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18 命の代償
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「セオの存在は以前から知っていた。ジルヴァの死後、同じことを二度と繰り返してはならないと、幼い彼を、彼の母ごと私の手元に引き取った。伝統など所詮伝統でしかないのだから、無視して私の後継者として彼を育てるつもりだった。だが彼の母は自身が異国の出身であるからと、セオを王の子として公表することを拒んだのだ。
だから彼とは今日まで、ごく一部を除いては兄弟であるという関係を隠してきた。だが私は彼にこそ王の座が相応しいと今でも考えている。あれほど人格と才能に恵まれた者もいるまい」
ロザリーはまた納得した心地になった。アルフォンスが結婚相手を探す舞踏会に乗り気ではなかったのは、既に後継者を腹の内で決めていたからだ。
「君を舞踏会の招待客に入れたのはセオだった。彼の中にいたジルヴァが君を招待したのだろう。彼は君がオフィーリアの生まれ変わりだと気がついていたようだ。だから私と引き合わせようとした」
「どうしてそんなことを?」
ロザリーは困惑した。結果としてオフィーリアの記憶が戻ったが、自分とアルフォンスを引き合わせることに、ジルヴァはいかなる意味を見出していたというのだろうか。
「さあな。私を再び君に恋をさせ、また君に呪詛の魔術をかけ、私を殺させるつもりだったのかもしれない。あるいは君を殺し、私を再び絶望させたかったのか――真相は分からないが、いずれにせよ碌な考えではないだろう」
――単純に、嫌いなんだよ。
そう言い放ったジルヴァの声を思い出す。ロザリーはそこに、救いようのない闇を見た。
「わたしは、アルフォンス様はオフィーリアを憎んでいるんだと思っていました。オフィーリアがあなたにとっての弱点だなんて、少しも思わなかった。だって、わたしがジルヴァと関係していたと、あなたは思っていたでしょう?」
ロザリーは無意識に、オフィーリアのことを自分のことのように話していた。白薔薇庭園の魔力が、そうさせているようにも感じる。ここにいるとかつての自分と今の自分の境界は曖昧になっていくようだ。
「オフィーリアは潔白だった」
言ってから、アルフォンスは耐え難いとでも言うように目を閉じた。
「私は彼女を憎み、責めた。彼女の自害を知っても、順当だろうと思う心が無かったとは言えない。彼女がジルヴァの策略の贄にされていたということを、知ったのは彼の死後だった。
私が彼女を死に追いやったのだ。私が彼女を追い詰めた。彼女は自らの呪いを消すために、死んだ。私を生きながらえさせるためだけに、彼女が死ぬ必要などなかったというのに……! 私が……私こそが、殺人者だった……!」
アルフォンスの顔は蒼白で、表情には苦悶が浮かんでいた。怒りに耐えるように彼の体が震えていたため、ロザリーは必死に抱きしめた。
「ごめんなさい――! もういい。もういいの。あなたを苦しめたかったわけじゃない!」
徐々にアルフォンスの震えが収まっていく。
アルフォンスはゆっくりと体を離し、ロザリーを見て夢から覚めたような表情になった。まるで今まで隣にいたのがオフィーリアだとでも思っていたように。そうして、そうではないと気がついて、失望をしたかのようにも見えた。
彼の体に触れていた手を、ロザリーは離した。
吸い込まれそうなほど美しい瞳をロザリーに向けながら、アルフォンスは言う。
「オフィーリアを愛していた。心から、彼女を愛していたんだ」
それは、彼の愛と懺悔の告白だった。
「結婚相手に誰が欲しいかと父に尋ねられた時、私はオフィーリアを望んだ。幼い頃に、出会っていたから」
アルフォンスが幼い頃に過ごした地は公爵家領地ではなく、側にいた人は公爵家令嬢ではなかった。
(やっぱり、アルフォンス様も覚えていらしたんだわ)
夫から見放され、後ろ盾を求めていたオフィーリアの母は異国の王子を引き取り、手元に置いていた。名も知らないまま、オフィーリアは彼に恋をした。庭に咲く白い薔薇を母と共に選んでは、彼に届けに行ったのだ。
アルフォンスが再び歩き始めたため、ロザリーもそれに従った。
もう腕は組んでいないから、ただ、彼の隣を歩いた。
「オフィーリアの国との結婚の話が持ち上がった時、妻にするのならば彼女しかいないと考えた。孤独だった私に寄り添い、心を慰めてくれた、可憐で可愛い少女――温もりをくれた人だったから。幼い私は、当然のように彼女に恋をしていたんだ。
だがそれを、彼女に伝えることはなかった。当時、両国は和平を結んでいたとはいえ、不安定な立場におかれていて、かつて私が敵国に匿われていたことは、たとえ婚約者であっても伝えてはならないと考えていた」
言っていたら変わっていただろうか。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
「わたしも、あなたがあの男の子だということに気がついていました。だって大好きだったから。名前も知らなかったのにおかしな話ですけど、いつも彼のことを思い返しては、つらい日々を生き抜いていました。だから陛下が気に病むことではありません。わたしの方からだって、その思い出を話すことはできたはずです。でも、どうしてもそんなことを口には出せなかった。
だって。わたしは――……オフィーリアは、陛下が別の方に恋をしていると思っていました。そういう風に言ってくる人もいたし」
だが王子の婚約者にわざわざそのようなことを、本当に言う人間がいたのだろうか?
それもジルヴァがオフィーリアの心を操り見せた幻想かもしれない。いずれにせよ過去の話だった。
アルフォンスの瞳に再び影が差す。
「私は当時、公爵家の陰謀を暴くのに夢中になっていた。私と公爵家のあの娘との婚約も、公爵家に仕組まれたものだとは感じていた。王家に入り込み、ますます蜜を吸うつもりではないのかと――。だから婚約を解消した後も彼女を足がかりに公爵家に近づこうと思っていたんだ。だが今思えば、それもジルヴァの罠であったのかもしれない」
アルフォンスとオフィーリアを遠ざけ、彼女を手中に収めようとしていた。アルフォンスを憎むジルヴァにとっては、オフィーリアに仕込まれた呪いはさぞかし魅力的だっただろう。
「……若く愚かな私は、まんまとあの男の術中に嵌ってしまっていた」
「あの人は、結局何をしたのでしょうか。アルフォンス様は、もう全てご存知なのですか?」
「あの男は、私を呪っていたオフィーリアの魂を逃してはならないと、彼女の魂を即座転生させるために、自らの命を対価として、ロザリー・ベルトレードの中に送り込んだ。そうして自らの魂を、ある肉体の中に埋め込んだ」
「セオさんの?」
いいや、とアルフォンスは否定した。
「セオではない。その頃はまだ、弟は宮廷にはいなかったから」
じゃあ、誰の――。
そう問いかけようとした時、アルフォンスが足を止めたことに気がついて、ロザリーも遅れて立ち止まる。
いつの間にか庭を一周したらしい。アルフォンスの視線は、ぽかりと空いた大きな穴に向けられていた。
「そこに彼女の墓があった」
ロザリーははっとしてそこを見た。棺が収まりそうなほどの穴だ、と思ったことは間違いではなかったのだ。
あそこに自分自身の棺があったなど、奇妙な話に思えた。棺の中に収まるオフィーリアの遺体を想像しようとしたが、上手くいかない。
アルフォンスは続ける。
「遺体を、この庭から別地へ移すつもりだったんだ。私もそこへ一緒に行き、ひっそりと暮らそうと考えていた。王の座はセオに譲るつもりだった。
棺を開こうと言い出したのはセオだった。棺を新たに作り直した方がオフィーリアの魂も休まるだろうと。提案には賛成したが、私は彼女の遺体を見なかった。直視することが恐ろしかったんだ。
思えばその時にセオはもう、ジルヴァに魅了されていたのだろうな――ジルヴァの魂は、オフィーリアの遺体の中に隠れていた。だから棺を開かせたのだろう。あの男はセオの中に入り込んだ」
聞きながら、ロザリーも穴を見続けた。深く暗く、塞がれることもせずに、ただ放置されているその穴を。
「私は気づかなかった。愛する人が死後も汚辱され続けていることにはまるで無知で、彼女は現世の憂いから解放されて、この薔薇園で安らかに眠っているのだと、信じて疑ってはいなかった」
瞬間、アルフォンスの体に、怒りが走ったように見えた。ロザリーは穴から目を逸らし、アルフォンスを見た。
「許しがたいのは、私自身の愚かさだ。何も知らずに、自分を憐れんでいただけだった。だからジルヴァのことも、セオのことも――そうして君のことに対しても、一手、常に遅れていた」
アルフォンスは怒っていた。怒りは、自分自身に向けられたもののように思えた。
十七年間、彼は自分を憎み続け、そうしてオフィーリアがロザリーとして現れた今も、許せず煉獄の中に囚われている。こんな調子で自分を罰し続けたら、いつか彼は怒りの炎に焼き尽くされてしまうのではないか――? そう思った時、ロザリーは気がついた。
さきほど浮かびかけた疑問が、明瞭に現れる。
「あの、アルフォンス様。……魔術には……反魂の魔術には、対価が、必要でしょう?」
命には命を――そういう風に、あの本に書いてあったように思う。実際にジルヴァは自らの命を対価にオフィーリアを転生させたのだし、セオは自らの命を断つことでロザリーを助けた。
だとしたら、ジルヴァを道連れにして死んだセオが、生きているのはおかしい。もちろん彼の生存は嬉しいが、それとはまた別の話だ。
ふいに空気が冷気を孕んだかのように思えた。
強大な魔法には対価が必要だ。
ロザリーを救うためにセオが命を落とした。
だがセオは生きている。
それはおかしなことだ。
命が一つ、足りないのではないか?
その事実に気がついた瞬間、ロザリーは信じ難い思いでアルフォンスを見た。
「アルフォンス様、まさか。まさかあなたも、魔術を使ったのではないのですか?」
穴の底を、遂に覗き込んでしまったような気がした。覗いた先は、光の届かぬ闇だった。
なんてことはないように、アルフォンスは頷いた。
「セオのやり方を見ていたから、やり方は理解した。あの時、君の魂は風前の灯で、ほとんど消えかけていたが、それでも微かに生きてはいた」
「対価は――わたしの命の対価は、本当はなんだったんですか!」
愕然としながら、ロザリーは問いかけた。
だから彼とは今日まで、ごく一部を除いては兄弟であるという関係を隠してきた。だが私は彼にこそ王の座が相応しいと今でも考えている。あれほど人格と才能に恵まれた者もいるまい」
ロザリーはまた納得した心地になった。アルフォンスが結婚相手を探す舞踏会に乗り気ではなかったのは、既に後継者を腹の内で決めていたからだ。
「君を舞踏会の招待客に入れたのはセオだった。彼の中にいたジルヴァが君を招待したのだろう。彼は君がオフィーリアの生まれ変わりだと気がついていたようだ。だから私と引き合わせようとした」
「どうしてそんなことを?」
ロザリーは困惑した。結果としてオフィーリアの記憶が戻ったが、自分とアルフォンスを引き合わせることに、ジルヴァはいかなる意味を見出していたというのだろうか。
「さあな。私を再び君に恋をさせ、また君に呪詛の魔術をかけ、私を殺させるつもりだったのかもしれない。あるいは君を殺し、私を再び絶望させたかったのか――真相は分からないが、いずれにせよ碌な考えではないだろう」
――単純に、嫌いなんだよ。
そう言い放ったジルヴァの声を思い出す。ロザリーはそこに、救いようのない闇を見た。
「わたしは、アルフォンス様はオフィーリアを憎んでいるんだと思っていました。オフィーリアがあなたにとっての弱点だなんて、少しも思わなかった。だって、わたしがジルヴァと関係していたと、あなたは思っていたでしょう?」
ロザリーは無意識に、オフィーリアのことを自分のことのように話していた。白薔薇庭園の魔力が、そうさせているようにも感じる。ここにいるとかつての自分と今の自分の境界は曖昧になっていくようだ。
「オフィーリアは潔白だった」
言ってから、アルフォンスは耐え難いとでも言うように目を閉じた。
「私は彼女を憎み、責めた。彼女の自害を知っても、順当だろうと思う心が無かったとは言えない。彼女がジルヴァの策略の贄にされていたということを、知ったのは彼の死後だった。
私が彼女を死に追いやったのだ。私が彼女を追い詰めた。彼女は自らの呪いを消すために、死んだ。私を生きながらえさせるためだけに、彼女が死ぬ必要などなかったというのに……! 私が……私こそが、殺人者だった……!」
アルフォンスの顔は蒼白で、表情には苦悶が浮かんでいた。怒りに耐えるように彼の体が震えていたため、ロザリーは必死に抱きしめた。
「ごめんなさい――! もういい。もういいの。あなたを苦しめたかったわけじゃない!」
徐々にアルフォンスの震えが収まっていく。
アルフォンスはゆっくりと体を離し、ロザリーを見て夢から覚めたような表情になった。まるで今まで隣にいたのがオフィーリアだとでも思っていたように。そうして、そうではないと気がついて、失望をしたかのようにも見えた。
彼の体に触れていた手を、ロザリーは離した。
吸い込まれそうなほど美しい瞳をロザリーに向けながら、アルフォンスは言う。
「オフィーリアを愛していた。心から、彼女を愛していたんだ」
それは、彼の愛と懺悔の告白だった。
「結婚相手に誰が欲しいかと父に尋ねられた時、私はオフィーリアを望んだ。幼い頃に、出会っていたから」
アルフォンスが幼い頃に過ごした地は公爵家領地ではなく、側にいた人は公爵家令嬢ではなかった。
(やっぱり、アルフォンス様も覚えていらしたんだわ)
夫から見放され、後ろ盾を求めていたオフィーリアの母は異国の王子を引き取り、手元に置いていた。名も知らないまま、オフィーリアは彼に恋をした。庭に咲く白い薔薇を母と共に選んでは、彼に届けに行ったのだ。
アルフォンスが再び歩き始めたため、ロザリーもそれに従った。
もう腕は組んでいないから、ただ、彼の隣を歩いた。
「オフィーリアの国との結婚の話が持ち上がった時、妻にするのならば彼女しかいないと考えた。孤独だった私に寄り添い、心を慰めてくれた、可憐で可愛い少女――温もりをくれた人だったから。幼い私は、当然のように彼女に恋をしていたんだ。
だがそれを、彼女に伝えることはなかった。当時、両国は和平を結んでいたとはいえ、不安定な立場におかれていて、かつて私が敵国に匿われていたことは、たとえ婚約者であっても伝えてはならないと考えていた」
言っていたら変わっていただろうか。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
「わたしも、あなたがあの男の子だということに気がついていました。だって大好きだったから。名前も知らなかったのにおかしな話ですけど、いつも彼のことを思い返しては、つらい日々を生き抜いていました。だから陛下が気に病むことではありません。わたしの方からだって、その思い出を話すことはできたはずです。でも、どうしてもそんなことを口には出せなかった。
だって。わたしは――……オフィーリアは、陛下が別の方に恋をしていると思っていました。そういう風に言ってくる人もいたし」
だが王子の婚約者にわざわざそのようなことを、本当に言う人間がいたのだろうか?
それもジルヴァがオフィーリアの心を操り見せた幻想かもしれない。いずれにせよ過去の話だった。
アルフォンスの瞳に再び影が差す。
「私は当時、公爵家の陰謀を暴くのに夢中になっていた。私と公爵家のあの娘との婚約も、公爵家に仕組まれたものだとは感じていた。王家に入り込み、ますます蜜を吸うつもりではないのかと――。だから婚約を解消した後も彼女を足がかりに公爵家に近づこうと思っていたんだ。だが今思えば、それもジルヴァの罠であったのかもしれない」
アルフォンスとオフィーリアを遠ざけ、彼女を手中に収めようとしていた。アルフォンスを憎むジルヴァにとっては、オフィーリアに仕込まれた呪いはさぞかし魅力的だっただろう。
「……若く愚かな私は、まんまとあの男の術中に嵌ってしまっていた」
「あの人は、結局何をしたのでしょうか。アルフォンス様は、もう全てご存知なのですか?」
「あの男は、私を呪っていたオフィーリアの魂を逃してはならないと、彼女の魂を即座転生させるために、自らの命を対価として、ロザリー・ベルトレードの中に送り込んだ。そうして自らの魂を、ある肉体の中に埋め込んだ」
「セオさんの?」
いいや、とアルフォンスは否定した。
「セオではない。その頃はまだ、弟は宮廷にはいなかったから」
じゃあ、誰の――。
そう問いかけようとした時、アルフォンスが足を止めたことに気がついて、ロザリーも遅れて立ち止まる。
いつの間にか庭を一周したらしい。アルフォンスの視線は、ぽかりと空いた大きな穴に向けられていた。
「そこに彼女の墓があった」
ロザリーははっとしてそこを見た。棺が収まりそうなほどの穴だ、と思ったことは間違いではなかったのだ。
あそこに自分自身の棺があったなど、奇妙な話に思えた。棺の中に収まるオフィーリアの遺体を想像しようとしたが、上手くいかない。
アルフォンスは続ける。
「遺体を、この庭から別地へ移すつもりだったんだ。私もそこへ一緒に行き、ひっそりと暮らそうと考えていた。王の座はセオに譲るつもりだった。
棺を開こうと言い出したのはセオだった。棺を新たに作り直した方がオフィーリアの魂も休まるだろうと。提案には賛成したが、私は彼女の遺体を見なかった。直視することが恐ろしかったんだ。
思えばその時にセオはもう、ジルヴァに魅了されていたのだろうな――ジルヴァの魂は、オフィーリアの遺体の中に隠れていた。だから棺を開かせたのだろう。あの男はセオの中に入り込んだ」
聞きながら、ロザリーも穴を見続けた。深く暗く、塞がれることもせずに、ただ放置されているその穴を。
「私は気づかなかった。愛する人が死後も汚辱され続けていることにはまるで無知で、彼女は現世の憂いから解放されて、この薔薇園で安らかに眠っているのだと、信じて疑ってはいなかった」
瞬間、アルフォンスの体に、怒りが走ったように見えた。ロザリーは穴から目を逸らし、アルフォンスを見た。
「許しがたいのは、私自身の愚かさだ。何も知らずに、自分を憐れんでいただけだった。だからジルヴァのことも、セオのことも――そうして君のことに対しても、一手、常に遅れていた」
アルフォンスは怒っていた。怒りは、自分自身に向けられたもののように思えた。
十七年間、彼は自分を憎み続け、そうしてオフィーリアがロザリーとして現れた今も、許せず煉獄の中に囚われている。こんな調子で自分を罰し続けたら、いつか彼は怒りの炎に焼き尽くされてしまうのではないか――? そう思った時、ロザリーは気がついた。
さきほど浮かびかけた疑問が、明瞭に現れる。
「あの、アルフォンス様。……魔術には……反魂の魔術には、対価が、必要でしょう?」
命には命を――そういう風に、あの本に書いてあったように思う。実際にジルヴァは自らの命を対価にオフィーリアを転生させたのだし、セオは自らの命を断つことでロザリーを助けた。
だとしたら、ジルヴァを道連れにして死んだセオが、生きているのはおかしい。もちろん彼の生存は嬉しいが、それとはまた別の話だ。
ふいに空気が冷気を孕んだかのように思えた。
強大な魔法には対価が必要だ。
ロザリーを救うためにセオが命を落とした。
だがセオは生きている。
それはおかしなことだ。
命が一つ、足りないのではないか?
その事実に気がついた瞬間、ロザリーは信じ難い思いでアルフォンスを見た。
「アルフォンス様、まさか。まさかあなたも、魔術を使ったのではないのですか?」
穴の底を、遂に覗き込んでしまったような気がした。覗いた先は、光の届かぬ闇だった。
なんてことはないように、アルフォンスは頷いた。
「セオのやり方を見ていたから、やり方は理解した。あの時、君の魂は風前の灯で、ほとんど消えかけていたが、それでも微かに生きてはいた」
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