2 / 78
探掘屋の少女1
しおりを挟む
どんっと全身に衝撃を感じて、ムジカは長い落下の終着を知った。
「……げほっごほっ。くっそ、何が政府公認探掘隊だ。探索の初歩も知らない素人のくせに!」
もうもうと粉塵が立ちこめる中、少女は悪態をつきながら身を起こすと、懐から懐中時計を取り出して文字盤を見る。
「エーテル濃度は中か、まだなんとか大丈夫だな」
文字盤の発光度合いでエーテル濃度が分かる多機能時計は、黄緑色の燐光でとどまっていた。あたりが明るいのも、床や天井に生える水晶に似たエーテル結晶から発せられる光のおかげだ。
エーテルは現在、化石燃料や石炭よりも扱いやすいエネルギーとして普及している。
だがエーテル濃度が高い場所で長期間活動すれば、吐き気や倦怠感をもよおし意識を失う。結晶が生えている空間では特に注意が必要だったが、現在は安全と言っていいだろう。
上を見れば、高い天井にはぽっかりと大きな穴が開いていて、先が見通せぬ真っ暗な虚無をたたえていた。
斜面を転がり落ちるように落下したとはいえ、良く生きていたものだとムジカは思った。いろんなものに掴まって衝撃を緩和したものの、未だに脳と内臓が揺さぶられているような気がする。
「くっそ、痛ってぇ。骨を入れたコルセットにしといてよかったな。高かったけど」
打ち身をさすりながら、わき腹が大きく裂けているの見つけ、服の値段を思い出したムジカは嘆息した。意地で身につけているスカートは緩衝材代わりになったとはいえ、どれだけ補修しなければいけないかを考えると大赤字である。
独り言は探掘屋の常だ。ムジカのように一人で探索するものならなおさら。いくら過度な物音が危険だとわかっていても直しようがない。
ぼやきつつもほつれた金茶の髪を耳にかけて、ムジカはすばやく自分の状態と装備品を確かめていった。
「けがは擦り傷、打ち身はそこそこ。あーあとで青たんだなこりゃ。荷物が吹っ飛ばされたのはしょうがない。生きてりゃめっけもんだ」
こんな事態も考えて、最低限必要なものは身につけている。
先ほど確認した多機能時計にくわえ、ベルトについたポーチの中にあるいくつかの携帯工具やナイフは無事だ。水を入れているボトルもあるし、ビスケット風の行動食は見事に砕けていたが食べられる。3日は生きていけるだろう。
さらにムジカは腰のホルスターに収まっている自動式拳銃の動作を確認した。エーテル結晶で稼働するそれは、人間程度なら軽く吹っ飛ばせる威力を持つ。ただし、あくまで対人用、気安めでしかない。
「お、らっき浄化マスクもある。濃度が変わらない保証がない以上、あるに越したことはないわな」
一通り確かめたムジカはあたりを見回した。
どこかの通路らしい。天井はそれなりに高く、幅も広い。金属に似た材質でできた滑らかな質感の内装は遺跡特有の代物だ。状態も良いように思える理由は、ひびの入った壁に生える黄緑色の燐光をこぼすエーテル結晶が理由だろう。
エーテル結晶は、エネルギーとして利用されるほかにも、周辺の無機物の経年劣化を緩やかにする特性がある。だからこそ、終戦から三百年という月日がたっていても、この黄金期の遺跡は原型をとどめて稼働し続けているのだ。
エーテルの発光周期か、近くの結晶が大きく瞬く。
目を細めれば、比較的大きな結晶にムジカのほこりまみれの顔が映っていた。
くすんだ金茶の髪に、大して整ってもいないくせに少し気が強そうに見える顔立ちは好きじゃない。平凡なくせに大きな青の瞳だけはきれいな色をしているせいで、豚に真珠だと笑われる。16歳という少女とも女ともつかない、やせぽっちな探掘屋の顔だ。
「ったく、女だから与しやすしとかかってくるなんざ反吐がでる」
好きで女でいるわけじゃないのに。
落ちる前のやりとりを思い出したムジカは、エーテル結晶に映るしかめ面から目を離して立ち上がった。探掘服として着ているひざ丈のスカートがふんわりと足を包む。
大丈夫。こんなことは前にもあった。
ゆっくり深呼吸したムジカは、できる限り落ちた記憶をたどっていく。
「あの曲がり方からすると、あたしが見つけたルートからはだいぶ外れてるな。だけど落ちた深度からすると最深部に近い、んじゃ……」
こくり、とムジカの喉が鳴った。恐怖や不安からではない。己の目的のものがあるかもしれないという興奮からだ。
「いや、落ち着け。まずは脱出経路の確保が先だ。こんなところでエーテルの仲間入りするのはごめんだからな」
ごそごそとポケットの一つからコインを取り出したムジカは、指ではじく。
表だったら右、裏だったら左だ。手の甲で受け止めたコインは裏。
ムジカは軽い足取りで歩き始めた。
「……げほっごほっ。くっそ、何が政府公認探掘隊だ。探索の初歩も知らない素人のくせに!」
もうもうと粉塵が立ちこめる中、少女は悪態をつきながら身を起こすと、懐から懐中時計を取り出して文字盤を見る。
「エーテル濃度は中か、まだなんとか大丈夫だな」
文字盤の発光度合いでエーテル濃度が分かる多機能時計は、黄緑色の燐光でとどまっていた。あたりが明るいのも、床や天井に生える水晶に似たエーテル結晶から発せられる光のおかげだ。
エーテルは現在、化石燃料や石炭よりも扱いやすいエネルギーとして普及している。
だがエーテル濃度が高い場所で長期間活動すれば、吐き気や倦怠感をもよおし意識を失う。結晶が生えている空間では特に注意が必要だったが、現在は安全と言っていいだろう。
上を見れば、高い天井にはぽっかりと大きな穴が開いていて、先が見通せぬ真っ暗な虚無をたたえていた。
斜面を転がり落ちるように落下したとはいえ、良く生きていたものだとムジカは思った。いろんなものに掴まって衝撃を緩和したものの、未だに脳と内臓が揺さぶられているような気がする。
「くっそ、痛ってぇ。骨を入れたコルセットにしといてよかったな。高かったけど」
打ち身をさすりながら、わき腹が大きく裂けているの見つけ、服の値段を思い出したムジカは嘆息した。意地で身につけているスカートは緩衝材代わりになったとはいえ、どれだけ補修しなければいけないかを考えると大赤字である。
独り言は探掘屋の常だ。ムジカのように一人で探索するものならなおさら。いくら過度な物音が危険だとわかっていても直しようがない。
ぼやきつつもほつれた金茶の髪を耳にかけて、ムジカはすばやく自分の状態と装備品を確かめていった。
「けがは擦り傷、打ち身はそこそこ。あーあとで青たんだなこりゃ。荷物が吹っ飛ばされたのはしょうがない。生きてりゃめっけもんだ」
こんな事態も考えて、最低限必要なものは身につけている。
先ほど確認した多機能時計にくわえ、ベルトについたポーチの中にあるいくつかの携帯工具やナイフは無事だ。水を入れているボトルもあるし、ビスケット風の行動食は見事に砕けていたが食べられる。3日は生きていけるだろう。
さらにムジカは腰のホルスターに収まっている自動式拳銃の動作を確認した。エーテル結晶で稼働するそれは、人間程度なら軽く吹っ飛ばせる威力を持つ。ただし、あくまで対人用、気安めでしかない。
「お、らっき浄化マスクもある。濃度が変わらない保証がない以上、あるに越したことはないわな」
一通り確かめたムジカはあたりを見回した。
どこかの通路らしい。天井はそれなりに高く、幅も広い。金属に似た材質でできた滑らかな質感の内装は遺跡特有の代物だ。状態も良いように思える理由は、ひびの入った壁に生える黄緑色の燐光をこぼすエーテル結晶が理由だろう。
エーテル結晶は、エネルギーとして利用されるほかにも、周辺の無機物の経年劣化を緩やかにする特性がある。だからこそ、終戦から三百年という月日がたっていても、この黄金期の遺跡は原型をとどめて稼働し続けているのだ。
エーテルの発光周期か、近くの結晶が大きく瞬く。
目を細めれば、比較的大きな結晶にムジカのほこりまみれの顔が映っていた。
くすんだ金茶の髪に、大して整ってもいないくせに少し気が強そうに見える顔立ちは好きじゃない。平凡なくせに大きな青の瞳だけはきれいな色をしているせいで、豚に真珠だと笑われる。16歳という少女とも女ともつかない、やせぽっちな探掘屋の顔だ。
「ったく、女だから与しやすしとかかってくるなんざ反吐がでる」
好きで女でいるわけじゃないのに。
落ちる前のやりとりを思い出したムジカは、エーテル結晶に映るしかめ面から目を離して立ち上がった。探掘服として着ているひざ丈のスカートがふんわりと足を包む。
大丈夫。こんなことは前にもあった。
ゆっくり深呼吸したムジカは、できる限り落ちた記憶をたどっていく。
「あの曲がり方からすると、あたしが見つけたルートからはだいぶ外れてるな。だけど落ちた深度からすると最深部に近い、んじゃ……」
こくり、とムジカの喉が鳴った。恐怖や不安からではない。己の目的のものがあるかもしれないという興奮からだ。
「いや、落ち着け。まずは脱出経路の確保が先だ。こんなところでエーテルの仲間入りするのはごめんだからな」
ごそごそとポケットの一つからコインを取り出したムジカは、指ではじく。
表だったら右、裏だったら左だ。手の甲で受け止めたコインは裏。
ムジカは軽い足取りで歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる