翼 アフェアーズ

柴川まる

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第7章 東九条 翠子

第3話 彼は規格外の人

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 その後、保健室に着いた宇野先生は私が落ち着きを取り戻しているのを確認して、心配して一緒に保健室まで来ていた西原さん達三人組を教室に返した。それから、私は宇野先生の診察を受けた。この先生がただの保健室の先生ではなく、ちゃんとした医師免許を持ったお医者さんである事は知っていた。だがこうして診察を受ける立場になるとその事が良く分かる。それほど先生の診察はきちんとしたものだった。

 宇野先生は最初の診察で、私が脳の疾患や精神的な疾患を持っていない事を確認した。

「一応、問診とここで出来る検査だけなら大丈夫そうね。
 本当なら脳のMRIを使ってきちんと確認したいところだけど。
 今は、まあ良いでしょう。
 ただ、せっかくあなたのおうちは病院なんだから、
 一度、暇な時におうちでMRIとの精密検査を受けると良いわ。
 私の方から一度、お家に連絡は入れていくから」

 私は、家にこんな恥ずかしい事、連絡されるのは嫌だった。それでも宇野先生が私を心配してくれての事なので無下に断る訳にもゆかず、ただあまり事を大げさに言わないで欲しいとだけ答えた。私の気持ちを良く分かってくれたようで先生はその辺りはとても上手く両親にこの事を伝えてくれた様だった。結果、私はその後、父の病院でMRI検査を受けたが先生の診察通り脳には何の異常もなかった。

 そして、肉体的にも精神的にも特に異常がない事が分かると宇野先生はそのまま私へのカウンセリングを始めた。私自身、ここではもちろん、他の場所でもカウンセリングなどと言う物を受けた事などなかった。今の今までカウンセリングを受ける人間は心の弱い人間だと決めつけていた。そして、私とはまったく無縁の事だと固く信じていた。しかし、こうして心理的なダメージを実際に受けた後だとその有用さが非常に良く分かった。

 そして、もう一つ、私は気が付いたことがあった。

 私は今までずっと宇野先生は、かつて、この保健室で大怪我をした生徒を緊急手術して命を救ったと言う噂から元は外科医かと思っていた。しかし、今、こうして私を診察して、その後、カウンセリングしている姿を見ると、元は精神科医かもと思ってしまう。いや、どちらかと言うと心理学者と言う感じにも見受けられる。

 まったく、年齢不詳で破天荒な性格の私たちの担任である桐山先生と言い、この宇野先生と言い、さらにはあの彼と言い、この三高には怪しい人間が多すぎる。まあ、傍から見ればこの私もどちらかと言うとそっち側に見られているらしい。特に彼の恋人らしい暮林君などはそう思っている節がある。まあ、私自身、自分がかなりの変わり者に見られるのは仕方ない事と思ってはいる。


 宇野先生は、彼の成績を見て多大な精神的ショックを受けた私に対するカウンセリングとして、彼の事を少し教えてくれた。もちろん、それは担任の桐山先生から発表があるまで絶対に他言無用との確約をさせられた上での事だ。

 それは衝撃的な事実であった。

 しかし同時にそれは、私をあのショックから完全に立ち直らせてくれた。そう、得体のしれない物に対する恐怖心から、その相手が何者であるか知った事でその恐怖心がなくなったのだ。そう言う意味では、こんな重大な秘匿事項を私に話す決断を短時間でした宇野先生はやはり有能なカウンセラーであると言う事なのだ。


「中間テストの点であなたが一番でない事にショックを受ける事はない。
 なぜなら、あなたは事実上、今回のテストでも相変わらず一番だから。
 いえ、先生方の評価では前回よりさらに成績が伸びていると評価されてる。
 あなたは今の成績ですらまだまだ伸びしろがあると驚かれていた。
 だから、あなたは今の自分にもっと誇りを持って良い。
 あの如月君はあくまでもゲスト。
 彼は、今あなたが考慮すべき範囲外に居る人だから」

 宇野先生は私にやわらかい笑みを浮かべながら言った。

「先生方にそれだけ高く評価していただいているのは光栄です。
 しかし、如月君は……範囲外に居る人……ですか……」

 私は、宇野先生の何か今一つはっきりしない言い方が気になった。そして、そこに彼に関する重大な秘密が隠されているとその時、私は直感した。同時に、私はその事が無性に知りたくなった。彼の事ならどんな小さな事でも知っておきたかったのだ。彼がたぶん想いを寄せているであろうあの暮林君の方が、私より彼の事を良く言っているのが無性に気に食わなった。

「あなたの事だからこう言っても納得しないでしょうね。
 良いでしょう。
 教師だけでなく、あなたの様な生徒が一人くらい、
 彼の事を知っておくのはむしろ好ましい事でしょう。
 では、今から私が話す事は桐山先生が公にするまでは他言無用で。
 約束できますか、東九条さん」

 私は黙って頷いた。

「如月 翼は、正確に言えば高校生ではありません。
 彼はすでに大学生なのです」

「えっ、じゃあ、彼は見かけの性別だけじゃなく年齢も?」

 私は咄嗟に彼が年齢も詐称していると思った。彼が時折見せる非常に落ち着いた大人びた態度はそう思わせるに十分な物だった。

「いえ、如月君の年齢はあなたと同じです」

 しかし、宇野先生はその私の考えを笑顔を浮かべながら即時に否定した。

「じゃあ……飛び級ですか?
 でも日本じゃ認められていないはず」

「日本じゃね。
 でも、如月君はずっとUSAで学校に通っていたからね」

「彼、帰国子女だったですか……」

 そう言われれば、何かの時に彼が発した英語はすごく自然な発音で驚いたのを私は思い出した。

「ええ、彼はあちらでその非凡な才能をいかんなく発揮し、
 異例中の異例で14歳であのMITへ入学が認められたのよ。
 なんでもケンブリッジやハーバードからも熱烈なお誘いがあったとか」

 この歳でMITの学生ですって。私はまた、目の前がくらくらし始めてしまった。普通に入学するだけでも驚異的なのに、ほとんどハイスクールをすっ飛ばして、その上あちら側から乞われてMIT。それならあの得点も納得できる。いや、そんな彼にしてみれば三高の定期テストと言えど、お遊びに近いものだったに違いない。

 私などが一緒の土俵で戦える相手なんかじゃない。あのテストで彼と競うと言う事は、第二次、いや第一次世界大戦時の戦闘機で、アメリカの最新鋭戦闘機にドックファイトを挑む様なものだったのだ。

「彼は、私なんかが相手に出来る相手じゃなかったんだ……」

 私は半分放心状態でそう呟いていた。
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