夜明けのムジカ

道草家守

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逃走3

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「何で言わない!? そんなにあたしが信用なかったか! それともスペックを十全に発揮するほどあたしに従う気がなかったか!? はっそれでこんなに壊れて馬鹿じゃねえの!」

 柄にもないことでかんしゃくを起こしていると心の隅ではわかっていたが、止められなかった。
 いくらひどい言葉を投げつけようと、ラスの表情は変わらないことがムジカの苛立ちを助長させる。

「それともあたしが女だから御せるとでも思ったか! それなら別のもっと御しやすい人間にさっさと乗り換えれば良かったんだ。歌姫ディーヴァなんてのも単なる方便だろ? 探掘屋シーカーのおっさん達に誘われてんの知ってるんだぜ。もっと稼げる第4や第5探掘坑で一攫千金を狙おうって」

 ラスの自律兵器すら圧倒する戦力を期待した探掘屋シーカーたちが誘いをかけるのを聞いたのだ。ムジカには声をかけてこなかった。それは女だからだ。
 ラスが何も言ってこなかったことがずっと心の隅に引っかかっていた。
 ムジカは引きつった笑みを浮かべて続ける。

「あたしなんかにかまわずに行けば良かった。あたしが必要ないんならとっとと出て行けば良かったんだ!」

 倒れ伏すラスの胸ぐらをつかみあげて衝動のままに揺さぶる。彼が手負いだということも頭の外だった。
 けれどその瞬間、ムジカははっとする。手にかかる重みはべたりと張り付くような物の重さだった。
 ようやく自分がなぜ怒りを覚えていたかを思い知る。
 ラスを一つの人格として、信頼しかけていた。今までわずかなりとも積み上げてきたものが裏切られた気がして、悲しみとやるせなさを覚えていたのだ。ずっと1人でよいと思っていたはずなのに。
 すうと熱が下がったムジカは、ラスをつかんでいた手をゆっくりと下ろした。
 どれだけむなしいことをしているかわかったからだ。
 人形なのに人の形をしていたばかりに錯覚していた。

「……もう、いい。そこに居ろ」

 探掘屋シーカーになってから、ムジカは誰も信用しなかった。
 自分を利用しようとする者だけだったからだ。役に立たないと突っぱねられ、利用価値があるときだけ乱雑に扱われる。
 その繰り返しだったから、本当に信用するのは自分だけだった。
 温かく迎えてくれたスリアンのことすら、最後には裏切るのではないかと怖かったのだ。

 だめだ。自分は弱くなる。

 この人形を手放そうと、ムジカは心に定める。
 もともと自律兵器ドールから身を守るためだけに指揮者登録をしたのだ。
 今までだって不都合はなかった。明るみに出ればムジカの生活を脅かす可能性があるから仕方なくそばに置いていただけで、自分の安全が確保された上で手放せるのなら問題ないはずだ。
 何よりアルーフは少し協力すればムジカの借金を返してくれるとすら言ったのだ。渡りに船とはこのことだろう。
 ムジカは乾いた心の底に積もる澱を押し込めようとして。

「ムジカ、訂正を求めます。俺にはあなたが必要です」

 泥のように重い思考に、ラスの声がそっと触れてきた。
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