翼 アフェアーズ

柴川まる

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第5章 バラの女王

第9話 青い鳥は傍に……

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 僕は言おうとしていた嫌味が言えなくなってしまった。そして戸惑う僕に、如月君は続けた。

「あの時別れ際に僕は鬼塚先輩に言ったんですよ、

 『先輩、あなたには必ずあなたにふさわしい人が現れます。
  それは僕じゃなかったけれど、
  意外に先輩の近くに居るのではないですか?』

 ……ってね。それが嘘にならなくて良かったです」

 そう言って、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。僕には分かる。今、如月君が浮かべた笑みは、自分の言葉が嘘にならなかった安心感じゃない。純粋に鬼塚君と僕の事を思ってくれた祝福を込めた純粋な笑みなのだ。

「でも、僕に君の代わりは無理だよ。
 だって、君はそんなに美しいじゃないか。
 鬼塚君は僕と違って外見は君みたいな
 綺麗な女の子みたいな男の子が良いんだよ」

 近くで如月君を見て彼の美しさを知ってしまった僕の心が、自虐的にそう答えさせた。

 すると如月君は、突然、僕の方へぐぐっと近づいてきた。気が付くと僕の目前に如月君の顔があった。

 ああっ、やっぱりこの子は綺麗だ。長い前髪越しに見える切れ長の目なんてまつ毛も長くて女の子その物だ。それに腰まである三つ編みの髪だって近くで見ると艶々だった。僕は思わず嫉妬してしまいそうだった。いや、鬼塚君がこの子に夢中になった事を知った時から僕はもう嫉妬してる。

「いえ、先輩もとても綺麗ですよ」

 如月君は一歩下がってから真面目な顔で言った。

「似合う服とちょっとだけメイクすれば先輩だって、
 その辺の女の子よりもずっと綺麗になれます。
 それは僕が保証します。
 だから、自信をもってご自分の気持ちを鬼塚先輩に伝えてください。
 そうすれば、きっと先輩も、鬼塚先輩も、幸せになれると僕は信じています」

 如月君は僕の目をじっと見てそう続けた。そして、如月君はポケットから小さなメモ帳を取り出した。そこに何かを書きつけるとぴりりとこの紙を破いて僕に渡した。

「これ、僕のメアドと携帯番号です。
 僕でお力になれる事があれば何だって協力しますよ」

 そう言って如月君はまたあの素敵な笑みを浮かべるとくるりと体を翻して教室の方へ帰って行った。その時、ふわりとまるでの女の子の様な甘い香りがした。


 僕は如月君に背中を押される様な形で、鬼塚君に今まで隠してきた自分の気持ちを正直に告白した。もちろん鬼塚君がした様なバラ園の東屋での告白ではなく、誰にも知られない様にひっそりと二人きりでだ。

 鬼塚君は僕の告白を受け入れてくれた。いや、単に受け入れてくれただけじゃない。彼は『嬉しい』と言ってくれた。そして、次の日曜日にアイオイモールでデートする事まで約束してくれた。

 その時、僕は決心した。僕が如月君の代わりになれるなんて自惚うぬぼれた事なんて考えない。でも、少しでも、そう少しでも如月君に近づければと思ったのだ。

 気が付くと、僕は教えてもらった如月君のメアドにメールを出していた。如月君からはすぐに返事が来た。如月君は僕の図々しいお願いを快く受けてくれた。


 そして、その日が来た。僕が少しだけ早めに約束していた場所に行くと鬼塚君はもう来て僕を待っていた。僕は急いで彼に駆け寄ると声を掛けた。

「ごめん。待たせちゃった?」

 鬼塚君はぽかんとした顔をしていた。彼には声を掛けて来たのが誰か分からない様だった。

「僕だよ、新藤だよ」

 そう、その時の僕はいつもの僕じゃなかった。


 昨日の午後、僕は如月君の豪邸に居た。その理由は如月君に僕を、彼みたいな『男の娘』になる方法を教えてもらう為だった。僕は如月君と彼のメイドさんの手であっと言う間に男の娘に変身した。最初、僕は鏡に写ったその姿が自分自身であるとはまったく信じられなかった。そこには、髪型がショートカットって事もあって体育会系の部活をやっているアスリート美人って感じの女の子が立っていた。

 もちろん、如月君の持つどこか妖艶な美しさには敵わないのは僕だって分かってる。でも、これなら鬼塚君にも好きになってもらえるかもしれないと僕は少しだけ自信が持てた。

 帰りに如月君は、その時、僕に着せてくれた下着から服、それに化粧道具まで一式を貸してくれた。

 僕は今日の朝とても早く起きた。そして如月君に教えてもらった通り、少しでも綺麗な女の子になれる様、何度も失敗しながら一生懸命頑張った。何とか満足のゆく姿になれた僕は唖然として見送る母と父に見送られながらこの場にやって来たのだ。


「やっぱり如月君には敵わないよね。
 僕じゃ気持ち悪いだけかな?」

 僕は初めて女の子の姿で人前に出た恥ずかしさも手伝って、鬼塚君の顔が見られずうつむいてそう小声で尋ねた。無意識の内に僕は、いつもより高い女の子っぽい声を出していた。

 でも鬼塚君の答えは聞こえなかった。

 ああっ、やっぱり僕のこの姿は気持ち悪いだけなんだ。これで鬼塚君い喜んでもらえると少しでも思ってしまった自分が恥ずかしくて情けなくて自然と涙がこぼれて来た。僕はうつむいたまま鬼塚君に背を向けて走りだそうとした。

 その時だった、その手を誰かが掴んで僕を止めた。

「とっても綺麗だよ、裕」

 声が聞こえた。

 驚いて振り返ると鬼塚君がとても素敵な笑みを浮かべて僕を見ていた。そして、そのまま僕の手を引いて引き寄せると、強く抱きしめたくれた。まるで本当の女の子の様に。

「ありがとう。俺なんかの為にここまでしてくれて。
 俺って馬鹿だよな。
 こんなに素敵な子が傍に居たのに全然気が付かなかったなんてさ」

 鬼塚君は僕の耳元でそう優しく囁いてくれた。

 嬉しかった。本当に嬉しかった。いままで生きて来て一番うれしい瞬間だった。僕はこのまま死んでもいいと本当に思った。


 結局、僕と鬼塚君はその日、一日、デートを楽しんだ。鬼塚君は僕を一緒にいる間ずっと女の子として扱ってくれた。そして、別れ際、人通りの少ない公園で鬼塚君はもう一度僕を抱き締めてくれた。

「裕、いや、こうしてデートする時は『りん』と呼ぼう。
 そうすれば誰かに見られれも君だと気が付かれない」

 鬼塚君は女の子としての僕に新しい名前までくれた。

「でも、如月君の方が美人でしょ」

 僕はすごく嬉しかったのについ意地悪な事を言ってしまった。

「いや、俺はお前の方が好みだ」

 鬼塚君がそう言った直後だった。僕は自分の唇に何かすごく熱いものが触れたのを感じた。そして、もっと熱いものに自分の舌が絡めたとられた。

「これからはずっと一緒だ。
 学校じゃ、親友の『裕』。
 デートとの時は恋人の『鈴』。
 良いだろ、鈴?」

 唇を離した鬼塚君が言った。

 僕は嬉しさで涙をぼろぼろこぼしながら、ただ無言で何度も頷いていた。
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