百地くんは愛される

なこ

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第2章 一難去ってまた一難

03.

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 ざわざわと生徒たちの話し声が響く講堂に入り、律と樹に挟まれるように席に座る。すれ違う知り合いと挨拶を交わしながらも、眠気に負けてふわりと欠伸を漏らした。


「じ、じゃあまたお昼に食堂で」
「うん、講堂出たとこ待ち合わせな」


 Sクラスの席に座らなければならない玲太は名残惜しげに微笑み、手を振って去って行く。すると、前の席に座っていた田中が振り返った。


「転入生、どうだった?」


 周囲の生徒達も、興味を引かれたようで此方に注視する。両側からも興味深げな視線が寄越され、俺は思わず苦笑した。そしてここに来るまでの出来事を振り返る。


「ーー








 莇会の会長としても動いている俺は、今回のこの集会の要因である「転入生」をここにいる一般生徒よりも先に見ているのだ。詳しくは転入生を迎えに行く役目を仰せ使った押し付けられた副会長の様子を、風紀委員室にある大量の監視カメラの管理室から映像としてではあるが。副会長を除く生徒会と風紀委員長、親衛隊総隊長と副会長の親衛隊隊長、そして、俺が管理室から転入生の様子を監視し、風紀委員会が副会長の護衛に回るという布陣らしい。
 
 
「来た」


 インカムを付けた龍我さんの声に、画面越しの副会長の顔が強ばる。別の画面には、校門の扉が開き、一大の豪奢な馬車が入ってくる。理事のオーダーメイドなのだろう、貴船先輩が鼻で笑う気配がした。
 馬車は副会長が立つ教員専用の建物(塔のような形をしていて、隔離室付きの保健室もここに入っている)の入口で止まり、馭者にエスコートされるようにして、1人の少年が姿を現した。会計が嫌そうにうへえ、と呟く。資料にあった通りのボサボサのたわしのような頭に、顔半分を覆っている瓶底メガネ。背は170には満たない程だろうか、割と細身でスタイルは悪くない。少年は、悠然と佇む副会長のもとへと階段を上がり、彼の前に立った。隣に立つ副会長の親衛隊隊長の目つきが厳しくなる。


『初めまして。長旅お疲れ様でした。お名前は?』
『……お前の方が名乗るのが筋じゃないか?』

「おいマジかこいつ」


 ニッコリと美しい営業スマイルを浮かべる副会長に、恐るべき生意気な返答をした転入生に思わず驚きを声に出してしまう。……初対面でお前ってやばくないか。隣からの殺気がえげつない。相手が会計や龍我さんであったらその場でD行きになる所だっただろうから、副会長で良かったな。俺は思わず総隊長と共に合掌した。
 ピクリと眉を動かした副会長は、しかし笑みを崩すことはない。完璧な表情管理である。しかし、転入生をエスコートする馭者の顔はまるで死人のようである。


『ーー成程。私は高等部2年S組麗蘭学園生徒会副会長、神楽 紬かぐら つむぎと申します。これから貴方の案内役を任されています』
『……ふぅん。俺は天宮 正義あまみや せいぎだ!よろしくな』

「百地くん、僕嫌いです」
「うん、俺も嫌いです既に」
「うるせぇぞ」


 どうやら敬語という言葉を知らないらしい転入生を見つめ、隊長と囁き合う。振り返った龍我さんに睨まれたので目を逸らし、姿勢を正す。
 理事長室が近付くにつれ徐々にこめかみに青筋を浮かべ始める副会長に、此方がハラハラしてしまう。しかし俺たちとは反対に、龍我さん達生徒会や貴船先輩は物凄く楽しそうである。他人の不幸は蜜の味、と言うやつだろう。
 それにしても、転入生の常識のなさは相当なものだ。まず敬語がない。それに先輩である副会長優先する事など全く考えていない立ち振る舞い。今後の学生生活で莇会が支援をする期間は恐らく短くなることだろう。理事長はに厳しいから、理事長に挨拶を終えた段階でDに行っている可能性すらある。

 理事長室の扉の前に立ち、副会長が微笑んだ。


『私はここまでです。理事長に御挨拶を済ませてからは、理事長の支持通りに講堂まで向かって下さい』
『おう、ありがとな』
『では、私はこれでーー』
『あんた、その気持ち悪い作り笑い、やめた方がいいぞ』

「あわわーあのこふくかいちょーの地雷踏んだ」

『は?』
『だから、その偽物の笑い。折角綺麗な顔してるんだから、もっと自然に笑えよな!』


 そう言って、呆然と固まる副会長を放って中へと入っていく転入生は何処か誇らしげな雰囲気を漂わせていた。言ってやったぞとでも言いたげな顔である。しかし反対に、副会長はその綺麗な顔を真っ青にしている。俺は隣の隊長が既に端末で制裁の連絡をしているのをちらりと横目で確認し、ため息をついた。ーー予想を遥かに超える「問題児」がやってきたようだ。
 龍我さんは頭を抱えて深く息を吐き、インカムのスイッチを入れた。


「神楽」
『会長、彼、頭がおかしいようなんです。私の顔を見て気持ち悪いって……審美眼が狂ってしまってるから、あんな格好してるんですね……』
「……そうだな」


 会長はもう呆れ返って言葉も出ない様子である。顔を貶されたから青ざめているのではなく、自分の美貌を理解できない相手の目を哀れんでいる副会長。いつも通りの自信家っぷりで何よりだ。









「あたおか……ってなんだ?」


 樹が首を傾げる。頭がおかしいってこと、と呟く俺に返答しようとして、しかし二の句を継ぐ前に、集会開始の鐘が鳴る。放送委員会の進行が始まり、理事長が姿を現した。

ーーピピッ、

 ピアス型の通信機が小さく鳴る。俺がピアスにさり気なく触れスイッチを押すと、小さく美しい声が響く。


『ーー後でお茶しないかい』
「……はい」


 引くほど機嫌が悪い。断るだけでクラス落ちさせられるのではないかと思うほど低い声は、理事長室の中で何があったのか簡単に想像できるというものだった。

 理事長に続いて出てきた転入生に、より一層のざわめきが上がる。中には嘲笑や罵声も混じっていてーーおそらくは容姿に関するものだろうがーー非常にうるさい。欠伸を漏らしながら律の肩に頭をのせると、律も俺の頭に頭を乗せてくる。そうそうに飽きてしまったようだ。細かく瞬きをしているが、瞼が開いていない。


「やばいだろ?」
「これは凄いね。生理的に無理だなー俺……ふわぁ……」


 収まりそうにない罵声の嵐に、ため息を吐いた理事長が手を上げようとしたその時だった。
 黙って立ち尽くすだけだった転入生が、進行役の所へとずんずん足を進め、マイクを取り上げたのだ。マイクを奪い取った彼は理事長の通り過ぎ(礼もせずにだ)舞台の中央に立つ。




「うるっせぇええええ!!!!!」




ーーキィイイイイイインンーーーーー



 うるせぇのはお前だよ。
 マイクのスイッチを入れたままの絶叫が、盛大にハウリングして講堂中に響き渡る。無防備に眺めていた俺たちは耳を塞ぐことも出来ず、劈くような音をもろに受けてしまった。鼓膜が破れそうになる痛みにそこらじゅうから呻き声と悲鳴が上がる中、転入生はもう一度口を開いた。今度こそ全員耳を塞ぐ。


「容姿で人を判断するなんて最低な奴らしか居ないのか?ここは。それに、従者制度とか親衛隊とか意味わかんねぇ!みんな同じ人間なのに差別するなんておかしいだろ!」


 突然わんわんと持論を展開し出す転入生に、皆口をあんぐり開けている。そして、その視線は徐々に転入生から理事長へ。転入生の斜め後ろにたっている理事長は既に顔色を真っ白にしている。つまり怒りを通り越して呆れかえってしまっている。
 別に、転入生の言い分は間違っていない。むしろ正しいことを言っているのだろう。しかし、郷に入りては郷に従えという諺があるように、ここにはここの「法律」が存在する。ーー俺はそれを誰よりも知っている。
 
 その後も只管中身のない持論を繰り広げていく転入生を呆れた目で眺める。既に生徒たちは別々に雑談を始めたり、端末でゲームをしだしたりと転入生紹介の時間は自由時間へと変貌している。律も俺の頭に頭を乗せたまま眠ってしまったため、そろそろ首が痛い。
 話を聞けよ!と絶叫している転入生。大あくびしながらそれを見つめていると、転入生がこちらを見たーー気がした。……気の所為だろうか。


「俺は、この学園を正常にしてみせる!従者制度の廃止、親衛隊の廃止だ!」

「……おいおい、冗談は顔だけにしとけよ」
「統真、口が悪いぞ」


 転入生の叫びに、今度こそ講堂が静まり返る。なにせ、彼がした事は理事長への宣戦布告だ。 もし従者精度が廃止されれば学園を根幹から帰る革命になる。そして親衛隊を廃止すれば、顔がいい生徒を守る制度というのがなくなり無法地帯と化してしまう。皆が大切な者を守る為に創り上げてきた組織を廃止されては困るのだ。

 しかし、何処からか歓声が上がる。それは徐々に大きくなり、いつしか講堂を沸き立たせるような声となった。ーーDクラスの生徒達だ。確かに彼らにとっては転入生は突然現れた救世主なのだろう。まだ廃止されていないのに喜んでいては、後でどんな目に遭うかわかっていないのだろうか。馬鹿の掃き溜めか?
 1番前に座る龍我さんはすっかり頭を抱えてしまっている。……本当に可哀想になってきた。いや、俺も可哀想だ。この後俺は怒り心頭の理事長とお茶をするんだぞ。


「……荒れるな」
「関わりたくねぇー……」


 樹が心配そうに手を握ってくる。俺も、その手を強く握り返した。ついでに端末を操作し、友人枠の3人に『積極的に関わらず傍観に徹するように』という旨のメールを送っていく。彼らを関わらせては、彼ら自身の身の安全が保証できなくなってしまう。悪いが、転入生よりも莇会の友人達の方が俺にとっては大切なのだ。了承と感謝が綯い交ぜになった返信を見つめ、ひっそりと息を吐いた。





 しかし、彼の声、どこかで聞いた事があるような。


ーー気のせいか。
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