触れあうもの

倉賀大介

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前編

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 つまらない。純粋にそう思う。同じような毎日を過ごしているからか、自分が何をどうしたいのかさえ分からなくなってしまったような気がする。これは変わらない日々の中で俺が起こした気まぐれのようなものなのかもしれない。

「良かったら会って話しませんか」

 休日はひたすら自宅に引き篭もっている。何故そうしているのかというと、動きたくないからだ。何故動きたくないのか、それは疲れるから。人生というものは送るだけでとてつもない量のエネルギーを消費する。特に他人と関わらないといけない仕事の日は、よりエネルギーを使う。だから休日は休まないとやってられない、エネルギーを回復させないと生きていけないから。ただでさえ俺はそのエネルギーの総量が他人よりも少ないのだから、体も心も休ませにゃならない。

 やることだって限られる。アニメを見たり、ゲームをするか、漫画を読むか。いかにも引き篭もりらしいと言えるようなことしか基本的にはしていない。(まあそれさえも疲れるから、長い時間を費やすことはないのだが)

 限られたやることの中でも、俺が唯一と言ってもいいくらいの続けている趣味のようなものがある。それは、SNSで呟くことだ。そんなことは世の中の人間、誰しもがやっていると思うかもしれないが俺にとってはそうではない。SNSは、俺が唯一自分を曝け出すことの出来る場所だ。他の人からすれば、思いついたことを適当に呟くために用いる場所かもしれないが、俺にとっては安らぎの地であり、救いなのだ。もしSNSで呟くことを禁じられてしまったとすれば、俺の心に抱えているこのモヤのような何かはいったいどう吐き出していただろうか。想像すらしたくない。

 自分が感じていることを呟き、共感してもらうことに俺は幸せを感じている。全ては、俺という人間を承認してもらうためのツールとしてSNSを用いているに過ぎない。だからフォロワーと交流したいとも思わないし、他人の呟きを見て楽しむ気も全くない。

 なのに、俺はとある女性の呟きから目を離せずにいた。何故俺がその人を特別に感じたのかは分からないが、ひとつひとつの呟きに何処か俺と似たようなものを感じたのだと思う。広大な砂漠でたった一粒の砂金を見つけ、高揚しているかのような感覚に近いのかもしれない。何にせよ、気になってしょうがない。そんな状態が続いた。

 普段は他人なんて興味がなく、どうでもいいと感じてしまうのに、気になった人に対してはどこまでも執着してしまう自分がいて、気持ち悪いと心から思う。過去の呟きをひたすらに漁り、どのような人間かを分析したり、どこに住んでいる人なのかを特定しようとまでしてしまう。顔も知らない赤の他人だと言うのに、気になり出したらその気持ちを抑えることが出来ない。

 いつぶりだろうか、こんなに気持ちが高揚するのは。何がきっかけで俺がこうなっているのかは分からないが、こうやって感情に振り回されている状況がどこか人らしいと嬉しく思った。

 それでも俺はこの「会いたい」と気持ちを伝えることができずにいた。気になり過ぎているが故に、嫌われたくないと思ってしまう。彼女を眺めているだけでも幸せだったからこそ、悪い意味で認知されたくはなかった。

 「この人は出会い厨なんだ」とか、「ヤリモクの人なのかな」とか、そういう風に思われるのは耐えられない。「ならばいっそうこのまま、彼女を眺めていよう」と思っていたのに。

「良かったら会って話しませんか」

 気付けば、そうダイレクトメッセージを送ってしまっていた。俺はどうにかしてしまっている。いつもならする筈のない行動を行なっている自分が気色悪く感じる。俺にそうまでさせる引力のようなものが彼女にはあったのかも知れないが、それ以上に普段ならする筈のない行動を取ることにより、今のこのつまらない日々を破壊したかったような気がする。だから決してこれは勇気ではなく、どちらかというと好奇心のようなものに近しいのかもしれない。

 「きっと困惑されて終わりだろうな」と思ったのと、後悔が急に込み上げてきて、その後の反応を見るのが辛すぎるということもあり、スマホを思いっきり床に放り投げた。いったん忘れようと部屋の電気を消し、眠ることにした。きっとこれは夢であり、もう一度目が覚めたら、何も変化などなくいつもと変わらない日常が訪れていることを祈って。

 精神的に疲弊してしまったからだろうか、気づけば次の日の昼になっていた。「寝坊したか?」と一瞬焦りもしたが今日が日曜日だったことに気づき、安心した。そんな取るに足らないことを考えていた次の瞬間には、昨日の出来事を思い出していた。記憶が全て無くなっていれば良かったが、もちろん消えるはずもなくクッキリと俺は覚えていた。

 昨晩放り投げたスマホが床に横たわっている。わずか1メートルの距離なのに、全く手に取る気持ちになれない。数分そのまま躊躇をしてしまうが、遅かれ早かれ傷つくことは決まっている。先送りにしてもしょうがないことに気づいた俺は、スマホを手に取った。

 SNSから通知が1件届いていた。

 またもや開くことに抵抗を感じるが、思い切って開いてみる。「これで終わりだ、ようやくこのずっと抱えていた執着から逃れることができる」と、そう思っていた。

「はじめまして。私でよければ是非」

 これはあまりにも予想外。思わずスマホを手から滑らせてしまったではないか。絶対に断られるとそう思っていたので正直驚いている。またそれと同時に、わざわざ会ってくれるということは何かしらの意図があるのではないかとか、期待だけさせて、会いに行ったら実はいないパターンではないかとか、信仰宗教の勧誘にやられるんじゃないかと俺は考えていた。彼女が俺に会ってくれる理由が全く思い浮かばない。彼女にとって僕と会うことに何かしらの都合の良い理由がないと納得が出来ない。純粋に彼女が俺に興味を持って会おうとしてくれているとは1ミリも思わない自分自身を嫌いになった。

 そこからはとんとん拍子で話は進んだ。というのも俺自身が彼女の居住地を把握していたので、相手が許可さえしてくれれば、距離的な不都合はないことは分かっていたからだ。あとは相手の都合に合わせて予定を決めて、待ち合わせをすればそれで問題はない。

 俺は思ったよりも冷静だった。一つの目的を果たしたからだろうか、変に肩の力が入ることもなく、スムーズに彼女とチャットを介してやりとりをすることが出来たのだ。変にスイッチが入り、珍しく他人に執着したと思いきや、突然人が変わり冷めたように切り替わったりもする。コロコロと精神が変わる自分を正直気持ち悪いなと感じた。いったい俺は何を考えているのだろうか、正直よく分かっていない。

 待ち合わせはお互いの家のちょうど真ん中くらいに位置する駅の改札となった。集合時刻は14時だったが、俺は30分も早く到着していた。チャットでは淡々とやりとりが出来ていたが、当日を迎え実際に会う時間が近づいてきたからか、俺はソワソワとしだしていた。いったい何を話せばいいのか、カフェに行ってそれで解散で問題がないのかとか、先ずは聞き手に回って相手を楽しませた方がいいんじゃないかとか、そういった不安が脳内をぐるぐると回り出していた。

 本来は楽しまなきゃならないというのに、俺は考え過ぎて勝手に疲弊しまっていた。昔からそうだ、俺は異性とのデートのようなものが苦手だ。(今回がデートというわけではないが)そもそも前提として、外出することが好きではない。なのに異性と交流するとなるとどうしても、基本的に外に出ざるを得なくなる。というのも、相手が男性なら映画を見たり、自宅でゲームでもしよう。と簡単に言えるものだが、異性となるとどうしても性的な意味に捉えられ、警戒されてしまう。故に外に出ざるを得ない。

 別に外に出てやりたいことなんて何もない。水族館も遊園地もショッピングモールさえも行きたくない。ただ純粋に実りのある話をリラックスしながらできたらいいだけなんだけどな。

 とあれやかれやと外出したくない理由を脳内で並べて展開しているうちにあっという間に時間が経っており、気付けば14時の10分前となっていた。次の瞬間、ピロンとスマートフォンが鳴った。

「もうすぐ着きます」

「おっけーです」

 と一言連絡を返す。

 そして、スマートフォンから視線を離し、上を向くと目の前には、俺が会いたかった彼女が目の前にはいた。

 顔は色白で、目は二重でぱっちりとしていて、腕は今にも折れてしまいそうな程に細いのに、出るところはきちんと出ていて、髪も短過ぎず、長過ぎずのちょうどよい塩梅のナチュラルなボブカット。白のニットに白スカートを着こなすその彼女は、俺の理想とする女性像に近かった。また見た目だけでなく、彼女の纏う雰囲気も、何処か特別感があるというかかわいらしい見た目なのに反して冷たさがあるとでもいうのか、人を寄せ付けないようなものがあった。

 俺は思った。

「ああ最悪だ」と。
 
 あまりにも異性が美人すぎると俺は狼狽えてしまう癖がある。話せば吃るし挙動不審にもなり、まともに会話をすることすらままならない。一言で言えば、童貞ムーブというやつだ。この胸のざわつきからしてきっとまたいつものようにキョどる未来しか見えない。今日も多分何もかもが上手くいかず、彼女もまたつまらなさそうに帰るんだろうなと半ば諦めムードになっている俺自身がいる。

「はじめまして、柊と言います。今日はよろしくお願いします」

 彼女は、ぺこりとお辞儀をした。

「うん。こちらこそよろしくね」

 何とか話すことが出来た。このまま狼狽えてばかりもいられない、俺は彼女に会いたくて自分から誘ったのだ。其れなのに、勝手にあれやこれやと余計なんことを考え、勝手に自身の気分を沈めようとしてしまっている。そうじゃない、俺は彼女のことが知りたくて今日こうやって会おうとしたんじゃないのか。

「じゃあ、さっそくだけど彼処のカフェにでもいこうか」

「はい、分かりました」

 カフェの中は、ほかの客がいないからか静かでしんとしていた。特にBGMが鳴っているわけでもなく、1人の老人が開いている店ということもあるのか、まるでこの空間には、俺と彼女しかいないようなそんな気さえした。

「注文はどういたしましょうか」

「それじゃあホットコーヒーを2つ」

「かしこまりました」

 彼女のほうを目をやると、何を話そうとするわけでもなく、じっと俺を見ていた。まるで何か言いたげだが、俺の様子を伺うようなそんな視線を感じた。

「今日はわざわざありがとう。急にダイレクトメッセージなんて届いて、何で?って思っちゃったよね。何で会いに来てくれたの?」

 少し攻め込み過ぎたか。まあいい、どうせ理由はどこかでは聞かなくちゃいけなかったことだ。

「会おうとした理由ですか。そうですね・・・」

 彼女は顎に手を乗せて、少し考えはじめた。もしかして雰囲気とかそういうフワっとした感じで来たんじゃねえだろうな。見た目は真面目っぽいのに、理由もなく、知らない男にホイホイついていくのは賛同しかける。もしかして天然さん?と俺もまた彼女の回答を待たずに勝手に想像を膨らませていってしまっているようだ。

「颯さんなら会ってもいいような、そんな気がしたからですかね」

 彼女の冷たく理知的な雰囲気からは全く考えられないような回答が飛び込んできた。予想外ではあったが、正直俺はこの回答を待っていたような気がする。何故なら俺彼女を「何となく」という理由で会いたいと思っていたから。君の呟く言葉の一つ一つが急に気になってしまい、居ても立っても居られなくなったから。彼女の見た目の美しさに怯んでいた自分がいたが、彼女が俺と似ているかもしれないと改めて思うと急に心が軽くなったように思える。

「雰囲気ね。少なくとも会ってくれたということは、嫌な雰囲気はSNS上では感じてなかったってことだと思うからそれだけで嬉しいよ」

「嫌な雰囲気は全くなかったです。逆に颯さんはどうして私なんかと会いたいと思ったんですか」

「僕も君と同じで何となくなのかもしれない。いろんな人の呟きがSNSで流れる中で君が目についたんだ。何と言えばいいのかな、きっと話が合うだろうなあとかそんな感じが近いのかもしれない」

「そういうことでしたか。特別面白いことを言ったりしているつもりもありませんでしたが、それでもそういって頂けるのは嬉しいです」

「それは良かった」

 しばしの沈黙が流れる。けどこの沈黙はどこか嫌じゃ無い。いつもなら沈黙が嫌で何か話を広げないとと思って、自分でない何者かを演じなきゃいけないようになってしまうが、それが今日は全くない。相手が彼女だからだろうか、会って直ぐは心のざわつきがあったのに、この短時間で俺は落ち着いているようだ。やはり会って良かったのかもしれない。

前編 終
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