翼 アフェアーズ

柴川まる

文字の大きさ
上 下
58 / 65
第7章 東九条 翠子

第1話 彼は圧倒的存在

しおりを挟む
 私は『東九条 翠子』。

 私立三ッ葵高校の一年三組に在籍し、クラス委員長をしてる。

 性格がきつく見られるらしく、特に男子生徒からは毒舌女などと陰口言われている。確かに私は良く毒舌を吐く。しかし、そう思われる主な原因は、私が優等生女子のテンプレでもある古風な赤いセルフレームの眼鏡を掛けている為だろう。まあ、私自身、それが分かっていてあえてこういう眼鏡を掛けている所もある。

 自分で言うのも何だが私は、顔やスタイル、それに家柄は誰からも羨まれるほどに恵まれている。でもだからと言って、私はただ単に綺麗なお嬢様と言うだけでちやほやされるのは絶対に嫌だった。私は、誰かから与えられたものではなく、自身の努力によって勝ち取ったもので他人から尊敬と畏怖を集めたかった。だから誰にもいつも負けない優等生でありたかった。

 そして実際に、私は学年トップの成績をおさめる、誰もが認める優等生である。

 何もしないでも綺麗なお嬢様として人目を集められる私が、何故、血がにじむ様な努力をしてまで他人の上に立ちたいと願ったのには理由がある。


 そう私には、一つ、誰も言えない秘密があるのだ。

 それを自覚してから、私はその事を、ずっとずっと心の奥に隠して来た。まだ小学生だった私でも、それは誰にも知られてはいけない事だと分かっていた。そして、この事が私の心を重い鎖で縛りつけた。どんなに友達が多くても私はいつも孤独だった。

 その事を少しでも忘れる為に、勉強を必死でした。勉強に打ち込むとその事を少しの間でも忘れることが出来た。そして、良い点数を取ると両親は喜んで普通の子供として私を可愛がってくれた。学校でも先生や友達が私を褒めたたえ周りに集まって来てくれた。だから私は常にテストでは最高を目指した。

 やがて、私はその事にすがる様になっていた。こんないびつで醜い私が周りから嫌われずにいられる為には、常に勝ち続けなければいけないと思う様になった。だから、いついかなる時も凛として強くなければならない。誰に対しても敗北した惨めな姿を晒してはならない。負ければ私は居場所を失ってしまう。そう勝ち続ける事こそ、私の存在理由なのだ。


 その日、そんな私は信じられない物を見ていた。

 いや、実際にはこうなる事は少なからず分かっていたのかもしれない。でも私は都合の良い想像を信じ、その可能性を完全に否定してしまっていた。それでもそこにあるのは圧倒的な力だった。自分を圧倒しようとする物に人は抗おうとする。しかしそれが圧倒的なモノであることを自覚すると人は抗う事を止めてしまう。

 今の私がまさにそれだ。

 全身の力が一瞬で抜けた。思考が混濁した。周りの音も何も聞こえない。瞼を閉ざす事も出来ず、そこから視線を逸らす事すら出来ない。

『1 如月 翼 800』

 そして、その下にあるのは……

『2 東九条 翠子 672』

 私は生まれて初めて敗北を知った。しかもこれは一片の疑問すら許さぬ完全無欠な敗北だ。


 混濁した思考の中で、私は何度も何かに向かって同じ問いかけ続けている。

 『800点』って何?

 各教科の平均点は私が予想した通りだったはず。そこから見れば私の点数なら余裕で『1位』を取れていたはずだ。事実『3位』とは74点も差をつけている。私の上に誰かが来る事なんて事ありえない。いや、許されない。ましてや、あのテストで8教科全部満点を取れるなんて事はありえない。そんな事が出来るとすれば……


 その時だった。

 私の耳に声が聞こえた。

 それは綺麗な声だった。女性の声の様でもあり、男性の声の様でもあった。この世のモノならざるモノの声だ。

 同時に私の目の前に光り輝く姿が見えた。

 人はそれが自身を救いに来てくれた神や天使であろうと、その圧倒的な存在を前にすると人はそれに畏れおののくものだ。

 今、私にとって救いの天使が目の前に降臨したのだ。

 そう私の本能が自覚したからこそ、私はすさまじい恐怖を感じた。

「ひっ……ひいいいっ!」

 私はみっともない悲鳴を上げて、その天使が私に差し伸べてくれた手を私は払いのけてしまった。そして、その場から逃げようとした。 

 それでもその天使は、私を見捨てず救いの手を伸ばし続けてくれた。

 混乱する思考の中、かろうじて冷静さを持ち続けている私の欠片が囁く。

『なぜ、今、その手を取らないの?』

 私はそれでも最後までその手を取る事が出来なかった。本当はその手に、いやその足元にすがりつき涙を流して救いを求めたかったのに。そしてそうすれば私はこの場で救われるのに。この天使なら私をきっと長い苦しみから救いだしてくれるのに。

 それでも、私の中の強い恐れがそれをそれを拒んでしまった。

 そう、私は、ただ、ただ、その異形の天使が怖かったのだ。

 自分が想像だに出来なかった領域に立つその天使があまりに圧倒的過ぎて、愚かしいプライドを纏った私には畏れおののく事しかできなかった。


 結局、私は、私の異変を知って駆けつけてくれた宇野先生の声でやっと我に返ることが出来た。それでも恥ずかしい事に、その一瞬、宇野先生にすら最初はあの天使の姿を重ねてしまいみっともない声を上げてしまった。

 宇野先生はまるで母の様に優しく私の肩を抱き、私を安心させる様に声を掛けながら私を保健室へ連れて行った。


 正気に戻った後、私は不思議な事に気が付いた。

 何故、私は、あの時、『如月 翼』を『救いの天使』と思った?

 そうなのだ。彼がした事はただ一つ。圧倒的で完璧な得点を私に見せつけただけだ。ただそれだけだ。彼にテストで完璧な敗北を期した事は素直に認めよう。もしカンニング等の不正手段を使った所で三高の定期テストではあの点は絶対に取れない。この三高における満点と言うのは各教科の先生方が、そこにある答案の正誤だけでなく、それが不正な方法で出された物でない事を認めた証の点数なのだ。言い換えれば先生方がその生徒に対して敗北宣言をしたと同じなのだ。故に彼は完璧なる勝者なのだ。次回のテストからは先生方さえも彼に対して挑戦者の立場となる。

 そんな異次元の得点を取った彼の事を『人ならざるモノ』と認識したは認めよう。

 だが、その『救いの』とは一体何なのだ?
しおりを挟む