翼 アフェアーズ

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第7章 東九条 翠子

第2話 私の秘密と彼の事

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 今まで私は自分が頂点に居ると信じていた。しかし、それが間違いである事を、絶対的な形で彼は私に証明して見せた。彼の点を見て、私は知った。頂点などとはおこがましい。私など、本当の頂に至った彼から見れば山の中腹で一休みしている群れの一人にしか過ぎなかったのだ。彼によって私は自身の慢心と傲慢さを嫌と言う程思い知らされた。確かにこの事で私はさらなる高みがある事を自覚し、その高みを目指す新たな決意をする事となった。そう言う意味では、私にさらなる成長を与えた神の雷(いかずち)が彼だとすれば、彼は『救いの天使』かもしれない。


 でも、何か違う。


 あの時感じた『救い』はそんな即物的な物じゃない気がした。もっともっと崇高でしかも優しい救い。私と言う人間の存在を許し、包み込んでくれる『救い』、そんな気がしたのだ。

 ああ、そうか……彼なら私を孤独の闇から救ってくれる。

 そして、私が愛する事の出来た世界でただ一人の男。

 そして彼なら私と言ういびつで醜い存在をそのまますべて受け入れてくれる。

 私の本能と言うべき部分がそう感じ取ったのだ。

 だから私のとって『如月 翼』は『救いの天使』なのだ。


 あの瞬間、『如月 翼』をそう言う『救いの天使』と私が認識した理由はそうとしか言いようがない。

 
 彼を知ってから一か月以上が経ったが、私は彼を男と言うより同性として意識している事が多かった。そして、彼自身がどう考えているかは別にして、いつも『暮林 兼光』の傍に彼女の様に寄り添うその姿を見て、私は心の奥底ではいつもどろどろとした醜い嫉妬を感じていた。

 そう『嫉妬』だ。

 私は、彼にではく、あの『暮林 兼光』に嫉妬を感じていた。


 なぜ、あんな、何もかもがぱっとしないヲタクの男があなたの横に居るの?

 あなたの横には、そんな男、ふさわしくない。

 いえ、あなた様に美しい存在を中から汚そうとするだけの男なんか誰だってあなたの傍に居るべきじゃない。

 あなたにふさわしいのはこの私。

 早く、気が付いて。

 あなたの事を一番理解でき、傍に居るのがふさわしいのは、この広い世界中でもこの私だけなんだから。

 あなたが望むなら、あなたは私を滅茶苦茶にしたって良い。

 壊れるまでおもちゃにされたって、相手があなたなら私は幸せなのに。


 私は、彼の中に私自身と同じ匂いを感じてはいた。彼はきっと私と同じだ。理由は分からないが彼はきっとあの暮林君を愛している。でも、私となら、そう、私がそうである様にきっと彼も異性である私を愛する事が出来るはずだ。

 そうなのだ。私も同性しか愛せない女なのだ。それこそが、私の誰にも言えない秘密なのだ。

 私は、小学校に入ってすぐ、全校集会で演壇に立った生徒会副会長である六年生の女生徒に憧れを持った。全校生徒を目の前にしても、まったく臆せず凛として立つその姿は美しかった。そして、私にとってそれが初恋となった。

 その後も、私は決してそれにのめり込む事はなかったが、何度か密かに恋をした。でも、すべてその相手は同性である女の子だった。ある時は初恋と同じ年上、ある時は同じクラスの娘、そしてまたある時は歳下と年齢の上下はあったがいつも同性の女の子である事には変わりはなかった。

 しかし私は、こういう場合よくある様に異性である男性を極度に毛嫌いする事もなかった。異性である男性は私にとって恋愛対象には決してならなかっただけなのだ。男性は友人にはなれても恋人には絶対にならない存在だったのだ。分かりやすく言えば、私にとって、恋愛に関してのみ普通の人とは『男女の意識が完全に逆転していた』のだ。

 ただし、それは、あくまで恋愛に関してのみである。私は、彼が女の子の恰好をする様に、男の子の恰好をしたいとはまったく思わない。恋愛の感情以外は、まったく普通の女の子と同じなのだ。女の子として女の子を好きになるのだ。

 まあ、彼の場合、嘘か本当か分からないが、女装しているのは本人の意思ではなくお家の事情と言う事らしい。それに彼自身は、女装していること以外は『完全に男である』と公言している。


 しかし、私はその彼の言葉を疑っている。

 彼の暮林君を見る目や表情は紛れもなく恋する乙女の物だ。まるで最近のラブコメ系のお話には良く出て来る、頭が良くて美人の女の子が、ぱっとしない男の子を好きになっている時とまったく同じだ。まるで秀才の姉が出来の悪い弟を愛する様に彼は間違いなく暮林君を愛している。決して普通の親友としてなんか見ていない。少なくとも私はそう確信している。だからこそ、腹が立つのだ。親友としてなら暮林君の存在は許せるが、彼の恋人としては絶対に許せない存在だ。

 さらに、あの女装も彼は自身の意思ではないと言ってはいるが、そうは思えない節がある。何らかの事情で強制されているにしては女装があまりにしっくりと馴染み過ぎているのだ。確かにTVなどで良く出て来る今時の女装男子は、少なくともTVを通してだと本物かどうか見分けがつかない。それでもだ。彼の場合、まず声が作っているにしてはとても声変りが終わっている男の子の声とは思えない。それに、いくら手入れをしっかししているとは言え、ほとんどノーメークなのに下校時刻辺りになっても髭がまったく気にならない。極端な話、女性の体で精神は男性と言うトランスジェンダーと言われた方がしっくり来るくらいだ。

 とにかく、彼、『如月 翼』には分からない事が多すぎる。

 また振り出しに戻るが、そもそも三高の定期テストにおいて主要八教科すべて満点を取るなどと言う事が普通じゃない。そんな事が出来る高校生が存在するだろうか。しかし、彼はそれをやってのけた。まともに授業を受けてる風ではなかった彼がそれをやった。そうなると、あの授業中の不真面目な態度も、不真面目なのではなくあまりにレベルが低すぎて彼には退屈だっただけなのではと思える。さらに言えば、一時は都市伝説化した、彼が三高入試でとんでもない点を取って主席入学したと言う話もぜんぜん不思議でなくなる。と言うより、彼なら入試でも満点を取っていた可能性すらある。

 一体、『如月 翼』とはどう言う人間なんだろうか? 私は考えれば考えるほど彼に惹かれて行く自分を感じていた。
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