翼 アフェアーズ

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第5章 バラの女王

第6話 僕と先輩の心の内

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「ねぇ、翼、やっぱりはっきり教えてよ。
 君は鬼塚先輩にどんな答えを伝えたんだい?」

 思い切って僕はもう一度、翼に尋ねた。こんな聞き方するなんて、翼も僕の事を自分を束縛しようとする嫌な男って思うかもしれないと僕は思った。でも、その時の僕にはやっぱりそう尋ねずにはいられなかった。

「君は何を心配してるんだい、兼光。
 君がそんなに心配する事なんてないから安心したまえ。
 僕は鬼塚先輩に……
 『そう言うお付き合いは出来ません』
 ……ってはっきり答えたんだよ」

 翼は嫌な顔はせず、優しい笑みをその口元にたたえたまま、そうきちんと答えてくれた。その答えを聞いて僕はやっと安心出来た。なんか一気に緊張感が抜けて僕は膝が崩れそうになってしまった。

「ただ僕は……
 『でもこんな勇気ある事をした先輩を尊敬します。
  だから、これからも先輩と後輩として親しくさせてくださいね』
 とも言っておいたよ」

 ちょっと待て、翼。『親しくさせてくださいね』って君から言うなんて、それって完全にNoって訳でもない様にも聞こえるぞ。一旦は深い安堵の気持ちに包まれていた僕だったが、再び心に不安と言う名の暗雲が広がり始めた。

「まあ、詳しい事はいくら相手が君でも、
 僕の口からはこれ以上は言えない。
 でも、君が心配してる事はあの人とはないから心配しなくて良いよ」

 そう言って翼はまるで僕の気持ちをすべて見通してるかの様に、にっこり笑うと僕の手を取って走り始めた。

「さあ、いつもの様に一緒に帰ろう、兼光!」

 翼の声とその笑顔に僕の心の再び広がりかかった暗雲は一発で吹き飛んで、まるで南国の様なお日様が輝き始めた。

 ああ、僕は翼の事がこれほど好きだったんだ。僕はその時、改めて気が付いた。東九条は、僕のこの気持ちを『LIKE』ではなく『LOVE』だと言った。でもまだ僕は、中身はその体も心も男の子である翼を愛してるなんて信じらない。ただ、それが『友情』と言い切れなくなってきているのは事実だった。翼の事を人前では『親友』と言いながら、心のどこかでは『彼女』と思っている自分にも気が付いていた。



 『鬼塚 巌』の独白。

 今まで俺は自分自身の事が本当は良く分かっていなかったんだと思う。

 自分じゃ、デカい体にイカツい顔、性格も真面目一本で面白みがないから女の子にモテないと思っていた。また、俺自身も女子にモテる奴らを見ても羨ましいとか思わなかった。それより、同級生はもちろん下級生の男子生徒が、俺の事を色々頼ってきてくれる事の方がよっぽど嬉しかった。

 あれは中学の二年生の秋だったろうか。違うクラスの女の子から俗にいう『告白』ってやつを受けた。その時の気持ちは良く覚えている。それは驚きだった。自分がもてるとは思ってなかったし、こんな瞬間が来るとも思ってもいなかったからだ。でも、そこには喜びやときめきはなかった。ただ単に驚きだった。

 だから俺は、柔道と勉学にかこつけてその子の勇気ある告白を断った。これは自慢じゃないが、その子は俺たち男子の間でも結構人気のある可愛い女の子だった。それなのに俺は迷うことなく断ったのだ。

 それからだった。その子の告白を切っ掛けにして時折、俺は女の子から告白を受ける様になった。それはこの三高に入っても続いた。いや、三高に入ってからの方がなぜかその頻度は上がった様な気がした。高校生になると告白してくる女の子は、可愛いと言うより本当に綺麗な子も多かった。それはそれで嬉しいと思える様になった。それでもだ。俺はときめきって奴を覚えたことはなかった。どんな素敵な女の子相手でも、俺みたいな男に好意を持ってくれた事に感謝する気持ちは沸くが、心がときめくことはなかった。

 それがあの瞬間に変わった。いや、正確に言えば、あの瞬間、俺は初めて『ときめく』って感情を覚えたのだ。その言葉通り心がどくどくと湧き踊る感じ。強いて言うなら、柔道の試合で今まで勝てなかった相手から綺麗な一本勝ちを取った瞬間の様な感じだった。いや、何か勝ちを取ったと言うより、綺麗に一本取られた時の様な爽快な敗北感に近い感じもした。

 『如月 翼』と初めて食堂で会ったあの瞬間だ。彼は、俺をじっと熱い視線で見詰めていた。まあ、正確には彼が見ていたのは俺でなく、俺の前にあったカツ丼だった。一瞬で俺は、その時はまだ女の子と思っていた彼に心奪われた。でも、俺の中に眠っていたある種の本能は、彼を一目見た時から彼が男である事を感じ取っていたのかもしれない。

 その後、俺は、一緒に居た男が席を外したタイミングを狙って彼の傍に行き声を掛けた。そして、柔道部のマネージャ勧誘にかこつけて話をした。俺がこんなに女の子に対して積極的になったのは生まれて初めてのことだ。気が付いたら彼の横に座り必死に柔道部に誘っていたのだ。

 そこで俺は彼が男である事を彼の口から聞いた。その瞬間の事を俺は良く覚えている。俺はそれを聞いて、驚くより心のどこかで『ああ良かった』と安心したのだ。

 その時は、一緒に居た男が帰って来て十分に彼と話す事は出来なかった。でも俺は彼の事が忘れられなくなっていた。さんざん悩んだ挙句、俺は彼を『バラ園の東屋』に呼び出す手紙を出す事にした。

 手紙には自分の気持ちを正直に書いた。男である彼を好きになってしまった事を包み隠さず書いた。それはたぶん、普通の男が意中の女の子に書くラブレターと同じだったと思う。

 彼は男の俺からそんなラブレターを受け取ってもちゃんと東屋にまで来てくれた。

 それでも、彼の答えは『No』だった。彼は俺を先輩として親しくする事は出来るがそう言う付き合いは出来ないと言った。俺はそれでも彼を諦めきれず、気が付いた時は彼を抱き締めていた。

「ごめんなさい。先輩……」

 彼はそう俺の耳元に唇を寄せてそう囁いた後、俺の腕の中から離れていった。

「男の君を好きになった俺の事を気持ち悪いと思うか?」

 そう尋ねた俺に彼はこう言った。

「純粋に誰かを好きになるのに性別など僕は関係ないと思います。
 先輩を気持ち悪いと言う人間が居たら僕はその人を軽蔑します。
 先輩、あなたには必ずあなたにふさわしい人が現れます。
 それは僕じゃなかったけれど、
 意外に先輩の近くに居るのではないですか?」

 そう言って彼はくるりと俺に背を向けた。

「君は食堂で一緒だったあの男が好きなのか?」

 俺は彼の背中にそう尋ねたが、彼は何も答えずにそのまま去って行った。


 『如月 翼』、それは俺が生まれて初めて愛した美しい人の名だ。

 それは俺にとって間違いなく『初恋』だった。

 そしてその『初恋』は御多聞に漏れず叶う事はなかった。
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