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第一節 雨が多いきせつ
第9話 六月のとある木曜日 -その3-
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恭子は上司に事情を話し、少し早く帰宅させてもらった。
自宅近くに着いたのは夜の七時を少し回った頃。段々と日が長くなっているのか、この時間でも十分に辺りを見渡せるほどに明るい。そのため、公園の入り口手前からでもすぐに見つける事ができた。
「明日香」
声をかけると相手もベンチから立ち上がり、恭子の方へと駆けてくる。
「ごめん、お姉ちゃん。ありがとう」
そう言った妹の明日香は、安堵したような弱々しい笑みを浮かべていた。
歩き始めて間もなく、恭子は言った。
「今朝もボーっとしてたんでしょ? 昨日からだけど……どうしたの?」
「うん……」
少し待ったが、妹の口はそれ以上、言葉を紡がなかった。
「まあ、良いわ」
二人並んで歩くなんてそう珍しくはない。だけど、心ここに非ずな妹は見るのはとても稀なことだった。
玄関の扉を開けると、妹は短い廊下を小走り気味に奥へと進んでいった。
「すぐに準備するから、先にお風呂入って」
恭子は妹と二人で暮らしている。
二人暮らしには少しだけ手狭なアパート。だが、自他共に認めるほど姉妹仲が良く、不満を持った事は全くと言って良いほど無い。むしろ、旅行代理店に勤める恭子に代わって家事全般をしてくれている妹には日々感謝しているし、毎日顔を合わせるからいらぬ心配をしなくて済む、とさえ思っていた。
「それじゃあ、いただきます」
風呂から上がり恭子は食卓に着いた。すると、向かいに座る妹の前には食事が並んでいない事にすぐに気付く。
「明日香は食べないの? 何処かで食べてきた?」
何気ない家族の会話。先に食事を取ったとしても何も問題無い。むしろ、自分は食べないのに食事を用意してくれて、普段から――旅行シーズンなど残業で遅く帰る事が多い時期でも食事の時間が合わないのに付き合ってくれている妹には、申し訳なさもあった。
そして心配している。
「うん――コンビニで……」
「そっか」
少しだけ期待した。それを気取られないように普段通りに応える。
妹に友達が少ない事は知っている。夕飯を共に過ごすような友人が大学いない事も。だから、
「あのね、お姉ちゃん――」
と、妹の口から、今日大学であった出来事を聞いた時には少しだけ嬉しくなり、少しだけ心配にもなった。
「――それで何貰ったの?」
「おにぎり三つとサンドイッチ三つ」
「それ全部食べたの?」
予想より少々多めの量に論点がずれそうになる。
「すぐに全部食べたわけじゃないよ。その人がいなくなってから半分くらい食べて、お姉ちゃんを待つ間、近くの公園で半分食べた」
「夜の公園で一人でコンビニのおにぎりとサンドイッチって――なんだか惨めね」
冗談めいて言ったつもりだったが、妹の寂しげな画を想像したら胸が苦しくなった。だけど、
「今日は一日中惨めだったよ」
と、半分本音の妹の反応を見て、もう半分に冗談ぽさを入れる余裕がある事に、恭子は救われた。
〇
「でも、そうかぁ。なるほどね。それで食事がいらない訳だ」
「うん……」
姉に話しながら明日香の中にその時の情景が少しずつ蘇っていた。
昨日の出会い、今日のベンチでの再会。
大した事ではないはずだ。それなの、不思議な出来事に思える。
それと同時に、彼の事が気になっている自分にも気付いていた。
今日は、昨日の謝罪が目的だって言ってた――。
なら昨日は、何がしたかったんだろう――。
「で――」と少し大きめに放たれた姉の声に明日香は意識を戻した。
「ナンパ男なのか足長おじさんだか判らないけど――そいつの名前は何ていうの?」
「名前? 名前……。そういえば――」
姉に言われるまで気が付かなかった。
彼が借りてくれた本は自分が代わりに返せば良いかもしれない。だけど、お金を借りたのだから名前を聞いておくべきだった。
それに、私も教えてない――。
お金を貸した方からすれば相手の名前を聞いておくべきだと思うのに――。
……なんなんだろう――。
考える程に明日香には彼の事が解らなくなっていった。
自宅近くに着いたのは夜の七時を少し回った頃。段々と日が長くなっているのか、この時間でも十分に辺りを見渡せるほどに明るい。そのため、公園の入り口手前からでもすぐに見つける事ができた。
「明日香」
声をかけると相手もベンチから立ち上がり、恭子の方へと駆けてくる。
「ごめん、お姉ちゃん。ありがとう」
そう言った妹の明日香は、安堵したような弱々しい笑みを浮かべていた。
歩き始めて間もなく、恭子は言った。
「今朝もボーっとしてたんでしょ? 昨日からだけど……どうしたの?」
「うん……」
少し待ったが、妹の口はそれ以上、言葉を紡がなかった。
「まあ、良いわ」
二人並んで歩くなんてそう珍しくはない。だけど、心ここに非ずな妹は見るのはとても稀なことだった。
玄関の扉を開けると、妹は短い廊下を小走り気味に奥へと進んでいった。
「すぐに準備するから、先にお風呂入って」
恭子は妹と二人で暮らしている。
二人暮らしには少しだけ手狭なアパート。だが、自他共に認めるほど姉妹仲が良く、不満を持った事は全くと言って良いほど無い。むしろ、旅行代理店に勤める恭子に代わって家事全般をしてくれている妹には日々感謝しているし、毎日顔を合わせるからいらぬ心配をしなくて済む、とさえ思っていた。
「それじゃあ、いただきます」
風呂から上がり恭子は食卓に着いた。すると、向かいに座る妹の前には食事が並んでいない事にすぐに気付く。
「明日香は食べないの? 何処かで食べてきた?」
何気ない家族の会話。先に食事を取ったとしても何も問題無い。むしろ、自分は食べないのに食事を用意してくれて、普段から――旅行シーズンなど残業で遅く帰る事が多い時期でも食事の時間が合わないのに付き合ってくれている妹には、申し訳なさもあった。
そして心配している。
「うん――コンビニで……」
「そっか」
少しだけ期待した。それを気取られないように普段通りに応える。
妹に友達が少ない事は知っている。夕飯を共に過ごすような友人が大学いない事も。だから、
「あのね、お姉ちゃん――」
と、妹の口から、今日大学であった出来事を聞いた時には少しだけ嬉しくなり、少しだけ心配にもなった。
「――それで何貰ったの?」
「おにぎり三つとサンドイッチ三つ」
「それ全部食べたの?」
予想より少々多めの量に論点がずれそうになる。
「すぐに全部食べたわけじゃないよ。その人がいなくなってから半分くらい食べて、お姉ちゃんを待つ間、近くの公園で半分食べた」
「夜の公園で一人でコンビニのおにぎりとサンドイッチって――なんだか惨めね」
冗談めいて言ったつもりだったが、妹の寂しげな画を想像したら胸が苦しくなった。だけど、
「今日は一日中惨めだったよ」
と、半分本音の妹の反応を見て、もう半分に冗談ぽさを入れる余裕がある事に、恭子は救われた。
〇
「でも、そうかぁ。なるほどね。それで食事がいらない訳だ」
「うん……」
姉に話しながら明日香の中にその時の情景が少しずつ蘇っていた。
昨日の出会い、今日のベンチでの再会。
大した事ではないはずだ。それなの、不思議な出来事に思える。
それと同時に、彼の事が気になっている自分にも気付いていた。
今日は、昨日の謝罪が目的だって言ってた――。
なら昨日は、何がしたかったんだろう――。
「で――」と少し大きめに放たれた姉の声に明日香は意識を戻した。
「ナンパ男なのか足長おじさんだか判らないけど――そいつの名前は何ていうの?」
「名前? 名前……。そういえば――」
姉に言われるまで気が付かなかった。
彼が借りてくれた本は自分が代わりに返せば良いかもしれない。だけど、お金を借りたのだから名前を聞いておくべきだった。
それに、私も教えてない――。
お金を貸した方からすれば相手の名前を聞いておくべきだと思うのに――。
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考える程に明日香には彼の事が解らなくなっていった。
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