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6 無垢なる者
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――ああ。夢を見ている、とロザリーは思った。だってわたしは、オフィーリアではないんだもの。
「どうしたんだい?」
庭で仲睦まじく歩くアルフォンスと公爵令嬢の姿を見て、咄嗟に茂みに隠れたオフィーリアにそう声を掛けたのは、一人の男だった。慌ててオフィーリアは立ち上がり、スカートの端を持ち上げ深く頭を下げる。
「ジルヴァ様」
名を聞いて、ロザリーは思い出した。
(そうだわ、この方はジルヴァ様……)
ジルヴァというのは、アルフォンスの叔父に当たり、魔術の才能と人望に恵まれ、オフィーリアが知る限り、次期王として最も推されていた人物だった。それに叔父と言っても、アルフォンスとジルヴァは五つほどしか変わらなかった。若く逞しく、美しい王族だ。
アルフォンスに雰囲気は似ているが、陰りのある彼に比べ、シルヴァには常に明るい空気を纏っていた。今もオフィーリアを心配して声をかけたに違いない。
「座り込んで、体調でも悪いのかい」
誤魔化さなくては、と思った時には既にジルヴァの目線はアルフォンスに向けられていた。ジルヴァは僅かに表情を険しくさせる。
「――彼は仕方のない男だね。婚約者はあなただというのに、未練がましくも……」
オフィーリアの心は重くなる。誰が見ても、アルフォンスの心はあの令嬢にあるというのが明らかなのだ。言葉の先を言わなかったのは、ジルヴァの温情だろうか。
「アルフォンスは幼い恋心を、未だ引きずっているのだろうな」
聞いたオフィーリアも、再び二人を盗み見た。声を掛けることさえ憚られるほど絵になる美しい二人。
王家の人間関係は複雑で、唯一の王の子であるアルフォンスは度々政敵に命を狙われており、幼少期には遠い地に隔離されていたと聞いたことがある。噂によると、それが公爵家の領地であったらしい。
ジルヴァはオフィーリアに向き直ると片腕を差し出し朗らかに言う。
「気晴らしに私と歩こう、オフィーリア。またあなたの話を聞きたいんだ。あなたの話は、とても興味深いから」
誘われるがまま、オフィーリアはジルヴァの腕に手を重ね、ゆっくりと歩き始めた。
故人を見てロザリーは思った。
(ジルヴァ様はアルフォンス様が殺してしまったのではないかという噂だわ)
それはオフィーリアではなくロザリーとして知っていることであるから、この記憶よりも未来の出来事だ。この記憶の頃の叔父甥の仲は悪くはなかったはずで、二人の間にいかなる亀裂が走ったのか、ロザリーには知る由もない。
(亀裂も何もなくて、アルフォンス様が王になりたくて、ジルヴァ様を邪魔に思っただけかもしれないわ。いいえそもそも、アルフォンス様が殺したなんて噂話なんだもの――)
事実ではない可能性だってある。
王侯貴族は、往々にして根も葉もない噂話になりやすいのだから。
庭の池の周りを連れ立って歩きながら、オフィーリアはぽつりぽつりと話し始めた。時折オフィーリアは、こうしてジルヴァに自国のことを語っていた。彼はとても楽しげにオフィーリアの話を聞いてくれたものだ。それが孤独な心には大きな慰めになっていた。
池の水面は数匹浮かぶ水鳥も、庭の花も、草木も、休憩のための東屋も、歩くオフィーリアとジルヴァの姿も、揺らめきながら映し取る。
「それで、母はその少年に花を――」
そこまで話したところで、ジルヴァは足を止めた。一歩遅れてオフィーリアも立ち止まり、不思議に思って彼を見上げる。樫の木の陰になる場所で、周囲から二人の姿は見えないだろう角度だった。
逆光で、ジルヴァの表情は読み取りにくい。陽光が眩しくてオフィーリアは目を細めた。直後だった。
オフィーリアの唇を、ジルヴァの唇が塞ぐ。
ロザリーは衝撃を受けた。
(なに、なにをしているの。だめよ!)
どう考えても不貞行為だ。だがオフィーリアは抵抗もしない。顔を離して、ジルヴァは笑う。
「オフィーリア、あなたはとても可愛らしい人だ」
ぼうっと、オフィーリアはジルヴァを見つめていた。世界にはまるで彼だけが存在しているかのように思えた。この人だけが味方なのだと、心の底からそう思っていた。
「次はあなたから、口づけをしてくれないか」
言われるがまま、オフィーリアは彼に口づけをした。彼の首に手を回し、長く長く、唇を重ねる。まるで愛おしい恋人に捧げるように。
「今晩もまた部屋においで」
「はい」
オフィーリアは素直に頷いた。ロザリーはくらくらとする。
(わたしは、何を見ているの? 裏切っていたのは……オフィーリアの、方……?)
実際にこんな形で逢瀬を重ねているなんて、アルフォンスと公爵令嬢の何倍も、たちの悪いことじゃないか。吐き気を覚えるが、夢はまだ覚めてはくれない。
オフィーリアの記憶がロザリーに重なりつつあった。夜、昼、朝―― アルフォンスの目を盗みオフィーリアとジルヴァはこうして会っているのだ。だが、それにも限界というものがある。
ある朝のことだ。
オフィーリアがジルヴァの部屋から自室に戻ろうと扉を開けたその瞬間、なだれ込むように部屋に入って来たのは、アルフォンスだった。
部屋の外で控えていたジルヴァの側近を振り払いながら、額に汗を滲ませ、目の前の現実が信じ難いとでも言いたげに目を見張る。このような早朝に、かような密室に、叔父と、婚約者の姿。それだけで、アルフォンスは昨晩のうちに何が起きたのか悟ったらしい。
「何をしているんだ!」
激しい怒りの炎が、アルフォンスを取り巻いていた。ジルヴァは飄々と答えてみせた。
「何もしてはいないよ。ただ話を聞いていただけさ」
オフィーリアは立ち尽くしていた。繰り広げられている光景は、どこか遠くから二人を見ているようで、まるで現実味を帯びていなかった。
アルフォンスは、悲しげな瞳をオフィーリアに向ける。
「一体いつから、あなたと、叔父は……」
初めて、微かにオフィーリアの心が揺れた。アルフォンスの瞳は、信じていた者に裏切られた人間が浮かべるものと相違なかったからだ。
けれどもオフィーリアは言った。
「わたくしは、ジルヴァ様を愛しています」
オフィーリアは凍てつくほどの無感情な声でアルフォンスにはっきりとそう言ったのだ。
口が勝手に、動いたようにも感じる。アルフォンスの表情が絶望に染まった。
「だがアルフォンス、お前が言えた立場なのか?」
例の公爵令嬢とのことを言っているのだと、オフィーリアは思った。アルフォンスはジルヴァを睨みつける。
「それはどういう意味です?」
「さあ、自分の胸に聞いてみたまえよ」
言われたアルフォンスは両手を握りしめ、感情を押し殺すかのようにジルヴァに言った。
「叔父上、お話があります」
それから、オフィーリアに目も向けることなく声をかける。
「オフィーリア、あなたは部屋に行っていなさい」
それでもオフィーリアは動けなかった。心のどこかで、何か違和感があるように思えてならなかった。だがその違和感を確かめる前に、アルフォンスの声が再び部屋に響く。
「オフィーリア! 部屋に行っていろ……!」
オフィーリアの体はびくりと震える。アルフォンスがここまで怒りを露わにした姿を初めて見た。だがオフィーリアが部屋に戻ることはなかった。
そこまで言ったアルフォンスが、唐突に壁に手を付いたからだ。突然自立する力を失ったかのように、足から力が抜けたようにも見えた。
次には片手で口を抑えたかと思うと激しく咳き込み、そうして大量の血を吐いた。
ジルヴァの側近達が、さすがに狼狽えアルフォンスの体を支える。一方で主人のジルヴァは冷静にそれを観察しているだけだった。
オフィーリアはというと、口から赤い鮮血を吹き出したアルフォンスを見てはっと我に返った。まるで長い悪夢から、たった今、ようやく目覚めたような心地で。
「アルフォンス様?」
弾かれたように、彼の側に寄り、肩を支える。だがそれを、強い力で振り払われた。
「触るな……!」
それは彼が示した初めての明確な拒絶だった。当たり前のことだ。オフィーリアは彼を裏切っていたのだから。
見る間にアルフォンスの顔から血の気が引いていき、遂には目を閉じ、その場に倒れ込んだ。彼の顔からは生気が消え失せ、死者のようにぐったりとする。
それでもオフィーリアは、彼の名を呼ぶことをやめられなかった。
場面が変わる。
夜になっていた。
アルフォンスの容態は良くないとのことだ。脈も呼吸も弱くなり、今にも死に向かっているのだと、廊下を忙しなく行き交う使用人達が密やかに会話を交わすのを聞いた。
オフィーリアは、ナイフを握りしめる。
「今のうちに、殺さなくては……」
オフィーリアはそればかりを繰り返す。
「殺さなくては……。わたくしが、わたくしの手で……」
愛する人を守るために。オフィーリアの頭を占めるのは、そのことばかりだった。
記憶を辿っていたロザリーは恐ろしくなった。
(オフィーリア姫は、アルフォンス様を殺そうとしていたの!?)
オフィーリアとジルヴァは人の道理を外れた恋に落ち、邪魔になったアルフォンスを殺そうとして、返り討ちにあった――。
そんな三文芝居めいた筋書きが、ロザリーの脳裏に浮かんだ。
(彼女は事故死とされていて、ジルヴァという人が亡くなったのは、確かそれから間もなくだったはずよ。辻褄は、合う……)
だとしたらこの夢を見せて、オフィーリアはそれをロザリーに伝えようとしているのか。あるいはやはりこの夢自体、ロザリーの妄想なのだろうか。
ふいに悲しげな、女の声が頭に響いた。
――思い出すのよロザリー。
それは間違いなく、過去の自分、オフィーリア姫の声だった。
――また死んでしまう前に。今度こそ――……。
彼女の声は、悲痛に告げた。
――。
――――。
――――――。
「どうしたんだい?」
庭で仲睦まじく歩くアルフォンスと公爵令嬢の姿を見て、咄嗟に茂みに隠れたオフィーリアにそう声を掛けたのは、一人の男だった。慌ててオフィーリアは立ち上がり、スカートの端を持ち上げ深く頭を下げる。
「ジルヴァ様」
名を聞いて、ロザリーは思い出した。
(そうだわ、この方はジルヴァ様……)
ジルヴァというのは、アルフォンスの叔父に当たり、魔術の才能と人望に恵まれ、オフィーリアが知る限り、次期王として最も推されていた人物だった。それに叔父と言っても、アルフォンスとジルヴァは五つほどしか変わらなかった。若く逞しく、美しい王族だ。
アルフォンスに雰囲気は似ているが、陰りのある彼に比べ、シルヴァには常に明るい空気を纏っていた。今もオフィーリアを心配して声をかけたに違いない。
「座り込んで、体調でも悪いのかい」
誤魔化さなくては、と思った時には既にジルヴァの目線はアルフォンスに向けられていた。ジルヴァは僅かに表情を険しくさせる。
「――彼は仕方のない男だね。婚約者はあなただというのに、未練がましくも……」
オフィーリアの心は重くなる。誰が見ても、アルフォンスの心はあの令嬢にあるというのが明らかなのだ。言葉の先を言わなかったのは、ジルヴァの温情だろうか。
「アルフォンスは幼い恋心を、未だ引きずっているのだろうな」
聞いたオフィーリアも、再び二人を盗み見た。声を掛けることさえ憚られるほど絵になる美しい二人。
王家の人間関係は複雑で、唯一の王の子であるアルフォンスは度々政敵に命を狙われており、幼少期には遠い地に隔離されていたと聞いたことがある。噂によると、それが公爵家の領地であったらしい。
ジルヴァはオフィーリアに向き直ると片腕を差し出し朗らかに言う。
「気晴らしに私と歩こう、オフィーリア。またあなたの話を聞きたいんだ。あなたの話は、とても興味深いから」
誘われるがまま、オフィーリアはジルヴァの腕に手を重ね、ゆっくりと歩き始めた。
故人を見てロザリーは思った。
(ジルヴァ様はアルフォンス様が殺してしまったのではないかという噂だわ)
それはオフィーリアではなくロザリーとして知っていることであるから、この記憶よりも未来の出来事だ。この記憶の頃の叔父甥の仲は悪くはなかったはずで、二人の間にいかなる亀裂が走ったのか、ロザリーには知る由もない。
(亀裂も何もなくて、アルフォンス様が王になりたくて、ジルヴァ様を邪魔に思っただけかもしれないわ。いいえそもそも、アルフォンス様が殺したなんて噂話なんだもの――)
事実ではない可能性だってある。
王侯貴族は、往々にして根も葉もない噂話になりやすいのだから。
庭の池の周りを連れ立って歩きながら、オフィーリアはぽつりぽつりと話し始めた。時折オフィーリアは、こうしてジルヴァに自国のことを語っていた。彼はとても楽しげにオフィーリアの話を聞いてくれたものだ。それが孤独な心には大きな慰めになっていた。
池の水面は数匹浮かぶ水鳥も、庭の花も、草木も、休憩のための東屋も、歩くオフィーリアとジルヴァの姿も、揺らめきながら映し取る。
「それで、母はその少年に花を――」
そこまで話したところで、ジルヴァは足を止めた。一歩遅れてオフィーリアも立ち止まり、不思議に思って彼を見上げる。樫の木の陰になる場所で、周囲から二人の姿は見えないだろう角度だった。
逆光で、ジルヴァの表情は読み取りにくい。陽光が眩しくてオフィーリアは目を細めた。直後だった。
オフィーリアの唇を、ジルヴァの唇が塞ぐ。
ロザリーは衝撃を受けた。
(なに、なにをしているの。だめよ!)
どう考えても不貞行為だ。だがオフィーリアは抵抗もしない。顔を離して、ジルヴァは笑う。
「オフィーリア、あなたはとても可愛らしい人だ」
ぼうっと、オフィーリアはジルヴァを見つめていた。世界にはまるで彼だけが存在しているかのように思えた。この人だけが味方なのだと、心の底からそう思っていた。
「次はあなたから、口づけをしてくれないか」
言われるがまま、オフィーリアは彼に口づけをした。彼の首に手を回し、長く長く、唇を重ねる。まるで愛おしい恋人に捧げるように。
「今晩もまた部屋においで」
「はい」
オフィーリアは素直に頷いた。ロザリーはくらくらとする。
(わたしは、何を見ているの? 裏切っていたのは……オフィーリアの、方……?)
実際にこんな形で逢瀬を重ねているなんて、アルフォンスと公爵令嬢の何倍も、たちの悪いことじゃないか。吐き気を覚えるが、夢はまだ覚めてはくれない。
オフィーリアの記憶がロザリーに重なりつつあった。夜、昼、朝―― アルフォンスの目を盗みオフィーリアとジルヴァはこうして会っているのだ。だが、それにも限界というものがある。
ある朝のことだ。
オフィーリアがジルヴァの部屋から自室に戻ろうと扉を開けたその瞬間、なだれ込むように部屋に入って来たのは、アルフォンスだった。
部屋の外で控えていたジルヴァの側近を振り払いながら、額に汗を滲ませ、目の前の現実が信じ難いとでも言いたげに目を見張る。このような早朝に、かような密室に、叔父と、婚約者の姿。それだけで、アルフォンスは昨晩のうちに何が起きたのか悟ったらしい。
「何をしているんだ!」
激しい怒りの炎が、アルフォンスを取り巻いていた。ジルヴァは飄々と答えてみせた。
「何もしてはいないよ。ただ話を聞いていただけさ」
オフィーリアは立ち尽くしていた。繰り広げられている光景は、どこか遠くから二人を見ているようで、まるで現実味を帯びていなかった。
アルフォンスは、悲しげな瞳をオフィーリアに向ける。
「一体いつから、あなたと、叔父は……」
初めて、微かにオフィーリアの心が揺れた。アルフォンスの瞳は、信じていた者に裏切られた人間が浮かべるものと相違なかったからだ。
けれどもオフィーリアは言った。
「わたくしは、ジルヴァ様を愛しています」
オフィーリアは凍てつくほどの無感情な声でアルフォンスにはっきりとそう言ったのだ。
口が勝手に、動いたようにも感じる。アルフォンスの表情が絶望に染まった。
「だがアルフォンス、お前が言えた立場なのか?」
例の公爵令嬢とのことを言っているのだと、オフィーリアは思った。アルフォンスはジルヴァを睨みつける。
「それはどういう意味です?」
「さあ、自分の胸に聞いてみたまえよ」
言われたアルフォンスは両手を握りしめ、感情を押し殺すかのようにジルヴァに言った。
「叔父上、お話があります」
それから、オフィーリアに目も向けることなく声をかける。
「オフィーリア、あなたは部屋に行っていなさい」
それでもオフィーリアは動けなかった。心のどこかで、何か違和感があるように思えてならなかった。だがその違和感を確かめる前に、アルフォンスの声が再び部屋に響く。
「オフィーリア! 部屋に行っていろ……!」
オフィーリアの体はびくりと震える。アルフォンスがここまで怒りを露わにした姿を初めて見た。だがオフィーリアが部屋に戻ることはなかった。
そこまで言ったアルフォンスが、唐突に壁に手を付いたからだ。突然自立する力を失ったかのように、足から力が抜けたようにも見えた。
次には片手で口を抑えたかと思うと激しく咳き込み、そうして大量の血を吐いた。
ジルヴァの側近達が、さすがに狼狽えアルフォンスの体を支える。一方で主人のジルヴァは冷静にそれを観察しているだけだった。
オフィーリアはというと、口から赤い鮮血を吹き出したアルフォンスを見てはっと我に返った。まるで長い悪夢から、たった今、ようやく目覚めたような心地で。
「アルフォンス様?」
弾かれたように、彼の側に寄り、肩を支える。だがそれを、強い力で振り払われた。
「触るな……!」
それは彼が示した初めての明確な拒絶だった。当たり前のことだ。オフィーリアは彼を裏切っていたのだから。
見る間にアルフォンスの顔から血の気が引いていき、遂には目を閉じ、その場に倒れ込んだ。彼の顔からは生気が消え失せ、死者のようにぐったりとする。
それでもオフィーリアは、彼の名を呼ぶことをやめられなかった。
場面が変わる。
夜になっていた。
アルフォンスの容態は良くないとのことだ。脈も呼吸も弱くなり、今にも死に向かっているのだと、廊下を忙しなく行き交う使用人達が密やかに会話を交わすのを聞いた。
オフィーリアは、ナイフを握りしめる。
「今のうちに、殺さなくては……」
オフィーリアはそればかりを繰り返す。
「殺さなくては……。わたくしが、わたくしの手で……」
愛する人を守るために。オフィーリアの頭を占めるのは、そのことばかりだった。
記憶を辿っていたロザリーは恐ろしくなった。
(オフィーリア姫は、アルフォンス様を殺そうとしていたの!?)
オフィーリアとジルヴァは人の道理を外れた恋に落ち、邪魔になったアルフォンスを殺そうとして、返り討ちにあった――。
そんな三文芝居めいた筋書きが、ロザリーの脳裏に浮かんだ。
(彼女は事故死とされていて、ジルヴァという人が亡くなったのは、確かそれから間もなくだったはずよ。辻褄は、合う……)
だとしたらこの夢を見せて、オフィーリアはそれをロザリーに伝えようとしているのか。あるいはやはりこの夢自体、ロザリーの妄想なのだろうか。
ふいに悲しげな、女の声が頭に響いた。
――思い出すのよロザリー。
それは間違いなく、過去の自分、オフィーリア姫の声だった。
――また死んでしまう前に。今度こそ――……。
彼女の声は、悲痛に告げた。
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