翼 アフェアーズ

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第5章 バラの女王

第8話 捨てる神あれば……

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 ただ、翼に告白を断られ酷く落ち込んでいた鬼塚先輩だったが、その事件の後、数日するとなぜか急に元気を取り戻したらしい。いや、以前よりもっと明るくなったと言う人まで居た。そればかりか、鬼塚塚先輩が長身のきりりとした彼女を連れて休日にアイオイモールでデートしてるのを見たと言う噂が聞こえて来るようになった。

 僕は最初、一度は交際を断った翼が情にほだされ鬼塚先輩と密かに付き合い始めたんじゃないかと疑ってしまった。しかし、噂の美人が翼みたいなロングヘアーじゃなく、ボーイッシュなショートヘアーだった事が分かり僕はすごく安心した。まあ、その前に、もしその相手が翼なら目撃したのが三高の生徒ならすぐにそれが翼だと分かっただろう。

「鬼塚先輩にもやっと素敵な人が現れたんだよ」

 それでも僕は、その事が気になって翼に尋ねてみると、翼はそう言って笑った。



 『新藤 裕』の独白

 僕は三高の三年生。部活動は美術部に所属している。

 小さい頃から男の子にしては華奢で、その事がすごくコンプレックスだった。しかも一人っ子だった事もあって、幼い頃から体が大きく頼りがいのあるお兄さんみたいな人が大好きだった。

 そう、はじめは『大好き』って普通に思っていた。

 でも、中学に入って周りの男の子が気になる女の子の話をする様になってから、何かすごい違和感を感じ始めた。彼らが女の子に対して感じる『気になる』って感情が、僕が頼りがいのある男の人に感じる『大好き』と同じ事に僕は気が付いてしまったのだ。

 それからの僕はその事を誰かに悟られない様に必死だった。時には僕に告白して来てくれた女の子と、その事を隠す為だけに付きあったりしたこともあった。男の人を好きになる自分がどうしよもない変態に思えて嫌だった。

 そして、僕は三高に入った。そして、同じクラスになった鬼塚君を知った。彼はまさに僕の理想の相手だった。あのたくましい胸に抱かれて思いっきり甘えてみたいといつも思っていた。幸い、席が隣同士って事もあって僕はすぐに鬼塚君と友達になれた。僕はすごく嬉しかった。

 鬼塚君は誰にでも優しい。もちろん僕にだって。でも、僕は鬼塚君に僕だけを見ていて欲しかった。あの優しさも僕だけが独占したかった。

 でも、そんな事、想うだけで絶対に口にはできなかった。鬼塚君はもちろん、周りの誰一人にも、そんな事気が付かれてはいけないのだ。もし、知られれば鬼塚君は僕をきっと嫌いになる。僕はそれがたまらく怖かった。

 二年になっても、三年になっても僕は鬼塚君と同じクラスだった。僕は自分の想いを心の奥に押し込めて過ごした。苦しかった。でも僕は鬼塚君の傍に居られるだけで十分だった。


 そんな中、あの日が来た。

 鬼塚君が、新入生の男の子にバラ園の東屋で告白する事になったのだ。

 その新入生の名は『如月 翼』。いつも女装してる事もあって見ただけでは男の子だと分からない。いや、下手な女に子よりよっぽど美しい。まさに妖艶な美少女って感じだった。

 嬉しい事が一つ。鬼塚君も、僕と同じ様に男の子を好きになる人だった事。

 悲しい事が一つ。僕がどう頑張っても、あの如月君には絶対に敵わない事。

 僕は、苦しくて苦しくて泣きたいのを我慢しながら、鬼塚君の告白を陰から見守った。

 結果、鬼塚君の想いは通じる事なかった。

 僕はそれを見て安心してしまった。でもすぐに酷く落ち込む鬼塚君を見て、そんな自分が嫌になった。『友人』として彼を必死に慰めた。でも彼の落ち込んだ気持ちは癒えることはなかった。


 そんな中、クラスでも人気の高かった鬼塚君を傷つけた如月君に一言文句を言ってやろうと女子達が騒ぎ出した。

 ついに彼女らは、その事を実行に移してしまった。もちろん、そんな事が起こってるなんて鬼塚君は知らない。きっと鬼塚君なら、自分があれほど好きになった如月君が傷つけられるのを黙って見ているはずがない。僕には分かっている。

 僕は、そっと彼女らの後を付けた。

 静まり返った特殊教室棟の裏に如月君を連れだした彼女らは、彼を取り囲み口々に鬼塚君を傷つけた事を非難した。それは間違いなく言いがかりだ。如月君は自身の気持ちを正直に伝えただけだ。彼はそんな中、冷静にその事を説明していた。でも、自身の言葉で自身の気持ちが高ぶってしまった彼女たちの言葉はどんどんきつくなっていった。

 僕は思わず彼女たちの前に飛び出していた。彼女たちが驚いた顔で僕を見た。僕は必死に如月君を庇った。そして、それが鬼塚君の意思でもあるって説明した。それでもなかなか彼女たちの怒りは収まらなかった。それほど鬼塚君は人気者で彼女らに愛されていたのだった。

「僕が……僕が如月君の代わりになる。
 だって、僕はずっと鬼塚君を好きだったんだもの!」

 気が付くと僕はそう叫んでいた。その瞬間、如月君を吊るし上げていた女の子たちの顔を僕は忘れない。みんな、口をぽかんと開けて、呆けたように僕を見ていた。彼女らには僕の言った意味がすぐには分からなかったのだ。ただ一人彼女らに囲まれていた如月君だけが微かにその口元に笑みを浮かべた。

 結局、僕の気持ちを理解した彼女らはそう言う事ならと、僕と如月君を二人だけにして教室に帰ってくれた。


「ありがとう、先輩。助かりました」

 女の子と達から解放された如月君は、安堵の笑みを浮かべて僕にそう言った後、深々と頭を下げた。

「これは鬼塚君の全く知らない事。
 彼女らが独断でやった事。
 これだけは覚えておいて」

 鬼塚君の名誉の為、僕は、顔を上げた如月君にまずはっきりと言った。

「そんな事初めから分かっていますよ、先輩」

 如月君はそう言って微笑んだ。

 ああっ、なんて素敵な笑みを浮かべる子だ、この子は。悔しいけどやっぱり僕じゃ、この子の代わりにはなれない。僕は如月君のその笑顔に打ちのめされた気分になった。

 確かに僕は、彼女らから如月君を助けるつもりでここに来た。だけど本音を言えば、僕は助けた後、如月君に嫌味の一つ二つは言ってやるつもりだった。だって僕は、知ってるんだ。如月君には彼氏がいる。だから、鬼塚君をふったのだ。でも、鬼塚君みたいな素敵な人よりあんなしょぼくれた彼氏を選ぶなんて、やっぱり僕は如月君が許せなかった。

「先輩、僕がこんな事言うのも変ですが、
 鬼塚先輩の事、よろしくお願いします」

 そんな僕に如月君はそう言って、また深々と頭を下げた。僕は如月君からそんな事を言われるなんて思ってもみなかった。
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