翼 アフェアーズ

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第6章 波乱の期末試験

第2話 成績表前の異変

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 三高での中間期末テストの流れはこうだ。

 まず、一週間のテスト週間、その後一週間以内に採点されたテストの返却、そしてテスト終了後ぴったり10日後の朝、職員室前の廊下に一年の場合は主要八科目(英語、数学、現代国語、古文漢文、化学、物理、世界史、地理)合計点の上位50名がその点数と共に貼りだされる。一学年がだいたい170名前後なのでここに名前が載る事は成績優秀者の証であるのだ。同時にその日、朝のHR(ホームルーム)で、個人別の総合順位と各教科ごとの順位が書かれた成績表が渡される。


 そして、ついに今回の期末テストの順位表が張り出される朝が来た。

 10日後の朝と言いながら、実際には前日先生方が学校を後にする時に張り出される。その為、僕ら生徒が翌朝、登校してきた時にはどんなに早く来ても必ずそれを確認にする事が出来る。

 僕はこの日まであえて期末テストの事は翼の前ではふれなかった。もちろん、それは翼がテストを返される時に見せたあの態度を知っていたからだ。それは僕だけではなく、クラス中の者ほとんどがそうだった。もちろん、東九条一派も例外ではない。皆、今まで不登校だった翼をそれで傷つけ、また不登校になってしまわない様にと思ってのことだった。翼は今ではそれほど僕らクラスメイトに愛されていたのだ。

 学校の玄関で上履きに履き替えた僕は、他の生徒達が皆、管理棟の職員室方面を流れて行くのに逆らって、いつも通り一般教室棟へ向かおうとした。もちろん、上位50名など、僕にはもちろん翼にも関係ないと思ったからだ。


 その時、僕は妙な違和感を感じていた。

 この時間、もう成績表を確認して終えて教室へ向かう生徒も結構いる。前回の中間テストの時は、その表情は本当に悲喜こもごもだった。満面の笑みを浮かべて軽やかな足取りで歩く者。そうかと思えばまるで敗残兵の様に俯き重い足を引きずる様に歩く者。中には泣きながら通り過ぎる者もいる。さすが名門進学校、成績に対する思い入れが桁違いだと僕は思った。

 ところが、もちろんそう言う者を居たが、今回、多くの者が妙に僕らを見ている様な気がするのだ。皆、僕らを見て驚いた様な表情を浮かべたり、ひそひそと何か小声で話しながら通り過ぎて行く。最初は翼が注目を集めるいつもの事かと思ったけど、どうもそれとは違う感じだった。


「おっ、兼光! それに翼もいるじゃないか!」

 ちょうど、その時、管理棟の方から歩いて来た時田達が僕らに気が付いて驚いた様な声を上げた。

「おはよう! 時田」

「時田君、おはよう」

 僕はいつもの様にそう挨拶した。翼も素敵な笑みを浮かべてそう彼らに声を掛けた。それを見てちょっと嫉妬する嫌な僕だった。

「お前ら……」

 時田はいったん僕らに何か言おうとしてその言葉を飲んだ。

「とにかく、すぐに成績表を見に行って来い」

 そして、そう言ってから翼をちらりと見てまた一般教室棟の方へ歩き出した。僕が何が起こっているのか分からずその場に立ちすくんでいると、一旦歩き出した時田が振り返って念を押す様に言った。

「良いか、今すぐ行け!
 そして、その目でこの歴史的事件を目に焼き付けて来い!」

 それだけ言って時田達は歩き去って行った。

 そうまで言われては僕も成績表を確認せずにはいられなかった。きっと突拍子もない番狂わせが起こっているのだろうと僕は思った。

「時田がああ言ってることだし僕らも見に行こうか?」

 とりあえず隣に居た翼にそう尋ねると翼はこくりと頷いた。その頷き方がまた可愛くて僕の胸はどくんと高鳴った。

 僕は翼を伴ってらが成績表が貼りだされている職員室へ向かって歩き出した。するとすぐに、すれ違う教室へ帰る生徒達がやはり必ず皆、僕らの方をちらちら見て何か小声で話しているのに気が付いた。まるで何か悪い事をした犯人を見る様なその素振りに僕はすごく嫌な感じがした。


 僕と翼が成績表の貼りだされている場所まで来ると、そこは一種異様な雰囲気に包まれていた。確かに、前回の中間テストでもこの成績表の前は独特のぴんと張り詰めた様な緊張感と言う物があった。しかし、今日のそれは前回のとは明らかに違っていた。何か見てはいけない、この世のものではない物がそこにあるかの様な雰囲気がした。そこに居る生徒は皆、言葉を失い、ただ何かに憑かれたように成績表を凝視していた。

 僕と翼に気が付くと、成績表の前に十重二十重に並んでいた生徒達がささっと左右分かた。そして、そこに成績表まで続く一本の花道が現れた。それはまるで王を迎える観衆の様でもあった。

 僕は何か場違いの所に来てしまった様なむず痒い気持ちになりながら、その花道を翼を伴って歩き始めた。

 そんな僕らを見ながら周りの生徒達はまた何か小声でぼそぼそとお互い話をしている。それはここまでくる間にすれ違った生徒達と同じだった。さらには、この位置は一年生の成績発表がある場所なのに、二年生や三年生の先輩諸氏まで来ている事に僕は気が付いた。


「しっかしりて、姫」

「大丈夫?」

「保健室連れていってあげようか?」

 花道の終わり、一年生の成績表に近づくと聞き覚えのある声が僕の耳に届いて来た。それは他でもない、うちのクラスの侍女三人組の声だった。

 そしてすぐに、信じられない光景が僕の目に飛び込んで来た。

 そこには、あの東九条が呆けた顔で廊下の床にぺったりと座り込んでいたのだ。いつだって冷静さを失わない絵に描いたようなクールビューティーの東九条が、口をぽかりと開けた呆けた表情で成績表を見上げながら固まっていた。そして、それをあの侍女三人組が必死に声を掛けて正気に戻そうとしている。それでも東九条はその声がまったく聞こえてないかのように微動だにしなかった。


「大丈夫、東九条さん。
 気分でも悪いのかい?」

 僕自身も今自分が見ている光景が信じられなくてぽかんとしていたのだろう。翼の声にやっと我に返れた。

 気が付くと、翼はいつの間にかその呆けている東九条の傍に駆け寄り優しく彼女の肩を抱いて声を掛けていた。

「ひっ……ひいいいっ!」

 その時、呆けて固まっていた東九条が彼女らしからぬ珍妙な声を上げた。そして、翼の手を払いのけて座り込んだまま後ずさりした。きっと東九条は腰が抜けて立ち上がる事が出来なかったのだろう。

「東九条さん、落ち着いて。
 ゆっくり深呼吸をして……」

 翼はそんな東九条の行動に驚いた様だった。しかし、あえて彼女を刺激しない様にそれ以上近づかず優しい笑みを浮かべながらそう囁いた。侍女三人組もどうしたら良いか分からず、ただそこに立ち尽くしていた。当然、僕だってそんな取り乱した東九条を見るのは初めてだったので同じ様に何も出来ないばかりか声も出せずにいた。
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