夜明けのムジカ

道草家守

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反撃1

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 ムジカに呼びかけられたバセットは、顔色一つ変えずに応じた。

「あの夜以来だなムジカ」

 平然としたバセットに、ムジカはすべてを悟り顔色をなくした。
 ウォースターはなんといっていた? 探掘隊を派遣している研究所は、バセットが設立させた私設研究所のようなものだと。

「あんた、だったんだな……この整備工場を利用して奇械アンティークを作らせてたのも、探掘屋シーカーたちに何も言わずに試験をさせていたのも、ぜんぶ、全部」

 ムジカはずっと疑問だった。この整備工場は探掘屋シーカーのだれも知らない領域にある。外部から来たアルーフが知るはずのない場所で、ならば誰がこの施設を教えたか。
 手がかりはアルバの手記にあった記述のみだ。この空間をアルバが記録したのはまだバセットが共に探掘をしていたころだった。彼なら知る機会があったのだ。

「ここに地力でたどり着くとは、さすがアルバの娘か」

 軽く目を見張りながらも淡々と言うバセットに、ムジカはあふれる怒りと嫌悪感のままに叫んだ。

「あんたなんでこんなことしやがるんだ! そんなに奇械アンティークが必要なのか!」
「これもすべてバーシェの未来のためだ。多少の犠牲はしかたがない」

 あまりの怒りに言葉が続かず全身を震わせるムジカに、バセットは何も感慨も覚えていないようだった。

「君ならわかるだろう。どこでも貴重な物、有力なものが優先される。弱ければ強いものに虐げられ使いつぶされるものだ」 

 ムジカには身に覚えがありすぎることだった。子供というだけで好きにされ、女というだけで侮られ、歌という武器ですら隠れて使わなければいけなかった。
 鬱屈した思いはいつだってあった。どうして、どうして、どうしてと。

「バーシェは国家と銘打っていても実質はイルジオ帝国の属国だ。この国から貧困層がなくならないのは、イルジオかぶれの上流階級によってすべて搾取されているからだ。この国が発展しないのはイルジオの目を気にする議員たちが顔色を窺っているからだ。このままではこの国はなくなる。根本から変えて強くしなければならないのだよ。そのための研究。そのための自律兵器なのだ」

 熱を帯びるバセットの声が襲い掛かってくる。
 バーシェに住んでいればわかる、貴族たちの横暴も理不尽も身近なのだから。上にしか土地を広げられないのは、高濃度のエーテルの他にも、うかつに領土を広げてイルジオ帝国に睨まれないためだ。
 四方八方から襲い掛かってくる閉塞感に、ムジカたち下層民は締め付けられていた。それを、解放しようというのか。

奇械アンティークを使って、氾濫でも起こす気かよ」

 ムジカが引きつった声で荒唐無稽な問いかけをすれば、バセットは当然と言わんばかりにうなずいたのだ。

「私はそれだけの準備を整えてきた。これだけの自律兵器がいれば貴族など物の数ではない。イルジオへのけん制にすらなるだろう。アルバは届かなかったが、黄金期の遺産すら今や手中にあるのだから」

 ムジカは違和を覚えたが、バセットの声は熱を帯びる。

「アルバは全くそう言ったことに興味がない男だったが、こうして探掘成果を有効活用できれば、弔いにもなるだろう。君の父親のような人間をなくし君のような子供を救い上げるために」

 びくりとムジカが肩を震わせれば、バセットは黒々とした瞳を爛々とさせながらゆっくりと手を差し伸べてくる。

「君は今まで環境に翻弄されるだけだったろうが、自分で選びとる側に回れるのだよ。君の声はそれだけで価値がある。これからのバーシェには強力な指揮者ディレットが必要だ。バーシェを作り直すためにその技術を生かさないか」

 王者のような断固たる態度でされる誘いは、エーテルのような酩酊感を覚えるには十分な物だった。
 正義をなすのだと、勝利をつかみ取るためのいばらの道だという、彼の言葉に導かれたように感じた人間が彼を指示したのだと、ムジカにはよくわかった。
 今までの人生でも、いくらでも卑劣な人間はいた。ほんのはした金が欲しいためだけに、朝食で食べ残したものを捨てるように、他者を踏みにじる者も珍しくはない。ムジカもずっとそうされてきた。
 それを変えるという者がいるのなら、希望になるのかもしれない。
 ムジカが構えていたエーテル銃を降ろすのに、バセットが満足げな表情で近づいてくる。

「勝手に決めつけんじゃねえ、イカレ野郎」

 冷然と切って捨てたムジカに、バセットの足が止まる。
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