二人きりになったしまっていた。そんな時、翼が東九条達のいつもと違う様子に気が付いて僕に尋ねた。

「ああ、たぶん今日も今からアレなんだろうさ」

「アレとは?」

 僕は憮然とした表情で答えた。当然、翼にはまだその意味が分からず聞き返してきた。そこで僕は手短にバラの東屋の事を翼に説明してあげた。

「はははっ、何も君があんな顔をしなくても良いものを。
 何なら僕が君をあそこに呼び出して告白しても良いのだよ」

 翼はさっきの僕の表情を想い出し、くすくす笑いながらとっても嬉しい事をさらりと言ってのけた。

 そりゃ、僕としては君がそうしてくれるって言うなら激しく同意するよ! ってすっごく言いたかったけど僕はそんなあさましい男ではない。

「もし、君が本物の女の子ならとって嬉しいけど、
 僕らは男同士だから遠慮しておくよ」

 僕は努めて冷静にそう答えた。もちろん、これは本音じゃない。

「そう……それは残念だわ。
 私は本気でそうしても良いと思ったんだけど……」

 翼は、またまたわざと妖艶な笑みを浮かべ、いつもは絶対にしない女の子っぽい少し高めの声でそう答えた。

 ちくしょう! 翼の野郎、絶対、僕の気持ちを分かっててこれやってるだろう! でも翼、その表情と声、たまらなく良いよ。何で翼に変なものをくっつけてしまったんだって僕は神様を小一時間問い詰めたい気分になった。

「こらこら、翼。
 頼むから、その顔と声はやめろって……」 

 それでも僕は苦笑いを浮かべながら、つとめて平静を装いつつ心とは裏腹な言葉を返した。

「はははっ! そっかぁ、君は喜んでくれると思ったんだがね。
 まあ、その気になったらいつでも言ってくれたまえ。
 僕で良ければいつでも君をあそこに呼び出すよ」

 翼は、そう言って声を上げて笑った。この時の翼はもういつもの男言葉に完全に戻っていた。さっきの女らしい翼も、もちろん良い。だけど僕は、やっぱり外見は妖艶な美少女で、でも言葉は完全な男言葉て方が好きだ。何か妖しい魅力がして惹かれてしまう。


 ちょうど、その時だった。開け放たれていた教室の前側の扉からひょっこりと女生徒が顔を出し僕らの教室内を見回した。胸のリボンが紺色なのを見るとどうやら三年生の女生徒らしい。

 それを見て、侍女三人組がくすくすと何やら嬉しそうな笑みを浮かべ東九条に目配せした。東九条もそれに気づき一瞬だけその口元に笑みを浮かべた。だがすぐに東九条は手に持っていた文庫本に視線を落とし素知らぬ顔つきになった。

「ごめんなさい、ちょっと、お邪魔しますね」

 その先輩の女生徒は、一通り教室を見回し用事がある相手に目星が付いたのだろう。そう言ってつかつかと教室の中へ入って来た。

 侍女三人組はより一層嬉しそうな笑みを浮かべながら、先輩が近づいてくるのを待った。東九条の奴も素知らぬフリをしながらその口元はには微かな笑みが浮かんでいた。

 ついに彼女らの前までその先輩はやって来た。

「だれかお探しですか?」

 侍女三人組筆頭頭の西原がわざとらしくそう声を掛けた。

「あっ……いえ、用事がある子はもう分かってるから大丈夫よ」

 ところが先輩はそう笑顔で答えると、そのまま東九条達の前を通り過ぎてしまった。

 それを見て侍女三人組は言うの及ばず、当の東九条さえも、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になった。そして、歩き去る先輩の背中をただぽかんと口を開けて見詰めていた。


 東九条たちの前を通り過ぎた先輩はそのまま僕と翼が居る方へ歩いて来た。そして僕らの前で立ち止まると少し不安げな表情を浮かべてこう尋ねた。

「あなたが『如月 翼』君?」

 翼と僕は一瞬、お互いの顔を見合ってしまった。

「はい。そうですが……」

 だが翼は先輩を見上げてすぐにそう答えた。

「君って本当に男の子なの?」

 先輩は翼を頭の先から足の先までまじまじと見ながらそう尋ねた。明らかにその顔はまだ半信半疑って感じだった。

「はい、こんな格好してますが僕は男ですよ」

「話には聞いてたけどまさかこれほどとはね。
 これだけ間近でも見ても女の子にしか見えない。
 なるほどこりゃ、鬼塚の奴が夢中になるのも分かるわ」

 先輩はうんうんと何度も頷きながら独り言のようにそう言った。

 鬼塚? 僕は先輩が口にした言葉に心当たりがあった。そう、学食で僕がちょっと席を話した隙に翼に話しかけていたあのデカブツの先輩だ。

「鬼塚さん?
 もしかして、柔道部の主将をしておられる先輩ですか?」

 翼もそれに気が付いたのだろう。先輩を見てそう尋ねた。

「うん、そうだよ。
 鬼塚の奴も言ってたけど、やっぱり君も奴の事、覚えていたんだね。
 なら話が早い。これ、あいつから。受け取ってやって」

 先輩はそう言って、ブレザーのポケットから真っ白な封筒を取り出して翼に渡した。

「これは?」

 翼は不思議そうな顔をしてその封筒を受け取った。

「私はメッセンジャーよ。
 こう言えば分かるでしょ」

 先輩はそう言って意味あり気な笑みを浮かべた。

 そう、封筒を持って現れる『メッセンジャー』と言えばこの三高に置いてそれが意味するのは他にはない。バラ園の東屋で意中の相手を呼び出す為の告白文を、本人に代わってその意中の相手に届ける役が『メッセンジャー』なのだ。

 その瞬間、教室に居た連中から異様などよめきの声が上がった。一方、あの侍女三人組からは突き刺すような鋭い視線が翼に向けられていた。しかし、当の東九条はなぜかその口元に微かな微笑みを浮かべてこちらを見ていた。僕には東九条が翼でなく僕を見ていた気がした。そして、あの謎の微笑みも僕に向けられていたものの様な気がした。
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