拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第二章 中央大陸

拾われ子のダンジョン探索 ―反省―

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 地下三階は、短い通路の先に殆ど何も無い空間が広がっていた。
 遠くに、燭台に灯る火が微かに見える。

《あの火の所まで行けば良いのかな》

『あれ以外に目印になる様な物は無いし、とりあえず行ってみようか』

《でもさ、スイ》

『何?』

《絶対何かあるぞ、此処》

『うん。何かあるだろうね、此処』

 洞窟に入ってすぐの一本道ですら、すぐに罠が仕掛けられていたダンジョンだ。こんな一見何も無い広い所が、見たままの状態な訳が無い。

『とりあえず進んでみない事には何もわからないから……』

 そう言って広い空間に一歩踏み出すと、ジャキンッと音を立てて長い棘が地面から飛び出し、スイの前髪を掠めた。

『…………!』

 盛大に跳ねた心臓にアードウィッチへの山道で転落しかけた時の事を思い出したが、コハクの声で意識を思い出から現実に向ける。

《だ、大丈夫かスイ! 刺さってないか!?》

『……ギリッギリ大丈夫……。あとちょっと前に出てたら危なかったけど……』

 スイは前髪を触りながら、思っていた事を遂に零した。

『ダンジョンの罠って、こんなに殺意が強いのが当たり前なの……?』

 地面から飛び出して来た棘を見ると、地魔法の大地の棘アースニードルに形状が酷似している。

『地魔法?』

《似てるけど……魔法とはちょっと違う気がする》

 コハクは棘の周りをうろうろしては不思議そうに首を傾げた。

『魔法じゃないけど、似ている別の仕掛け……精霊術?』

《その方がオレは納得出来る。下に降りるごとに魔力とは別の力を感じるし》

『……何かいるの?』

《多分精霊だと思うけど、スイは感じないのか? スイが精霊術使う時の力と似てるぞ》

『……言われてみればそうかも……いや、そうだね。これは魔力じゃない……』

 魔法と精霊術は発動の仕方が違う。魔法は魔力を、精霊術は霊力を消費する。

《オレは精霊術を使えないけど、でも魔力とは違う力を使ってるってのは何となく解る》

『どう違うの?』

《えぇっと、何か、魔力は重い感じで、精霊術に使われる力は濁ってなくて綺麗な感じ…………?》

『ごめん、よく解らない』

 前足も動かして何とか表現しようとしたコハクだが、スイには理解出来なかった。

『魔法にしても精霊術にしても、此処を突破しない事には詳しい事は解らないか……』

 前方で主張し続ける棘を握り、スイは溜息を吐いた。

『安全第一で行こう。コハク、大地の棘アースニードルで同じ様なものを一本作れる?』

《うん》

 スイの手にちょうど収まる太さの棘が創られた。スイは尖端の方を持って一歩分ずつ地面を叩いていく。
 棘の飛び出しに肩と心臓を跳ねさせたり、ぼろぼろと地面が崩れて空いた穴に胸を押さえたりしながら、ぐねぐねと遠回りをしてどうにか三分の一まで進んだ所でスイはバッグの中から氷時計を取り出した。

『まだ半分も溶けていないけど、何処かで休憩したいな……。丸二日動き続けるのはちょっとつらい』

 スイの顔に疲労の色が滲む。罠とモンスターによって命の危機に晒され続けている事で、精神が磨り減ってきていた。
 バッグに氷時計を戻し、前方確認しないで足を踏み出したスイは、地面が崩れて空いた穴に吸い込まれた。

《スイーーー!?》

 ――わぁぁぁぁ……!
 遠ざかるスイの声に、コハクは躊躇わずに同じ穴に飛び込む。

『えぇっと……! み、水……間に合わない……!?』

 水を撃ち出して落下速度を緩める前に下層の地面が見え、スイは咄嗟に受け身の体勢を取った。着地後、転がって土汚れが付いたが、大きなダメージは無い。

《スイ、大丈夫か!?》

 音もなく鮮やかに着地したコハクに、あちこち眼や鼻で確認される。

『ちょっと擦りむいただけ。大丈夫だよ』

 回復薬を取り出して飲むと、擦り傷は綺麗に治った。僅かだが、滋養強壮の効果もあるので疲労感も軽減される。

《スイ》

 コハクが真剣な声でスイを呼ぶ。

『ん?』

《スイは疲れてる時、警戒心が無くなる。迂闊に動かない方が良い》

『…………』

 言われてみれば、異常個体アノマリー戦を始めとして思い当たる節は幾つもあった。スイは頬を軽く揉む。

『ごめん、そうだね。疲れてる時こそ、気を引き締めなきゃ……』

《せめて、安心出来る場所に着くまでは迂闊に前に出ないでくれ。代わりにオレがスイの分も警戒するから》

『……ごめん』

 コハクの首元に抱きつけば、ごろごろと喉を鳴らす音と振動が伝わってくる。

《スイはまだ身体が小さいから疲れやすいんだと思う。だから気にしなくて良い。スイを支えるのはオレの役目だ》

 尻尾を緩やかに大きく振るコハクは、ざらついた舌でスイの頬を舐めた。

『……ありがとう』

《うん》

 わしわしと首元を撫でて、お互いに癒されると何かを発見したコハクが前足を上げた。

《あそこに上への階段がある》

 周りを見ると先程いた所と同じ広さの空間に見える。この階段以外は何も無い。
 階段を上がると、所々に棘や穴がある広い空間に繋がっていた。地下二階への階段から正面方向に見えた燭台は、今は左側に見える。

『……? さっきより近付いた?』

 落ちる前よりも燭台が大きく見える。今いる場所から落ちたであろう地点を見ると、かなり離れていた。
 落下先に特に罠は無く、序盤で落ちれば下層の階段への近道となる。

『結果、落ちて良かったのかもしれないけど……この優しさをもっと別の所にも分けてダンジョン創って欲しかったなぁ……』

 ぼやきながら、スイは再び棘で周りを確認しながら一歩ずつ進んだ。

『つ、着いた……!』

 じわじわと磨り減る精神力と集中力を必死に繋ぎ止めて、漸く燭台まで辿り着いたスイは座り込んだ。予想通り、燭台の側には下への階段がある。

『……薬草の匂いがする……』

 階段の下から仄かに青い匂いが香ってくる。コハクも階段に鼻を近付けた。

《ちょっと違う匂いもする》

『どんなの?』

《纏わりつくような匂い》

『……ブロウリーラナッツ?』

 纏わりつくような匂いと言えば思いつくのは青紫色の木の実だ。だが、コハクは首を左右に振った。

《あれ程強くは無いんだ。草の匂いもする》

『……モンスターはいないよね?』

 ブロウリーラナッツ以外に思いつく物が無い。
 疲れて気配感知に自信が無くなってきたのでコハクに確かめたが、それには縦に首を振った。

『降りてみようか。匂いの元を確認したい』

 一段、また一段と降りていくにつれて強くなる匂い。纏わりつくようなそれの正体に、スイは思い至った。

『……え、花? 地下に花が咲いてる?』

 西の果ての森に自生するものよりも香りは強くないが、確かに花の匂いがする。
 足を早めて地下四階に降りると、一面に薬草や毒消し草、食用の香草、花など多種類の植物が生えていた。

くさい……》

 鼻が良いコハクに、様々な植物が一面に広がっているこの場はつらいものがあるらしく、鼻に皺が寄っている。

『……何処かで休めないかな……』

 ふらりと歩き出したスイをコハクが呼び止める。

《スイ、待って》

『! あ、そうだ……ごめん』

 迂闊に動くなと言われたばかりだ。
 スイは頬をぺちぺちと叩く。瞬きの回数が多い。

《オレが前を歩くから、スイは後ろから着いてきて》

『うん』

 コハクが耳や鼻に意識を集中させながらゆっくりと地下四階の中央まで歩いていく。
 ぽっかりとそこだけ、円状に踏み鳴らした様に草が倒れている。その中心には見た事がある石が埋め込まれていた。

『これ、結界石だ……』

 最後に見たのは、マリクとレイラを西の果ての森からオアシスに運んだ時だ。
 その時を思い出して視界が歪んだ。急いで袖で両眼を擦る。

《嫌な気配は何も感じない。此処が多分一番安全だ》

『この結界石、起動して良いのかな……』

《オレ、離れてた方が良いか?》

『どうだろう……。小さいから町のとは違うと思うけど、簡易結界石ってダンジョンの中にあるものなのかな……?』

 町の結界はモンスターから町や人を護る為の物だ。テイマーの従魔を町に入れる場合は、滞在手続きの時に従魔の魔力を専用の道具に通し、結界内に入れるように登録する必要がある。
 それに対して簡易結界石は携帯用の結界であり、結界内に入れるかどうかは起動者に対しての害意の有無に関係する。

『簡易結界石なら大丈夫だと思うけど……念の為離れててくれる? 起動してみる』

《解った》

 コハクが充分離れたのを確認すると、スイは結界石に魔力を流した。
 ちょうど草が倒れている範囲で半円状に結界が作られる。

『コハク、入ってこれる?』

 スイの呼びかけにコハクが恐る恐る前足を結界に伸ばすと、弾かれる事無く通り抜けた。
 眼を丸くして一瞬動きを止めたコハクは、スイに駆け寄る。

《オレも入れた!》

『良かった……! これでコハクも一緒に休めるよ!』

 抱きしめあって喜んでいると、コハクが何かに気付いたように鼻を動かした。

『どうしたの?』

《匂いが薄くなった》

 ふんふんと下に生えてる草の匂いを嗅いでいるコハクは穏やかな顔をしている。

『……あれ、あの花……』

 結界の境目に咲いている、白に近い薄青色の花にスイは見覚えがあった。アイテムポーチからレイラに貰った図鑑を取り出す。

『(確かこの辺だった筈)』

 パラパラと捲り、同じ形の花が描かれたページを見つけた。

『(やっぱり月光花だ……)』

 西の果ての森には自生しておらず、レイラに図鑑を見せて貰いながら教えて貰った植物のひとつだ。
 心を落ち着かせる作用があり、凶暴化バーサークや恐怖、混乱毒等、複数の状態異常治療薬の材料となる。
 花自体も慎ましやかな見た目と色合いで、北大陸や東大陸出身で好む人が多い。

『(……ごめんなさい、少しだけください……)』

 このダンジョンと月光花に心の中で詫びて、幾つか採取する。
 手の中にあるそれに顔を近付けると、優しく甘い香りがする。途端に、強い睡魔が襲ってきた。
 重い身体を動かして、コハクの所まで戻るとスイは倒れるように横になる。

《スイ!? どうした!?》

『……ごめん……すこし、ねむ、る』

 どうにかそれだけ伝えると、スイの意識は途切れた。
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