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覚悟2
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とはいえ、おとなしくパッケージの封を開けて中身を流し込むラスはいつもと表情が変わらないようにも思えたが、どことなく覇気がない。
まさに奇械的に液化エーテル燃料を流し込むラスを眺めつつ、ムジカは思わずつぶやいた。
「奇械にも好みってのがあるんだな」
「あるぞ個性もある。こうやって修理してるとな、積み重ねてきた年月がその物を創るって言うのを実感する」
作業をひと段落させたスリアンは煙草に火をつけ、ふうと紫煙をはいた。
彼女が好む煙草は、酒場で嗅ぐものとは違い甘い落ち着いた香りをしていた。
「同じ使用人型でも、床掃除が得意なやつと配膳が得意なやつがいる。ただの経験の積み重ねだって言うやつはいるけど、私はそこは人間と変わらないんじゃないかと思うんだよ」
スリアンがどこか遠い目をするのが印象的で、さらに問いかけようとしたムジカだったが、こちらを向いた彼女は表情を引き締めていた。
「で、これからどうするんだ。その野郎、話し合いでなんとかなりそうなやつじゃねえんだろ」
「まあな。提案だったけど逃がす気はないって意思は感じる」
ムジカははじめ今回のことについてごまかすつもりだったが、彼女の店に昨夜あの屋敷へおいていったはずの荷物が丁寧に届けられていたのだ。
荷物をムジカの家ではなく、親しい人間であるスリアンの下へと届けたのは、断るとどうなるかという明確な脅しだろう。そういった面から見てもムジカが選べる手段はないとも言えた。
スリアンは自分にも危害が迫っているにもかかわらず、隻眼で傍らのラスとムジカを交互に見やった。
「それでも、こいつを手放す気はないんだな?」
「ない。あいつがいけすかねえというのもあるけど、なんか気味が悪いんだ……ごめん」
巻き込むことに罪悪感を覚えてムジカが謝罪を口にしてうつむけば、盛大にため息をつかれた。
「アルバのことがあったからね。私のことを信用しきれないのも無理はない。だけど私は、あんたを身内みたいなもんだと思ってる」
「あたしだってそうだけど! でも」
「頼ってほしい時に頼られないのはつらいもんだよ」
スリアンが寂しげに眉尻を下げるのにムジカは息を飲み、羞恥と恐怖に似た感情に動揺した。
ずっと1人でよいと思っていた。誰かに頼ったとしても利用されるだけだと怖かった。
でも、とムジカはラスを見る。この青年人形が打ち明けなかったとき、ムジカは裏切られたような悔しさを覚えた。
それを今までスリアンに感じさせていたとしたら。
「い、いいの」
震える声で問いかけるムジカを、スリアンは笑い飛ばした。
「ばあか。こいつの存在を聞いたときから一蓮托生だよ。これ以上秘密にしていたら奇械の材料にしちまうぞ?」
冗談めかして物騒なことを言う隻眼の美女に、ムジカは泣きたいような安堵に表情を緩めた。
スリアンはさらに腕を組んで考える風だ。
「それに又聴きになるけど、私もアルーフって野郎の言動はちょいと気になるね。というかそういう人間は信用しないって決めてんだ」
その言葉に、ムジカもうなずく。
「言ったことと本当の目的が違う気がする。そこに交渉の余地があると思いたい」
ラスがすべての奇械の父であるホーエン博士によって造られた特別製の自律兵器で、解体して研究すれば自力で奇械を製造することも可能だから、ラスを欲している。ただし強硬手段に出るよりも、穏便に無傷で手に入れたいためにムジカに譲渡を求めた。
確かにアルーフが言っていたことは一応の筋が通っているように思えたが。
まず前提条件の確認だ、とムジカはラスに問いかけた。
「お前の管制頭脳に賢者の石が使われているのは本当か」
「肯定です。第一原質となる賢者の石が使用されています」
「こいつの頭と管制頭脳が一般的な自律兵器とは全く違うのは確かだ」
スリアンの補足もあり、ラスが本物であると結論づけていいだろう。しかし結果的に冷静に考えられるようになった今、どうにもまっすぐ受け入れがたい何かを感じていた。
それはムジカたち下層民の根底にある、上流階級に対する不信感のせいかも知れない。いつだって世の中は理不尽だ。それでも引っかかったのなら考えるべきだと、最後まで無様にあがこうと思ったのだ。
「あいつらは奇械を創り出すために、熾天使を発掘しようとしていたってことか? 確かにここは大戦時代、自律兵器の巨大整備工場で激戦区のひとつだったらしいが……」
スリアンが困惑のまなざしをラスへ向けるのに、ムジカは昨夜の記憶を正確にさらって違和の一つに気がついた。
「いやたぶん違う、と思う。遺跡にまつわるお宝の噂を信じるような奴には見えなかったし、あいつはお宝がこんなにって言ってた。この言い方だとラスが目的じゃない、よね」
父親の探掘を間近で見ていたムジカですら「黄金期の遺産」は眉唾のものだったのだ。研究者気質のアルーフが本気で信じて探掘させていたとも思えない。
そこまで考えたところですこし違和を覚えたムジカだったが、ひとまずはアルーフについてだと置いとくことにした。
「あいつは、奇械を一から造りたいって言っていたし、あいつ自身も研究者とかそんな感じだった。けど研究資料として奇械を欲しいって言っても、微々たるものだよな? そしたら何で公認探掘隊は探掘してるんだ?」
首をかしげるムジカに、スリアンは難しい表情で考えていたかと思うと言葉を選ぶように言った。
「探掘隊が現れるようになった数週間前から、ちょくちょく奇械のパーツが持ち込まれるんだが、強度が低い物が混ざってるんだ」
「ムジカと俺が制圧した蛙型も俺が記録している物よりもろいものでした」
ラスの証言にムジカが目を見開けば、スリアンももう一つ告げた。
「ついでに知り合いから聞いた話だが、公認探掘隊の研究所が大量の元素資材が輸入しているらしい。バーシェの奇械を全部直したとしても有り余る量がだ。なのに市内に流通している量は変わらないときている」
「……まさか、本当に奇械を一から作っているのか。でも研究所が研究成果を発表したなんて話は聞かないぞ」
政府公認を盾に遺跡内を我が物顔で歩き回る探掘隊が、バーシェ政府にどれだけの功績を約束しているのかと探掘屋の間では盛んに噂されていた。
なぜ研究所が探掘屋に依頼しないのだと文句を言い、初期の頃、探掘屋たちはどれだけの資源が持ち去られるのかと危惧していた。しかし同時期に奇械の出現が増えてきて興味が集中し忘れられていたのだ。
そこまで考えたムジカは、話がつながって目を見開いた。
「アルーフは、遺跡のどこかで奇械を組み立てほっつき歩かせてるのか!?だから知らずに探掘屋が鹵獲した新しい奇械の部品が出回ってる?」
「それなら、ラスが自律兵器ってばれた理由も説明がつく。自律兵器のほうに記録装置がつけられてたんだろう。あんた達が捕獲した蛙型、その後どうした?」
「べつに欲しい獲物じゃなかったから、その場で怪我した採掘夫の治療費にしてくれって丸投げした」
「あんた、妙なところで気前がいいな」
「うっさい。……ああそうだ! そういえば、ウォースターさんが渋い顔してた! 研究所の野郎に蛙型を強引にとられたって! 祝勝会をやってる隙にやられて悔しがってた」
「それだな。あんたらを知る機会はあった」
スリアンに賞賛の目を向けられ顔を赤らめたムジカだったが、新たな疑問が出てくる。
せっかく造ったはずの奇械を、遺跡内に徘徊させている理由がわからない。なにせ久々の稼ぎ時だと探掘屋たちが嬉々として鹵獲して壊しているのだ。無駄以外の何物でもないだろう。やはりこの推論は間違っているのだろうか。
「なんか、ほかに変わったことなかったっけな……」
「遺跡内を徘徊している自律兵器および奇械の中に、行動パターンが未熟な機体が見受けられました」
エーテル燃料を飲み終えたラスの証言に、ムジカはもやりとした引っかかりを覚えた。
まさに奇械的に液化エーテル燃料を流し込むラスを眺めつつ、ムジカは思わずつぶやいた。
「奇械にも好みってのがあるんだな」
「あるぞ個性もある。こうやって修理してるとな、積み重ねてきた年月がその物を創るって言うのを実感する」
作業をひと段落させたスリアンは煙草に火をつけ、ふうと紫煙をはいた。
彼女が好む煙草は、酒場で嗅ぐものとは違い甘い落ち着いた香りをしていた。
「同じ使用人型でも、床掃除が得意なやつと配膳が得意なやつがいる。ただの経験の積み重ねだって言うやつはいるけど、私はそこは人間と変わらないんじゃないかと思うんだよ」
スリアンがどこか遠い目をするのが印象的で、さらに問いかけようとしたムジカだったが、こちらを向いた彼女は表情を引き締めていた。
「で、これからどうするんだ。その野郎、話し合いでなんとかなりそうなやつじゃねえんだろ」
「まあな。提案だったけど逃がす気はないって意思は感じる」
ムジカははじめ今回のことについてごまかすつもりだったが、彼女の店に昨夜あの屋敷へおいていったはずの荷物が丁寧に届けられていたのだ。
荷物をムジカの家ではなく、親しい人間であるスリアンの下へと届けたのは、断るとどうなるかという明確な脅しだろう。そういった面から見てもムジカが選べる手段はないとも言えた。
スリアンは自分にも危害が迫っているにもかかわらず、隻眼で傍らのラスとムジカを交互に見やった。
「それでも、こいつを手放す気はないんだな?」
「ない。あいつがいけすかねえというのもあるけど、なんか気味が悪いんだ……ごめん」
巻き込むことに罪悪感を覚えてムジカが謝罪を口にしてうつむけば、盛大にため息をつかれた。
「アルバのことがあったからね。私のことを信用しきれないのも無理はない。だけど私は、あんたを身内みたいなもんだと思ってる」
「あたしだってそうだけど! でも」
「頼ってほしい時に頼られないのはつらいもんだよ」
スリアンが寂しげに眉尻を下げるのにムジカは息を飲み、羞恥と恐怖に似た感情に動揺した。
ずっと1人でよいと思っていた。誰かに頼ったとしても利用されるだけだと怖かった。
でも、とムジカはラスを見る。この青年人形が打ち明けなかったとき、ムジカは裏切られたような悔しさを覚えた。
それを今までスリアンに感じさせていたとしたら。
「い、いいの」
震える声で問いかけるムジカを、スリアンは笑い飛ばした。
「ばあか。こいつの存在を聞いたときから一蓮托生だよ。これ以上秘密にしていたら奇械の材料にしちまうぞ?」
冗談めかして物騒なことを言う隻眼の美女に、ムジカは泣きたいような安堵に表情を緩めた。
スリアンはさらに腕を組んで考える風だ。
「それに又聴きになるけど、私もアルーフって野郎の言動はちょいと気になるね。というかそういう人間は信用しないって決めてんだ」
その言葉に、ムジカもうなずく。
「言ったことと本当の目的が違う気がする。そこに交渉の余地があると思いたい」
ラスがすべての奇械の父であるホーエン博士によって造られた特別製の自律兵器で、解体して研究すれば自力で奇械を製造することも可能だから、ラスを欲している。ただし強硬手段に出るよりも、穏便に無傷で手に入れたいためにムジカに譲渡を求めた。
確かにアルーフが言っていたことは一応の筋が通っているように思えたが。
まず前提条件の確認だ、とムジカはラスに問いかけた。
「お前の管制頭脳に賢者の石が使われているのは本当か」
「肯定です。第一原質となる賢者の石が使用されています」
「こいつの頭と管制頭脳が一般的な自律兵器とは全く違うのは確かだ」
スリアンの補足もあり、ラスが本物であると結論づけていいだろう。しかし結果的に冷静に考えられるようになった今、どうにもまっすぐ受け入れがたい何かを感じていた。
それはムジカたち下層民の根底にある、上流階級に対する不信感のせいかも知れない。いつだって世の中は理不尽だ。それでも引っかかったのなら考えるべきだと、最後まで無様にあがこうと思ったのだ。
「あいつらは奇械を創り出すために、熾天使を発掘しようとしていたってことか? 確かにここは大戦時代、自律兵器の巨大整備工場で激戦区のひとつだったらしいが……」
スリアンが困惑のまなざしをラスへ向けるのに、ムジカは昨夜の記憶を正確にさらって違和の一つに気がついた。
「いやたぶん違う、と思う。遺跡にまつわるお宝の噂を信じるような奴には見えなかったし、あいつはお宝がこんなにって言ってた。この言い方だとラスが目的じゃない、よね」
父親の探掘を間近で見ていたムジカですら「黄金期の遺産」は眉唾のものだったのだ。研究者気質のアルーフが本気で信じて探掘させていたとも思えない。
そこまで考えたところですこし違和を覚えたムジカだったが、ひとまずはアルーフについてだと置いとくことにした。
「あいつは、奇械を一から造りたいって言っていたし、あいつ自身も研究者とかそんな感じだった。けど研究資料として奇械を欲しいって言っても、微々たるものだよな? そしたら何で公認探掘隊は探掘してるんだ?」
首をかしげるムジカに、スリアンは難しい表情で考えていたかと思うと言葉を選ぶように言った。
「探掘隊が現れるようになった数週間前から、ちょくちょく奇械のパーツが持ち込まれるんだが、強度が低い物が混ざってるんだ」
「ムジカと俺が制圧した蛙型も俺が記録している物よりもろいものでした」
ラスの証言にムジカが目を見開けば、スリアンももう一つ告げた。
「ついでに知り合いから聞いた話だが、公認探掘隊の研究所が大量の元素資材が輸入しているらしい。バーシェの奇械を全部直したとしても有り余る量がだ。なのに市内に流通している量は変わらないときている」
「……まさか、本当に奇械を一から作っているのか。でも研究所が研究成果を発表したなんて話は聞かないぞ」
政府公認を盾に遺跡内を我が物顔で歩き回る探掘隊が、バーシェ政府にどれだけの功績を約束しているのかと探掘屋の間では盛んに噂されていた。
なぜ研究所が探掘屋に依頼しないのだと文句を言い、初期の頃、探掘屋たちはどれだけの資源が持ち去られるのかと危惧していた。しかし同時期に奇械の出現が増えてきて興味が集中し忘れられていたのだ。
そこまで考えたムジカは、話がつながって目を見開いた。
「アルーフは、遺跡のどこかで奇械を組み立てほっつき歩かせてるのか!?だから知らずに探掘屋が鹵獲した新しい奇械の部品が出回ってる?」
「それなら、ラスが自律兵器ってばれた理由も説明がつく。自律兵器のほうに記録装置がつけられてたんだろう。あんた達が捕獲した蛙型、その後どうした?」
「べつに欲しい獲物じゃなかったから、その場で怪我した採掘夫の治療費にしてくれって丸投げした」
「あんた、妙なところで気前がいいな」
「うっさい。……ああそうだ! そういえば、ウォースターさんが渋い顔してた! 研究所の野郎に蛙型を強引にとられたって! 祝勝会をやってる隙にやられて悔しがってた」
「それだな。あんたらを知る機会はあった」
スリアンに賞賛の目を向けられ顔を赤らめたムジカだったが、新たな疑問が出てくる。
せっかく造ったはずの奇械を、遺跡内に徘徊させている理由がわからない。なにせ久々の稼ぎ時だと探掘屋たちが嬉々として鹵獲して壊しているのだ。無駄以外の何物でもないだろう。やはりこの推論は間違っているのだろうか。
「なんか、ほかに変わったことなかったっけな……」
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