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第二章 ニケ、冒険者になる
第14話 ボクがこの世界に取り込まれた理由……?
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『VR魔法研究プロジェクト』とは、要は「人間の願望のイメージをコンピュータに正確に伝え、VR空間内で魔法として再現する技術を研究するプロジェクト」のことだ。
これは言い換えれば、「人間の脳が自分の身体として認識できる以上のものを、脳内の願望のイメージを活用することで操作できるようにする」ということでもある。
従来、完全没入型VRシステムの中で、ボクたちが自分のアバターを操作するには、BCI (ブレイン・コンピュータ・インタフェース)という技術を用いている。
BCIとは、脳から出た命令――つまり脳波――を電気信号として記録し、それを肉体を介さず、直接コンピュータで読み取ってVR空間内のアバターを動かすことが出来る装置だ。
またこれとは逆にVR空間内の出来事をコンピュータから脳へ直接、電気信号として入力する為の装置でもある。
図にして説明すると分かりやすい。
これは脳からコンピュータにインプットするパターンの図だが、逆にコンピュータから脳へ「林檎を食べた感覚」を伝えて、脳内でそれを再現させるには逆向きの動きをすれば良い。
実際、このBCI の技術を使って、人間の脳の運動野が発する電気信号でアバターを動かすことはそれほど難しくなくなってきていた。
だが、この当時のBCI で動かすことができるのはあくまで、「人間の脳が自分の肉体として認識できるもの」に限定されていた。
つまり魔法のように「火の玉を発生させて敵に投げつける」といった行為は当時のBCI では不可能だった。
だって、どう考えたって「火の玉」は自分の身体の一部ではない。
VR業界では『ホムンクルスの柔軟性』という概念が広く知られている。
昔のヨーロッパでは「人間の脳の中には、身体を操縦するホムンクルスという小人が住んでいる」と信じられていて、この言葉は「人間の脳内ホムンクルスはかなり柔軟に自分たちの身体構造からかけ離れた生物も操縦することが出来る」ということを意味していた。
実際、2020年の時点でも人間の脳の運動野は、イルカやロブスター、はたまた三本腕の人間など、人間の身体構造とは異なる存在をVR空間内で自在に操縦することができた。
これは「人間の脳が人間に進化する前の生物を操作していた時の機能をまだ残している」とも、「今後、別の生物に進化した時に異なった構造を持つ生物も操縦できる余地を確保している」とも解釈ができる。
『VR魔法研究プロジェクト』が始まった2026年の時点では、ドラゴンのような架空の生物さえ人間の脳は操縦できることが分かっていたが、このドラゴンはやはり炎の吐息を吐くことが出来なかった。
いや、厳密に言えばまったく吐くことが出来ないというわけでは無い。
BCIは「ユーザーの意識が集中しているかどうか?」という程度であれば計測できたので、ユーザーが「炎の吐息を使いたい!」と十分に意識が集中できている状態で、VR空間内の攻撃対象に息を吹きかければ炎の吐息を発現させることができた。
しかしBCIはユーザーが「炎の吐息を使いたいのか? 氷の吐息を使いたいのか?」は判断できなかったし、それ以外の点でもその吐息にユーザーの心が描いているイメージが反映されていないことが問題だった。
要は願望などの情動・感情を司る「大脳辺縁系」の各部位が、「運動野」や意識の集中を司る「前頭前野」とは違って、脳のもっと深い場所にあり、BCIが十分な強さの脳波を電気信号として受け取ることが難しかったのだ。
当初、開発段階の『アポカリプス・ワールド』では、≪魔法名の詠唱≫と≪特定のボディアクション≫をトリガーとして魔法を発動させるシステムを検討していた。
これは単に≪魔法名の詠唱≫に対する音声認識だけをトリガーとして発動させてしまうと、
「いやぁ、昨日、≪ファイア・ボール≫を出そうと思ったのに、出せなかったよ、≪ファイアボール≫!」
という日常会話をしている間に2発「火の玉魔法」を発動させてしまい、MPを2発分損するばかりか同士討ちをしてしまうことになるからだ。
そういった理由もあって、最低限、「攻撃対象を指さす」といった≪特定のボディ・アクション≫とセットで魔法名を詠唱させる必要があった。
しかし、これで解決したと思っていたVRMMORPGの魔法システムにはまだ大きな問題があった。
このシステムではまだ魔法所有感が発生しないからだ。
VR空間内で自分のアバターを動かす場合、脳の運動野の働きとVR空間内にあるアバターの動きがちゃんと連動している状態――つまり脳が自分の右腕を動かしたと思ったと同時に、VR空間内のアバターの右腕も連動して動いている状態――なら、身体所有感が発生する。
つまり脳がVR技術の生み出す精巧な現実味に騙され、VR空間内のアバターを自分の肉体であると誤認識している状態となる。
実際、VR技術が提供する没入感は人間の心理に対して非常に強力な効果を発揮していて、たとえば交通事故で右腕を失ってしまった人の幻肢痛――無いはずの右腕が痛むという症状――も、VR空間内で右腕を再建し、右腕を動かす体験をさせることで治療することが出来た。
他にも過去に凄惨な事故やテロに巻き込まれ、トラウマを負ってしまった人に対する治療として、トラウマを生み出した現場をVRで再現して追体験させ、トラウマの元となる事象に向き合うことで治療するということも盛んに行われていて、旧来の治療法よりも大きな成果を上げていた。
VRが他のメディアと根本的に違う点はこの『没入感』にこそあった。
没入感の無いVRはただの3D映像でしかない。
この現象はVR魔法にも当てはまった。
単にアクションと音声だけをトリガーとして魔法を発動させる場合、それは頭の中では氷の魔法についてイメージしているのに、実際のアクションが火の玉魔法のアクションなので火の玉が発生するといった奇妙な現象が起こる。
まぁ実際、火の玉魔法を使おうとしている時にそんなややこしいことを考える人はあまり居ないだろうけど、それでもやっぱりゲーム内で放たれる火の玉はその色や形、軌道などどれをとってもプレイヤーの心を反映していない、ただただコンピュータにプログラミングされた内容を実行するだけの現象だった。
自分の心が魔法をコントロールしていないという感覚――つまり魔法所有感が無い状態――は、ゲームをプレイしている人に「ああ、やっぱりこの世界は仮想世界なんだな、自分は魔法を実際に使っている訳では無いんだ」と、せっかく仮想世界に没入していた意識を現実世界に戻してきて、醒めさせる。
なんとか人間の願望や心のイメージを反映した魔法システムをVR空間内で構築したいというのがこの研究の主旨だった。
このプロジェクトの主任研究員は、アビゲイル・リーンと名乗るアジア系アメリカ人の女性だった。
彼女はなんとか財団とかいう財団に所属する研究員ということで、今回の研究にはこの『VR魔法研究プロジェクト』で開発したシステムをゲームに使用したいゲーム制作会社の他、アメリカ政府と日本政府とが共同出資して取り組まれることになっていると彼女は説明してくれた。
「人間の願望のイメージと仮想現実の魔法を連動させる技術が完成すれば、他のことにも役立つようになります。きっと我々人類の生活をより豊かにしてくれることでしょう!」
と彼女は言っていた。
そう、この技術はVRゲーム内の魔法に活用できるだけではなく、「他のことにも役立つ」のだ。
なぜこれが軍事転用されうるとボクは気づかなかったんだ?
主任研究員である彼女は大学の研究員でもなければ、ゲーム制作会社の人間でもなく、なんとか財団とかっていう聞いたことのない財団に所属する研究員だった。
ボクがアメリカの大学に無事進学し、VRの勉強を本格的に始めるようになって、大学のシステムを使って彼女の研究論文を検索してみた時にはなぜか一件もヒットすることがなかった。
アメリカはすでに陸軍で、侵略式BMI (ブレイン・マシン・インタフェース)を用いて遠隔地のドローン兵を操縦する技術を実用段階まで進めていた。
BMIはBCIと親戚のようなもので、コンピュータが動かすのがVR空間内のアバターではなく、現実世界の機械になる。
つまりこの場合は遠隔地のドローン兵を動かすのにBCIのシステムを使うということだ。
軍事的に利用する関係で指先一つの僅かな動きまで制御する必要があったので、HMD (ヘッドマウントディスプレイ)のようなヘルメット型のBMIを装着しての制御では無理があった。
頭蓋骨を隔てることで、脳が発する電気信号にはノイズが多く混じり、正確な信号を十分な強度でキャッチすることが出来なくなるからだ。
ライフル射撃を行うような場合、手元での1㎜のずれは着弾点に大きな誤差を生じる。
それでは兵としては二流以下になってしまう……
とは言え、いくら軍隊でも頭蓋骨を開いて脳の灰白質に直接電極を差し込む侵略式BMI手術にあえて志願する者はそれほど多くは無かっただろう……
この手術にはそれなりに危険性が伴うのだ。
限られたBMI兵によって大規模なドローン兵団を運用させようとするのは、いくら侵略式BMIが兵士の脳波を正確に受信できるからと言っても無理がある。
なぜなら一人のBMI兵の脳が身体所有感を持って操作できるのは、あくまで人間一体分のドローン兵でしかないからだ。
それこそ、「運動野の電気信号によってのみドローン兵を操作する旧来型のBMIシステム」から、「人間の願望のイメージをも反映して操作するより優れたBMIシステム」にでも切り替えない限り、運用はできないだろう。
おそらくそれでも複数体のドローン兵を操作するのは身体所有感が発生しない関係でなかなか難しいだろうけど、某機動戦士アニメに出てきたパイロットの脳波で遠隔操作できる小型自動砲台のようなものを複数台操縦することは可能だと思う。
実際、ボクはVRMMORPG『アポカリプス・ワールド』の中で複数の使い魔を展開して、そいつらを操作して戦うことができた。
普通の魔法職が2体同時に操作出来ればスゴイ!と言われていたのを、一度に10も20も操作できたのは、ボクが一般ユーザーとは異なり、アメリカ陸軍の兵士に使用されている侵略式に近い形態のBCIを使っていたことと、日常生活の大半をVR空間の中で過ごしていたボクにとって自分の脳波を用いてVR空間内のモノを操縦することが容易だったことが関係していると思う。
考えてみるとこれは非常に恐ろしい話だ。
だってこの事実は、「ボクが自分のBCIのシステムをBMIモードに切り替えて、アメリカ陸軍が使用しているドローン兵に接続した場合、ボクは大量殺戮兵器になることが出来る」ということを意味していた。
しかもこれはテレパシーで相手の心を読み取れたり、念動力で物を動かせるような特殊なタイプの人間の話ではない。
そこそこの適性があって一定の訓練さえ受ければ、誰にでも可能な現象についての話だ。
『VR魔法研究プロジェクト』で開発されたシステムの脅威はそれだけじゃない。
人間の脳内の小人は、それがいかに優秀とは言え、どんなものでも自由自在に操縦が出来るという訳では無い。
途方もなく巨大で複雑な構造をしたものを兵器として操作しようとした場合も、人間の脳内の小人ではおそらく役不足だろう。
でもVR魔法のシステムを用いて人間の願望のイメージを反映して操縦するようにしたら、これまで運用できなかったような兵器の操作だって可能になるはずではないか?
たった一人のBMI兵が大きな空母を操縦することだってできるようになるかもしれないし、もっと複雑でもっと途方もない兵器――ギリシャ神話に出てきた大怪物テュポーンのような兵器だって操縦できるようになるかもしれない。
旧来の兵器のようにハンドルやレバーやボタンで操縦するのではなく、人間の脳波だけで自在に操れるようになる兵器は人類にとって大きな脅威になり得るんじゃないか?
もし誰かが、冷凍睡眠で眠っているボクをわざわざ目覚めさせてVRのゲーム空間に閉じ込めたのだとしたら、それはボクにこの世界の中でさらにこのVR魔法システムを発展させる為なのかもしれない……
そう考えれば、何の説明もなくボクがこの世界の中に取り込まれているのも分かる。
軍事利用する為の技術を開発したいから手伝って欲しいと言われたって断られる可能性だってある。
それに何も説明しない状況でボクがどうこの環境に適応し、この魔法システムを活用するのかを彼らはモニタリングしたいんじゃないか?
だってそれまで実現できていなかった人間の願望のイメージを、この世界の魔術における『術式』のようなものを使って、VR空間内の魔法として実現させることに成功させたのはボクだったからだ。
これは言い換えれば、「人間の脳が自分の身体として認識できる以上のものを、脳内の願望のイメージを活用することで操作できるようにする」ということでもある。
従来、完全没入型VRシステムの中で、ボクたちが自分のアバターを操作するには、BCI (ブレイン・コンピュータ・インタフェース)という技術を用いている。
BCIとは、脳から出た命令――つまり脳波――を電気信号として記録し、それを肉体を介さず、直接コンピュータで読み取ってVR空間内のアバターを動かすことが出来る装置だ。
またこれとは逆にVR空間内の出来事をコンピュータから脳へ直接、電気信号として入力する為の装置でもある。
図にして説明すると分かりやすい。
これは脳からコンピュータにインプットするパターンの図だが、逆にコンピュータから脳へ「林檎を食べた感覚」を伝えて、脳内でそれを再現させるには逆向きの動きをすれば良い。
実際、このBCI の技術を使って、人間の脳の運動野が発する電気信号でアバターを動かすことはそれほど難しくなくなってきていた。
だが、この当時のBCI で動かすことができるのはあくまで、「人間の脳が自分の肉体として認識できるもの」に限定されていた。
つまり魔法のように「火の玉を発生させて敵に投げつける」といった行為は当時のBCI では不可能だった。
だって、どう考えたって「火の玉」は自分の身体の一部ではない。
VR業界では『ホムンクルスの柔軟性』という概念が広く知られている。
昔のヨーロッパでは「人間の脳の中には、身体を操縦するホムンクルスという小人が住んでいる」と信じられていて、この言葉は「人間の脳内ホムンクルスはかなり柔軟に自分たちの身体構造からかけ離れた生物も操縦することが出来る」ということを意味していた。
実際、2020年の時点でも人間の脳の運動野は、イルカやロブスター、はたまた三本腕の人間など、人間の身体構造とは異なる存在をVR空間内で自在に操縦することができた。
これは「人間の脳が人間に進化する前の生物を操作していた時の機能をまだ残している」とも、「今後、別の生物に進化した時に異なった構造を持つ生物も操縦できる余地を確保している」とも解釈ができる。
『VR魔法研究プロジェクト』が始まった2026年の時点では、ドラゴンのような架空の生物さえ人間の脳は操縦できることが分かっていたが、このドラゴンはやはり炎の吐息を吐くことが出来なかった。
いや、厳密に言えばまったく吐くことが出来ないというわけでは無い。
BCIは「ユーザーの意識が集中しているかどうか?」という程度であれば計測できたので、ユーザーが「炎の吐息を使いたい!」と十分に意識が集中できている状態で、VR空間内の攻撃対象に息を吹きかければ炎の吐息を発現させることができた。
しかしBCIはユーザーが「炎の吐息を使いたいのか? 氷の吐息を使いたいのか?」は判断できなかったし、それ以外の点でもその吐息にユーザーの心が描いているイメージが反映されていないことが問題だった。
要は願望などの情動・感情を司る「大脳辺縁系」の各部位が、「運動野」や意識の集中を司る「前頭前野」とは違って、脳のもっと深い場所にあり、BCIが十分な強さの脳波を電気信号として受け取ることが難しかったのだ。
当初、開発段階の『アポカリプス・ワールド』では、≪魔法名の詠唱≫と≪特定のボディアクション≫をトリガーとして魔法を発動させるシステムを検討していた。
これは単に≪魔法名の詠唱≫に対する音声認識だけをトリガーとして発動させてしまうと、
「いやぁ、昨日、≪ファイア・ボール≫を出そうと思ったのに、出せなかったよ、≪ファイアボール≫!」
という日常会話をしている間に2発「火の玉魔法」を発動させてしまい、MPを2発分損するばかりか同士討ちをしてしまうことになるからだ。
そういった理由もあって、最低限、「攻撃対象を指さす」といった≪特定のボディ・アクション≫とセットで魔法名を詠唱させる必要があった。
しかし、これで解決したと思っていたVRMMORPGの魔法システムにはまだ大きな問題があった。
このシステムではまだ魔法所有感が発生しないからだ。
VR空間内で自分のアバターを動かす場合、脳の運動野の働きとVR空間内にあるアバターの動きがちゃんと連動している状態――つまり脳が自分の右腕を動かしたと思ったと同時に、VR空間内のアバターの右腕も連動して動いている状態――なら、身体所有感が発生する。
つまり脳がVR技術の生み出す精巧な現実味に騙され、VR空間内のアバターを自分の肉体であると誤認識している状態となる。
実際、VR技術が提供する没入感は人間の心理に対して非常に強力な効果を発揮していて、たとえば交通事故で右腕を失ってしまった人の幻肢痛――無いはずの右腕が痛むという症状――も、VR空間内で右腕を再建し、右腕を動かす体験をさせることで治療することが出来た。
他にも過去に凄惨な事故やテロに巻き込まれ、トラウマを負ってしまった人に対する治療として、トラウマを生み出した現場をVRで再現して追体験させ、トラウマの元となる事象に向き合うことで治療するということも盛んに行われていて、旧来の治療法よりも大きな成果を上げていた。
VRが他のメディアと根本的に違う点はこの『没入感』にこそあった。
没入感の無いVRはただの3D映像でしかない。
この現象はVR魔法にも当てはまった。
単にアクションと音声だけをトリガーとして魔法を発動させる場合、それは頭の中では氷の魔法についてイメージしているのに、実際のアクションが火の玉魔法のアクションなので火の玉が発生するといった奇妙な現象が起こる。
まぁ実際、火の玉魔法を使おうとしている時にそんなややこしいことを考える人はあまり居ないだろうけど、それでもやっぱりゲーム内で放たれる火の玉はその色や形、軌道などどれをとってもプレイヤーの心を反映していない、ただただコンピュータにプログラミングされた内容を実行するだけの現象だった。
自分の心が魔法をコントロールしていないという感覚――つまり魔法所有感が無い状態――は、ゲームをプレイしている人に「ああ、やっぱりこの世界は仮想世界なんだな、自分は魔法を実際に使っている訳では無いんだ」と、せっかく仮想世界に没入していた意識を現実世界に戻してきて、醒めさせる。
なんとか人間の願望や心のイメージを反映した魔法システムをVR空間内で構築したいというのがこの研究の主旨だった。
このプロジェクトの主任研究員は、アビゲイル・リーンと名乗るアジア系アメリカ人の女性だった。
彼女はなんとか財団とかいう財団に所属する研究員ということで、今回の研究にはこの『VR魔法研究プロジェクト』で開発したシステムをゲームに使用したいゲーム制作会社の他、アメリカ政府と日本政府とが共同出資して取り組まれることになっていると彼女は説明してくれた。
「人間の願望のイメージと仮想現実の魔法を連動させる技術が完成すれば、他のことにも役立つようになります。きっと我々人類の生活をより豊かにしてくれることでしょう!」
と彼女は言っていた。
そう、この技術はVRゲーム内の魔法に活用できるだけではなく、「他のことにも役立つ」のだ。
なぜこれが軍事転用されうるとボクは気づかなかったんだ?
主任研究員である彼女は大学の研究員でもなければ、ゲーム制作会社の人間でもなく、なんとか財団とかっていう聞いたことのない財団に所属する研究員だった。
ボクがアメリカの大学に無事進学し、VRの勉強を本格的に始めるようになって、大学のシステムを使って彼女の研究論文を検索してみた時にはなぜか一件もヒットすることがなかった。
アメリカはすでに陸軍で、侵略式BMI (ブレイン・マシン・インタフェース)を用いて遠隔地のドローン兵を操縦する技術を実用段階まで進めていた。
BMIはBCIと親戚のようなもので、コンピュータが動かすのがVR空間内のアバターではなく、現実世界の機械になる。
つまりこの場合は遠隔地のドローン兵を動かすのにBCIのシステムを使うということだ。
軍事的に利用する関係で指先一つの僅かな動きまで制御する必要があったので、HMD (ヘッドマウントディスプレイ)のようなヘルメット型のBMIを装着しての制御では無理があった。
頭蓋骨を隔てることで、脳が発する電気信号にはノイズが多く混じり、正確な信号を十分な強度でキャッチすることが出来なくなるからだ。
ライフル射撃を行うような場合、手元での1㎜のずれは着弾点に大きな誤差を生じる。
それでは兵としては二流以下になってしまう……
とは言え、いくら軍隊でも頭蓋骨を開いて脳の灰白質に直接電極を差し込む侵略式BMI手術にあえて志願する者はそれほど多くは無かっただろう……
この手術にはそれなりに危険性が伴うのだ。
限られたBMI兵によって大規模なドローン兵団を運用させようとするのは、いくら侵略式BMIが兵士の脳波を正確に受信できるからと言っても無理がある。
なぜなら一人のBMI兵の脳が身体所有感を持って操作できるのは、あくまで人間一体分のドローン兵でしかないからだ。
それこそ、「運動野の電気信号によってのみドローン兵を操作する旧来型のBMIシステム」から、「人間の願望のイメージをも反映して操作するより優れたBMIシステム」にでも切り替えない限り、運用はできないだろう。
おそらくそれでも複数体のドローン兵を操作するのは身体所有感が発生しない関係でなかなか難しいだろうけど、某機動戦士アニメに出てきたパイロットの脳波で遠隔操作できる小型自動砲台のようなものを複数台操縦することは可能だと思う。
実際、ボクはVRMMORPG『アポカリプス・ワールド』の中で複数の使い魔を展開して、そいつらを操作して戦うことができた。
普通の魔法職が2体同時に操作出来ればスゴイ!と言われていたのを、一度に10も20も操作できたのは、ボクが一般ユーザーとは異なり、アメリカ陸軍の兵士に使用されている侵略式に近い形態のBCIを使っていたことと、日常生活の大半をVR空間の中で過ごしていたボクにとって自分の脳波を用いてVR空間内のモノを操縦することが容易だったことが関係していると思う。
考えてみるとこれは非常に恐ろしい話だ。
だってこの事実は、「ボクが自分のBCIのシステムをBMIモードに切り替えて、アメリカ陸軍が使用しているドローン兵に接続した場合、ボクは大量殺戮兵器になることが出来る」ということを意味していた。
しかもこれはテレパシーで相手の心を読み取れたり、念動力で物を動かせるような特殊なタイプの人間の話ではない。
そこそこの適性があって一定の訓練さえ受ければ、誰にでも可能な現象についての話だ。
『VR魔法研究プロジェクト』で開発されたシステムの脅威はそれだけじゃない。
人間の脳内の小人は、それがいかに優秀とは言え、どんなものでも自由自在に操縦が出来るという訳では無い。
途方もなく巨大で複雑な構造をしたものを兵器として操作しようとした場合も、人間の脳内の小人ではおそらく役不足だろう。
でもVR魔法のシステムを用いて人間の願望のイメージを反映して操縦するようにしたら、これまで運用できなかったような兵器の操作だって可能になるはずではないか?
たった一人のBMI兵が大きな空母を操縦することだってできるようになるかもしれないし、もっと複雑でもっと途方もない兵器――ギリシャ神話に出てきた大怪物テュポーンのような兵器だって操縦できるようになるかもしれない。
旧来の兵器のようにハンドルやレバーやボタンで操縦するのではなく、人間の脳波だけで自在に操れるようになる兵器は人類にとって大きな脅威になり得るんじゃないか?
もし誰かが、冷凍睡眠で眠っているボクをわざわざ目覚めさせてVRのゲーム空間に閉じ込めたのだとしたら、それはボクにこの世界の中でさらにこのVR魔法システムを発展させる為なのかもしれない……
そう考えれば、何の説明もなくボクがこの世界の中に取り込まれているのも分かる。
軍事利用する為の技術を開発したいから手伝って欲しいと言われたって断られる可能性だってある。
それに何も説明しない状況でボクがどうこの環境に適応し、この魔法システムを活用するのかを彼らはモニタリングしたいんじゃないか?
だってそれまで実現できていなかった人間の願望のイメージを、この世界の魔術における『術式』のようなものを使って、VR空間内の魔法として実現させることに成功させたのはボクだったからだ。
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