翼 アフェアーズ

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第6章 波乱の期末試験

第6話 学食で意外な遭遇

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 その日の事を僕は良く覚えている。

 四時限目の授業が終わり、僕はいつもの様に翼と一緒に楽しいランチタイムを楽しむ為に学食に向かった。

 この日、僕は焼肉丼、翼は飽きもせずこの日もカツ丼を選んだ。ちなみに僕が選んだ焼肉丼は『本日の特別メニュー』である。焼肉丼は学食では珍しくガツンとニンニク風味が効いている上に、輸入肉ではあるが牛肉の量が多く、男子生徒に非常に人気が高い。月に一度ほど登場する特別メニューではあるが、これを狙っている生徒も多く早くしないと売り切れになる事もある。ちなみに人気があるのは男子生徒だけの事で女子生徒からかなり不評を買っている。それもそのはずで焼肉丼が登場した日の午後の授業は匂いに敏感な女子にとって地獄でしかない。真冬でも問答無用で窓全開にされるほどである。その理由は今更述べるまでもない。

 僕は、翼が隣に居るのに焼肉丼かと一瞬僕は躊躇した。しかし、料理場から漂ってくるあのたまらない匂いに、成長期真っただ中の男子が逆らえるわけがなかった。翼は男の子だ、それに彼女じゃなくて親友なんだと、僕は心の中で都合の良い言い訳をして、おばちゃんに焼肉丼と高らかに宣言した。

 そして僕らはあの見晴らしの良い特等席を無事確保して食事を始めた。もちろん、僕は翼と向かい合って座った。翼とはもう自他ともに認めるほどの、学校では一番近しい関係、一部では彼氏と言われるほどになった。それでもまだ恋人の様に翼と並んで食事をするのは何か気恥ずかしくて、いつもこのポジションを取ってしまう。今日こそはと朝、家を出る時から覚悟を決めても、いざとなるとどうしても実行出来ずにいた。


「翼、ごめんね。
 教室でも隣の僕がこんなニンニク臭いものを食べて……」

 そんな事、このメニューを選ぶ前に聞けよって言われそうだけど、今になって僕は翼に尋ねた。

「いや、僕は気にしないよ。
 実は僕もその焼肉丼にするか、カツ丼にするか悩んだくらいだからね」

 でも、翼はとっても爽やかな笑みを僕に見せてそう言ってくれた。

 僕はその翼の言葉に気を良くして、手に持った丼からニンニクの欠片が沢山乗っかったお肉を口に運ぼうとした。

 その時だった。僕の耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来た。

「横に如月君の席があるのが分かっていながら、
 あなたはまったくデリカシーのない男ね、暮林君」

 こんな所でこの声を聴くとは思っていなかった僕は、思わず口に運ぼうとしたお肉を箸からぽろりと落としてしまった。幸い、落ちた先が丼の中で僕は少し安心した。

 驚いて顔を上げると、弁当の入った手提げ袋を持った東九条が翼の横に立っていた。

「隣、良いかしら、如月君?」

 東九条はいつもの様につんつんした顔で僕を一瞥してから、今度はすっごく可愛い女の子の顔になって翼を見て尋ねた。

「ああ、構わないよ、東九条さん」

 すると、翼も笑顔でそう答えた。


 ちょっと待てよ、東九条。

 なんでお前がまるで彼女の様な顔をして翼の横に座るんだよ。

 そこは僕が座りたくても我慢しているとっておきの場所だぞ!

 つうか、何でお前が僕らと一緒に昼飯食べようとしてる?

 いつもの侍女三人組とか他の取り巻き連中はどうした?


 僕の頭には次々と疑問が湧いて出て来た。でも、いつものことだが東九条にそんな事言えるわけもなく、ただ、じろりと迷惑そうな顔で見返すのが精一杯だった。それでも東九条は僕のそんな視線などまったく気にしてはない様だった。

 いつも不機嫌そうにしているのに、今は妙に、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべた東九条は至極当然そうに翼の横に座った。しかも、東九条の奴、座りながらずいっと椅子を翼の方へ近づけた。それこそ肩と肩が触れ合う程にだ。そして東九条は手提げ袋から小さな弁当箱とタッパの容器を取り出しながら言った。

「今日はね、私、筑前煮作って来たの。
 如月君って意外にこう言う物って馴染みがないかなって思ってね。
 もし良かったら一度食べてみて」

 そう言いながら東九条はタッパの蓋を開けた。

 僕には東九条と筑前煮がまったく繋がらなかった。東九条も地元大病院のご令嬢なので、どうせ作ったのは小倉さんの様なメイドさんだろうと僕は思った。だから当然デパ地下などで売っているお上品な色の薄い京風な奴が出て来るだろうと僕は予想していた。

 しかし、そこにあったのは僕の母親が作る物よりさらに濃い、真っ黒に近い煮物だった。しかも、根菜類はごろごろとした感じの大き目で煮崩れた感じもあってとても上品とは言えない物だった。でも蓋を開けた瞬間、心の深い所をくすぐる様な優しく懐かしい匂いがした。

「見栄えが悪くてごめんなさいね」

 東九条は自嘲気味に笑いながらそう言った。その時の東九条の顔は僕でもすごく可愛らしく思えた。

「じゃあ、遠慮なく頂くよ」

 翼はそう言って、東九条の筑前煮に箸を伸ばした。

「ダメ!」

 でも、翼が自分の箸をの東九条の筑前煮に伸ばすのを見て、僕は反射的にそう口走っていた。

「暮林君、私をあなたの中学校のお仲間と一緒にしないでね。
 あっ……でも私の事が好きでたまらなくなっちゃうお薬は入れたかも」

 東九条はそう言って愉快そうに、でも少しだけ嫌味を込めてくくくっと笑った。

「はははっ、なるほど、兼光、君の中学校で何があったかは推測できる。
 僕を心配してくれるのはありがたいけど東九条さんに限ってそれはない。
 まあ、彼女の言う様な都市伝説的なおまじないの系統ならあるかもね。
 もしそうなら、僕もそう言う物が本当に効くのかどうか体験したいよ」

 翼は僕を見て笑いながら言った。


 だって仕方ないじゃないか。僕の中学校であったあの事件をリアルで体験した者ならなおさらだ。

 その事件とは僕の通っていた中学校の特殊さを物語る格好のエピソードとして知る人ぞ知る話になっている。

 僕の通う中学校は、ある大学の教育学部に付属する中学校だった。しかも同じ市内に同様の小学校もある。ある場所は違うし、一応入試もあるとはいえ、事実上の小中一貫校みたいなものだった。そして地元の教育熱心な金持ちが我が子を入学させたい学校No.1の学校だった。その分、親も親なら子も子で結構アクが強い人間が集まる事でも有名だった。ただ、それだけ優秀な子供を集めたつもりでも高校入試の時には僕の今いる三高に入学できる者はそう多くない。まあ、それでも一般中学からすれば全体のレベルは高いのだが、三高と三高に肩を並べる公立校である県立大ヶ埼高校に合格できる者は思ったほど多くないのだ。世の中とは不思議なものである。
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