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碩学研究者3
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「聞かないかい? 管制頭脳をまったく別種類の奇械に移植したとたん、不具合を起こして暴走すると」
「それは、まあ。そこそこな」
使用人型に組み込まれていた管制頭脳を重作業型に組み込んだら、掃除を始めようとして人をなぎ払った、というのは有名な話だ。
そのためエーテル機関は使いまわしても、管制頭脳だけは同種の奇械のものを移植するのが常識になっていた。
「逆を言えば、形が違ったとしてもある程度動く証明なのだよ。立て、歩け、ここまで移動しろ、何かを持て。人間にそこまで命令されずとも、判断することができる。あの管制頭脳内のエーテル結晶に記憶させた何かが、あれほどまでに高度な判断を下しているのだよ。だがここで疑問が出てくる。では、すべてのはじまりは何だったのか」
陶然としたアルーフの様子に、ムジカはひたひたと言いしれぬ不安が忍び寄ってくることを感じていた。
「僕は、原型があると考えている」
「げん、けい」
「言うまでもなく、現在稼働しているすべての奇械、自律兵器の生みの父は、稀代の錬金術師、ヴィルヘルム・ホーエン博士だ。彼は祖国を守るために自身の英知を結集し、最強の兵器を作り上げた結果黄金期を断絶させた。その立役者は8体の自律兵器だ」
「それってただの与太話だろう。黄金期を終わらせた天の使者。熾天使なんて呼ばれてた最強の自律兵器。でも一体も確認されてないし、どこどこで壊されたって話も伝わってない」
少々奇械と関わりがあれば、誰でも知っている名前であり、誰でも知っている伝説だ。ホーエン自らの手によって作り上げられた自律兵器は、当時でも一切の複製が不可能であり、ひとたび戦場に出れば一個体で一つの都市を殲滅した。
だがその熾天使の詳しい性能もどんな姿だったのかすら定かではない。熾天使と対抗できたのが空の覇者である巨竜型のみだったということから、巨大な決戦兵器だったとうわさされる程度だ。300年経った今では実在すら危ぶまれる存在だった。
まるでムジカの反応を予想していたと言わんばかりに、アルーフは両の手指を合わせた。
「さてこのホーエン博士だが、こんな逸話が残っているのだよ。彼は錬金学の最終目標と言われている万能素材、賢者の石を発見したとね」
「けんじゃのいし? エーテル結晶じゃなく?」
耳慣れない単語にムジカがいぶかしげにすれば、案の定アルーフに心底馬鹿にした顔をされた。
「エーテル結晶は維持補填の性質しか持たない劣化版だ。対して賢者の石は万物の源一体、ユニテに最も近しく、大いなる根源に至ったものにしか得ることができないとされる万能エネルギー結晶体だ。無限の成長と変化を受容し、屑石から黄金を錬成し、不老不死ですら可能とされている」
「めちゃくちゃごうつくばりの人間達が喜びそうな石だな」
エーテル結晶ですら早い周期で生成される区域は人死にが出るほどの争奪戦になる。そのような石があれば、宝石以上に目の色を変える人間がいるだろう。
だが話が飛びすぎて先が見えず、飽きてきたムジカが頬杖をつけば、アルーフは意外とでも言うような表情になる。
「珍しく意見が一致したね。賢者の石を追い求めて、多くの金だけは持っている馬鹿どもが馬鹿にだまされてきたのだよ。オカルトに傾倒した詐欺師にでも任せておけば良い。僕は碩学の徒。理論を組み立てる」
アルーフは吐き捨てるように言ったが、正直ムジカにとってはどっちも世迷い言のようにしか思えない。
しかし続けられた話に、ムジカは表情を凍らせた。
「さて、ホーエンは人工物によって人と全く変わらない構成された奇械、いわば自律人形を作り上げらしい。それらはまるで人間のように対話し動き、独自の判断で動くことができた。それがしめて8体。……おやあ、熾天使の数と一緒だね?」
童話に出てくる意地の悪い猫のように瞳を弓なりにするアルーフに、ムジカは顔を固まらせる。嫌でもムジカは、共に暮らす青年人形を思い起こした。
「それは、まあ。そこそこな」
使用人型に組み込まれていた管制頭脳を重作業型に組み込んだら、掃除を始めようとして人をなぎ払った、というのは有名な話だ。
そのためエーテル機関は使いまわしても、管制頭脳だけは同種の奇械のものを移植するのが常識になっていた。
「逆を言えば、形が違ったとしてもある程度動く証明なのだよ。立て、歩け、ここまで移動しろ、何かを持て。人間にそこまで命令されずとも、判断することができる。あの管制頭脳内のエーテル結晶に記憶させた何かが、あれほどまでに高度な判断を下しているのだよ。だがここで疑問が出てくる。では、すべてのはじまりは何だったのか」
陶然としたアルーフの様子に、ムジカはひたひたと言いしれぬ不安が忍び寄ってくることを感じていた。
「僕は、原型があると考えている」
「げん、けい」
「言うまでもなく、現在稼働しているすべての奇械、自律兵器の生みの父は、稀代の錬金術師、ヴィルヘルム・ホーエン博士だ。彼は祖国を守るために自身の英知を結集し、最強の兵器を作り上げた結果黄金期を断絶させた。その立役者は8体の自律兵器だ」
「それってただの与太話だろう。黄金期を終わらせた天の使者。熾天使なんて呼ばれてた最強の自律兵器。でも一体も確認されてないし、どこどこで壊されたって話も伝わってない」
少々奇械と関わりがあれば、誰でも知っている名前であり、誰でも知っている伝説だ。ホーエン自らの手によって作り上げられた自律兵器は、当時でも一切の複製が不可能であり、ひとたび戦場に出れば一個体で一つの都市を殲滅した。
だがその熾天使の詳しい性能もどんな姿だったのかすら定かではない。熾天使と対抗できたのが空の覇者である巨竜型のみだったということから、巨大な決戦兵器だったとうわさされる程度だ。300年経った今では実在すら危ぶまれる存在だった。
まるでムジカの反応を予想していたと言わんばかりに、アルーフは両の手指を合わせた。
「さてこのホーエン博士だが、こんな逸話が残っているのだよ。彼は錬金学の最終目標と言われている万能素材、賢者の石を発見したとね」
「けんじゃのいし? エーテル結晶じゃなく?」
耳慣れない単語にムジカがいぶかしげにすれば、案の定アルーフに心底馬鹿にした顔をされた。
「エーテル結晶は維持補填の性質しか持たない劣化版だ。対して賢者の石は万物の源一体、ユニテに最も近しく、大いなる根源に至ったものにしか得ることができないとされる万能エネルギー結晶体だ。無限の成長と変化を受容し、屑石から黄金を錬成し、不老不死ですら可能とされている」
「めちゃくちゃごうつくばりの人間達が喜びそうな石だな」
エーテル結晶ですら早い周期で生成される区域は人死にが出るほどの争奪戦になる。そのような石があれば、宝石以上に目の色を変える人間がいるだろう。
だが話が飛びすぎて先が見えず、飽きてきたムジカが頬杖をつけば、アルーフは意外とでも言うような表情になる。
「珍しく意見が一致したね。賢者の石を追い求めて、多くの金だけは持っている馬鹿どもが馬鹿にだまされてきたのだよ。オカルトに傾倒した詐欺師にでも任せておけば良い。僕は碩学の徒。理論を組み立てる」
アルーフは吐き捨てるように言ったが、正直ムジカにとってはどっちも世迷い言のようにしか思えない。
しかし続けられた話に、ムジカは表情を凍らせた。
「さて、ホーエンは人工物によって人と全く変わらない構成された奇械、いわば自律人形を作り上げらしい。それらはまるで人間のように対話し動き、独自の判断で動くことができた。それがしめて8体。……おやあ、熾天使の数と一緒だね?」
童話に出てくる意地の悪い猫のように瞳を弓なりにするアルーフに、ムジカは顔を固まらせる。嫌でもムジカは、共に暮らす青年人形を思い起こした。
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