夜明けのムジカ

道草家守

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熾天使1

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「ホーエンの研究対象だった人という生命の探求のためとも、病弱な娘に友人を作ってやるためだったとも言われているが。人間そのままにつくるなんて、なんてもったいないことをするんだと僕は思うけどね。それはともかく、ここまで材料がそろっていれば、推論は容易だ。誰にもなしえなかった、『人間のように動く人形』の頭に何を使っているのか」

 とん、と意地の悪い笑みのままアルーフは自身の頭を指さして見せる。
 逆に、険しく表情を引き締めたムジカはにらみつけた。

「……何が、言いたい」
「僕はこの熾天使達の基本的思考、行動パターンが、現行のすべての管制頭脳に転写されたのだと考えているんだよ。エーテル結晶の特性は保存と維持だ。熾天使たちの思考回路を転写したからエーテル結晶が使われた奇械アンティークでも、人間のような複雑な判断能力がはじめから備わっているんだ」

 目を輝かせ弁舌を振るっていたアルーフは、そこで少々悔し気な表情になる。

「ただねえ、現存する奇械アンティークの管制頭脳では情報の劣化が進んでいるらしくて、複写はうまくいかなかったんだ。代用できないかほかの材料も試してみたが、どうしても不具合が出てしまってね。けれどそんなときにね、君の隣にいる人形のことを知ったんだよ」

 異様な熱をこめるアルーフに、ムジカは背筋をはいよる寒気に襲われた。
 なんともなかったはずなのに、気がついたら気色の悪い亡霊ぼうれいに取り囲まれていたような。

「確かに8体の熾天使は行方知れずになったが、文献に記載されている性能からするに現存している可能性は十分にあり得た。そして最後に製造された機体ラストナンバーは、巨竜型からの防衛戦ののち、ホーエンによってどこかに隠された可能性が高いんだ。そう、まさにこの地域で!」

 ラストナンバー。それは、あの青年人形が呼称していた名前ではなかったか。

「スポンサー殿の気まぐれにも困ったものだったが、まさかこんなにお宝が眠っていたなんて! これはもう神の思し召しだと思ったね!」
「仮に、仮にだ。あいつがお前の言う存在だったとして。そんな貴重なもの。簡単に手放すと思うのか?」

 打ち砕くつもりで放った声は、自分でも虚勢を張っているとありありとわかるものだった。
 だがアルーフは指摘せずにただ悠然と指を組んで身を乗り出しただけだ。

「もっともだ。だからね、僕はとても魅力を覚えているけど、君を助けたいという話に関わってくる」
「あたしに、助けは必要ない」
「君、肉声で指揮歌リードフレーズを歌えるんだって?」

 ムジカは今度こそ凍り付いた。
 アルーフはムジカに痛恨の一撃を与えたにもかかわらず、大して興味がないと言わんばかりに平静だった。

「僕は指揮者ディレットと指揮歌の始まりは、賢者の石で作り上げた管制頭脳に最適な干渉方法が音声だったからではないかと考えている。おそらく、君が熾天使を目覚めさせられたのも、変声器を通さない肉声で干渉できたからだろうね。軍所属の指揮者にも変声器を使わず干渉出来る者はいるんだよ。彼ら彼女たちは自律兵器ドールの性能を底上げすらして見せるからね」

 自分と同じ能力を持つ者がいると聞いても、ムジカは現実味がなかった。
 確かに軍に所属する指揮者たちは、その歌で奇械アンティークを自在に操り多くの戦果を挙げると聞く。それが肉声による指揮歌の成果だったとは。

「軍は指揮者ディレット適性のあるやつは、全員入隊させるんだろ。あたしを軍に入れるのか」
「何を言ってるんだい。僕の最終目標は指揮者ディレットが必要ない奇械アンティークを創り出すことなのに。君の声は研究させてもらいたいけどね。論点は熾天使のことだよ」

 順当な問いかけだと思ったのだが、アルーフはあからさまに顔をしかめて否定した。

「後世に伝わる熾天使達は指令を必要とせず、独自判断で作戦行動を起こせた。そこから導き出される仮説だがね。熾天使達は指揮者ディレットが必要なくなる時期が来るのだよ」
「なに、を……」
「この数週間、君と熾天使の行動を観察させてもらったが、あの熾天使はずいぶん単独行動が多いね。君が命令したのかい?」

 問いかけられたムジカは勝手にラスの行動を思い返していく。
 そういえば、最近命令を求められることが少なくなっていた。ムジカが教えてもいないのに採掘夫たちと会話をしているし、事後報告で行動を起こすことも少なくなかった。考えれば考えるほど思い当たることがある。

 奇械アンティーク自律兵器ドールには人間が、歌が必要。それが常識だが。
 果たしてそれは、はじまりの自律兵器ドールにも当てはまるのか?

 愉悦をふくんだアルーフの言葉が、どろりと毒のように染み渡ってゆく。

「考えてみたまえ。ある日突然言うことを聞かなくなるんだ。自分よりも遙かに強力な力を持っていた存在がだよ。そんな道具手元に置いておけるかい?」

 アルーフは、一層穏やかに言葉を重ねた。

「だからねミスムジカ。僕が引き取ってあげよう。指揮者ディレット登録もほどいて君を解放してあげるよ。君が奇械アンティークに振り回されることはない。僕の研究にほんの少し付き合ってくれるなら、君が抱えている借金分の報酬もつけてあげるよ」

 ムジカは怒鳴り散らしたいのをめいいっぱいこらえて、眼前の男をにらみつける。誰の自由にもなりたくない。もはや意地だった。

「てめえは、何を言ってやがるんだ」
「ふむ」

 アルーフは懐中時計を見やった後、立ち上がった。
 立ち上がって身構えたムジカだったが、アルーフは重厚なカーテンの下がる窓へと向かう。

「では……これを見ても言えるかな?」

 カーテンが広げられた瞬間、エーテルの輝きで目がくらんだ。
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