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非日常2
しおりを挟む「体の洗浄には40℃程度のぬるま湯と清潔な布、洗浄剤が必要だと記録しています。手順も同様に記録しているため、実行可能と判断。室内の探索許可を求めます」
「台所で待ってろ!」
まじめに話しかけてくるラスを寝室から追い出し、ムジカは服を着たまま素早く体を拭いてゆく。
遺跡の浄水設備を利用した上下水道が各家庭に網羅されているが、断水や水質が悪くなるのは日常茶飯事だ。
なにより湯を沸かすのが面倒なため、この都市で毎日風呂に入るのは上層に住む上流階級くらいで、下流中流階級では拭き洗いが一般的だった。
水差しからボウルに入れた水が、布を浸して体を拭くごとに黒く濁っていく。
改めて風呂に入ろうと決意しつつ身支度を調えたムジカは、汚れた水を入れたバケツと空の水差しを持って部屋を出た。
この一室は奇械街にある集合住宅の最上階だ。寝室と台所に洗面設備が整い、倉庫用に一室あるのは、なかなかのものだとムジカは思う。
遺跡を利用した建築物だったため、各戸にエーテル動力を利用した設備が整っている。だが昇降機が故障し、4階まで階段で上らなければならないぶん家賃は割安だった。
台所の隅には、ムジカの言いつけ通りたたずんでいるラスがいた。
ムジカほどではないが、彼の体もほこりと泥汚れにまみれている。いにしえの神々のようなゆったりとした服も時代錯誤であるし、素足に傷はついていないようだが、あの中を歩いてきたため泥でくすんでいた。
なにより、その美しい顔が汚れていることに猛烈な罪悪感が湧いてくる。
「お前、水に濡れても大丈夫なのか」
「問題ありません。この機体には完全に防水加工が施されています。水中での長時間行軍も可能です」
「そこまで聞いてねえよ。んじゃ、これとこれ」
トイレへ汚水を流したムジカは、自分が使った布と、新たな水をいれた水差しをラスに押しつけた。
「服脱いで自分の体を綺麗にしな。水はこれ一杯で済むようにしろよ、ただじゃねえから。終わったら声をかけろ。あたしは着れるものを持ってくる」
「了解しました、ムジカ」
返事を聞くやいなや身を翻したムジカは、倉庫として使っている一室へ行くと目的のものを探し始めた。
ものをため込まない主義ではあるが、売り時を逃した遺物などがそれなりにあり、倉庫は雑多にものが積みあがっていた。その中でも一番古い木箱を発掘すれば、記憶通り男性の衣服が入っていた。
数年前まで見慣れたそれを前に、こみ上げてくるものをぐっと飲み込む。
たいしたことではない。必要だから取り出すのだから。
ムジカが少しためらっていれば、ラスの声が響く。
「ムジカ、命令を終了しました」
「なっお……!」
無造作に振り返ったムジカは絶句した。
なぜなら、ラスはその乳白色の体をさらしていたのだから。
一気に顔に血が上り、反射的に抗議しかけたムジカだったが、その体にある無数の関節に戸惑った。
やはり青年をもして作られたらしく、体は薄いもののそれなりの骨格を有している。
だがそこには一切人間の柔らかみはなく、何より男性の象徴となるべきものを持っていなかった。
肩と二の腕、手首に指の関節、足の付け根や膝、腹にもあるそれらは無機質でいながら、少しもその美しさを損ねることはない。むしろ顔が人間と全く変わらないために、異質な魅力を醸し出していた。
そう、いくら人間を摸していてもラスは人形だ。慌てるようなことはない。
「どうかしましたか」
「服を着ないでうろつくのは禁止だ! これ着ろっ」
うろたえかけた自分が腹立たしく、ムジカは問い返してくるラスに発掘した衣服を投げつけたのだった。
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