翼 アフェアーズ

柴川まる

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第5章 バラの女王

第7話 新たなる女王伝説

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 鬼塚先輩の告白が切っ掛けだった。翼の所には次々と『バラ園の東屋』への招待状が舞い込むことになった。しかも、それは相手が男子だけではなかった。驚くべきことに同級生、上級生を問わず多くの女の子たちも、自らの想いを告白する為に翼をバラ園の東屋へ呼び出す様になったのだ。いや、よく考えれば男子が、同じ男である翼をあそこに呼び出し告白する事の方が驚くべき事なのだ。しかし、なぜか僕も含めて、ほとんどの者がそっち方が普通で、女子が翼に告る方が少々奇異に感じてしまっていた。

 最初こそ、僕は翼がバラ園の東屋に呼び出される度にはらはらしていた。しかし、翼は東九条と同じく相手が誰であろうと首を縦に振らなかった。それを見て僕は、翼が誰に呼び出されても安心して見送れるようになっていった。そして、翼がバラ園の東屋に呼び出されること自体が、僕にとってもなにげない普通の日常の一コマになった。

 翼は自分自身を『外見はともかく、中身はいたって普通の男』と言っていた。これって実は、翼を他の男に取られる危険より、翼が誰か素敵な女の子と『彼氏彼女』としてお付き合いを始めてしまう危険の方が高いと言う事なんじゃないかと僕はある時はたと気が付いた。まだ僕自身は翼が男の恰好をしているのを見た事はない。しかし翼がちゃんと男の子恰好をしたら、それはもの凄くカッコいい男の子になるんじゃないかと僕は思う。それを本能的に嗅ぎ取って女の子たちは翼に彼氏にしたいと思うのだろう。もしかするとこの年齢の女の子にありがちな百合的なモノに憧れる気持ちが、余計に彼女たちの翼への思いを強くするのかもしれない。

 こういう場合、往々にして、僕の立場からすると男より女の子の方が怖い相手かもしれない。だって、ラノベやアニメなどで危険なヤンデレになるのは必ず女の子だからだ。翼に彼女でも出来ようものなら、その彼女になった女の子から僕は命を狙われかねない。


 さて、こうなってくると当然の様に、翼の事を『バラの女王』と呼ぶ者も現れてくる。そして、女子の中では『バラの王子様』と呼ぶ者も多かった。正確を期すならば、翼の場合、女の子の言う様に『バラの王子様』の方が正しいのだろう。しかし、一般的には翼に関してはまだ『バラの女王』の方が通りが良かった。

 ただ『バラの女王』と言えば、その時すでに我がクラスの絶対的君主であるあの『東九条 翠子(みどりこ)』がその地位を確立していた。当然、その地位を脅かされる事となる東九条は面白くないはずである。しかも、その相手が同じクラスの、しかも男の娘であればなおさらであろう。

 ……と誰もが思った。しかし、当の東九条はそんな事、これっぽっちも思ってない様だった。むしろ、翼が自分と同じように『バラの女王』と呼ばれる様になるのを面白がっている風でもあった。まったくこの辺りはさすが我がクラスの『女帝』と呼ばれるにふさわしい貫禄だった。ただ本人はそうでも、周りに侍る例の侍女三人組など東九条を崇拝する一派はかなり面白くなさそうだった。幸い、当の東九条本人がそう言う気持ちが全くない為、取り巻き連中からの翼に対するいじめなどは無かった。もっとも、もし翼に対してそんな事をしようものなら、今では三高内でかなりの勢力を持つまでになった僕を筆頭とする『翼を愛でる会(仮称)』が黙ってはいない。そうなればこちらとの全面抗争は避けられなくなる訳で、さすがの東九条一派も学校を二分するような事態だけは避けたかったと見える。

 ちなみに翼自身も東九条と同じ様に、この事に付いてはあまり興味がなさそうだった。むしろ同性である男子生徒からの熱い告白に面食らってる感じもあった。その上、自身は間違いなく男なのに『バラの女王』と呼ばれる事に少々不満があるようでもあった。とにもかくにも、少なくとも僕が見る限り、翼も東九条も互いに争うい合う様な気持ちはまったくなさそうだった。


 実は、一度だけだが翼が上級生女子からの呼び出しを受けた事があった。

 鬼塚先輩の告白を断った数日後の放課後、三年女子数人が僕らの教室へやって来たのだ。

「如月君、話があるからちょっと来て……」

 そして彼女らはずけずけと教室に入って来るなり、僕と話していた翼の両腕を左右から掴んでそう言った。

「何ですか、先輩、いきなり……」

 先輩女子達が鬼の様な形相だったので少し怖かった。でも僕は、そう言って翼を彼女らから奪い返そうとした。

「お待ちください、先輩方。
 如月君にお話があるのなら、
 まずこのクラスの委員長である私を通してからにしてください」

 気が付くと異変に気が付いた東九条もすぐ傍までやって来ていた。そして東九条は先輩女子達を赤いセルフレームのレンズ越しに睨みつけながらそう言った。

 僕はともかく、東九条の目は先輩女子達に負けず劣らず恐ろしい光を宿していた。まさに一発触発って奴だった。僕は不測の事態を予想して身構えた。

「大丈夫だよ、兼光、それに東九条さん。
 少し先輩たちとお話ししてくるだけだから心配しないで」

 ところが、今まさに拉致されようとしている翼がにっこり笑って僕らにそう言ったのだ。

「でも、翼……」

 それでもそんなところに翼を連れて行かせるわけにはゆかない僕は、そう言って食い下がった。すると東九条が何か問いかける様に翼を見た。翼はそんな東九条の目を見て黙って頷いた。

「暮林君、大丈夫よ。
 ここは如月君に任せましょう」

 すると、東九条がそう言って食い下がろうとする僕を押し留めた。

 結局、翼はそのまま左右から二人の先輩女子に左右の腕を掴まれ、どこかに連れ去られてしまった。


 三十分ほどして、翼は教室に戻って来た。

「大丈夫だったかい、翼?」

 僕は翼に気が付くとすぐに駆け寄り、その顔をじっと見ながら尋ねた。幸い、殴られたりした様な痕はなさそうでほっとした。

「先輩たちと話し合ってる場所に、同じ三年生男子の先輩が来てくれてね。
 その人が、間に入って話してくれたので思いの他早く誤解が解けたんだ」

 そう言って翼は笑った。

 どうやらあの先輩女子達は、翼があの告白で真面目一筋の鬼塚先輩を傷つけたと誤解して、それを謝罪させようと翼を呼び出したらしい。なんでもあの後、鬼塚先輩の落ち込み様は見るに堪えない程酷かったらしい。先輩女子達もまさか暴力を使う気はなかったとは思うが、その時、気が付いて助けに来てくれた三年の先輩に感謝である。
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