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第三節 段々と冷えこむきせつ
第21話 冬のすこしまえ
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紅葉が終わり晩秋の風が心に寂しさを運ぶ頃、来る年末の休暇へ向け二人は話し合いをした。
「また何処か旅行行こうか?」
慎太郎が尋ねる。すると、彼女はすかさず言った。
「じゃあ、また箱根が良い」
夏に行った際、現地で出会った老夫婦に「冬の箱根もまた良い」と薦められて以来、もう一度行きたいと思っていたらしい。慎太郎も快く頷き、すぐに旅行の計画を立てる運びとなった。
明日香が姉に旅行の旨を話すと、
「わかったわ。今度連れて来なさい」
と返ってきたという。彼女としては、姉に品定めをされるようで慎太郎を会わせたくはなく、夏の旅行の際には上手いこと躱していたようだ。しかし今度は早々に諦めていた。
「お姉ちゃんコネで二度も格安旅行させてもらうんだから、流石にもう観念するしかないよね」
「明日香が良いなら、俺は別に構わないよ」
以前から慎太郎はそう応えていた。嫌がっていたのは明日香だけなのだ。
〇
後日、予定を合わせ慎太郎は雪村姉妹の自宅へ招かれた。
姉の恭子は「友達を一人も連れてこなかった妹が――」と慎太郎の来訪を歓迎した。
「――と、こんなところね。じゃあ、お茶にしましょうか」
プラン説明をしている最中も所々に慎太郎への質問などの旅行に関係のない話を挟んだのだが、契約の手順を全て説明し終えると恭子は少々強引に本格的な雑談へと移行する。
――とはいっても、慎太郎はほとんどは質問されるばかりだ。
二人での日頃の過ごし方や高校時代など明日香と出会う前の話、明日香以外の人間関係など。時折照れながら焦り姉を止める明日香の様子を楽しみつつ、慎太郎は一つ一つ答えていった。
しかし一つ――二人の馴れ初めを聞かれた時だけ少々戸惑った。
まさか睡蓮の事など言える訳も無い。
「その、一目惚れで――」
ただそう答えるしかない。
すると、明日香が割り込むように口を開く。
「そんな慎太郎ばかりに質問しないで、少しは自分の事話してよ」
彼女が別の姉に振り話題を流した事で、慎太郎は密かに胸を撫で下ろした。
話が二転三転する間に話題は食事の事になり、慎太郎は夕食を御馳走になる流れになった。しかし材料が微妙に足りなかった様で、明日香は近所の店まで買いに行くと言い出した。
慎太郎も付いて行こうと立ち上がる。しかし、すぐに姉妹両者から止められてしまった。
「まあまあ。お客さんなんだから――その間、私とお話でもしましょう」
恭子はそう言って座るよう促した。
「まあ、彼女の家族と二人きりなんて気まずいだけかもしれないけど」
「いえ、そんな――」
それよりも、明日香を一人で行かせてしまった事が申し訳なかった。
コーヒーを淹れ直してもらうあいだ沈黙が流れる。ただ、キッチンの恭子は楽しそうに見えたので気まずさや変な緊張はない。
カップが慎太郎の前に運ばれる。
そして間もなく、彼女の姉が頭を下げてきた。
「……慎太郎君にはさ、本当に感謝してます」
「え? あ、あの、何が、ですか?」
突然の事に戸惑う。コーヒーのお礼など忘れてしまった。
「妹は慎太郎君と出会ってから明るくなったわ。あのコ、私の前では見せない様にしていたみたいだけど、以前は塞ぎがちで友達も少なくて、楽しい事があるのかな、って心配だったの」
そう言う恭子の表情には少し暗い影がかかり、その顔が明日香にそっくりだった。
ああ、やっぱり姉妹なんだな――。
「あの傷ができる前は明るいコだったんだけど、段々その頃みたいに戻ってるみたいな」
以前、互いの話をした際に明日香の口から聞いた事があった。
決して楽しくはなかった中学高校時代と傷の話。
明日香から傷が治らないものだと聞いた瞬間、嬉しく感じてしまった事を慎太郎は憶えている。その事が彼女に申し訳になく、自分が弱い人間だと痛感していた。
「俺はそんな――」
それ以上の言葉が思い浮かばなかった。
慎太郎は明日香の傷に特別な想いを抱いている――と明日香は知っている。
――と慎太郎も感付いていた。
いつの頃からか、明日香の睡蓮に触れる際、彼女は与える様に傷を委ね、慈しむ様な目を向けるようになった。彼女の睡蓮に愛を向けている時、彼女からもまた普段とは別の愛を感じていた。
疑念が決定的になったのはつい先程だった。
二人の馴れ初めを恭子から尋ねられた際に、明日香は強引に話を変えた。
二人の出会いに疾しい事があるとすれば、それは『慎太郎が睡蓮に見惚れたから話しかけた』という点だけであって、明日香には一切話せない事は無いはずだ。
あのまま追求されれば〝その事〟に触れる事になるかもしれないって、気を使ってくれたんだろう――。
明日香は知っている――そう確信できた。
それでも彼女は一緒にいてくれている。
「……感謝するのは、俺の方です」
そうして下げた視線に映る自分の身体は、ひどく矮小に見えた。
「きっと――いえ、絶対に、妹も慎太郎君に感謝してるわ」
恭子は優しげに微笑んだ。
「それに私も自分の目で見て、妹を任せられる男だ、って安心した。妹と慎太郎君の間には、強くて特別な絆が確かにあるとも感じたわ」
「特別な絆――ですか」
意図したものではないだろう。
しかし、慎太郎には「特別」という言葉が真に迫っている気がした。
「だとしたら、俺も嬉しいです」
慎太郎は当たり障りないようにそう返した。
すると、恭子は唐突に、何処か悲し気な顔になる。
「……慎太郎君……お願いがあるの」
それは、すがるような表情にも見え――その顔もまた明日香に似ていた。
「妹に手術を受けさせてほしいの」
「また何処か旅行行こうか?」
慎太郎が尋ねる。すると、彼女はすかさず言った。
「じゃあ、また箱根が良い」
夏に行った際、現地で出会った老夫婦に「冬の箱根もまた良い」と薦められて以来、もう一度行きたいと思っていたらしい。慎太郎も快く頷き、すぐに旅行の計画を立てる運びとなった。
明日香が姉に旅行の旨を話すと、
「わかったわ。今度連れて来なさい」
と返ってきたという。彼女としては、姉に品定めをされるようで慎太郎を会わせたくはなく、夏の旅行の際には上手いこと躱していたようだ。しかし今度は早々に諦めていた。
「お姉ちゃんコネで二度も格安旅行させてもらうんだから、流石にもう観念するしかないよね」
「明日香が良いなら、俺は別に構わないよ」
以前から慎太郎はそう応えていた。嫌がっていたのは明日香だけなのだ。
〇
後日、予定を合わせ慎太郎は雪村姉妹の自宅へ招かれた。
姉の恭子は「友達を一人も連れてこなかった妹が――」と慎太郎の来訪を歓迎した。
「――と、こんなところね。じゃあ、お茶にしましょうか」
プラン説明をしている最中も所々に慎太郎への質問などの旅行に関係のない話を挟んだのだが、契約の手順を全て説明し終えると恭子は少々強引に本格的な雑談へと移行する。
――とはいっても、慎太郎はほとんどは質問されるばかりだ。
二人での日頃の過ごし方や高校時代など明日香と出会う前の話、明日香以外の人間関係など。時折照れながら焦り姉を止める明日香の様子を楽しみつつ、慎太郎は一つ一つ答えていった。
しかし一つ――二人の馴れ初めを聞かれた時だけ少々戸惑った。
まさか睡蓮の事など言える訳も無い。
「その、一目惚れで――」
ただそう答えるしかない。
すると、明日香が割り込むように口を開く。
「そんな慎太郎ばかりに質問しないで、少しは自分の事話してよ」
彼女が別の姉に振り話題を流した事で、慎太郎は密かに胸を撫で下ろした。
話が二転三転する間に話題は食事の事になり、慎太郎は夕食を御馳走になる流れになった。しかし材料が微妙に足りなかった様で、明日香は近所の店まで買いに行くと言い出した。
慎太郎も付いて行こうと立ち上がる。しかし、すぐに姉妹両者から止められてしまった。
「まあまあ。お客さんなんだから――その間、私とお話でもしましょう」
恭子はそう言って座るよう促した。
「まあ、彼女の家族と二人きりなんて気まずいだけかもしれないけど」
「いえ、そんな――」
それよりも、明日香を一人で行かせてしまった事が申し訳なかった。
コーヒーを淹れ直してもらうあいだ沈黙が流れる。ただ、キッチンの恭子は楽しそうに見えたので気まずさや変な緊張はない。
カップが慎太郎の前に運ばれる。
そして間もなく、彼女の姉が頭を下げてきた。
「……慎太郎君にはさ、本当に感謝してます」
「え? あ、あの、何が、ですか?」
突然の事に戸惑う。コーヒーのお礼など忘れてしまった。
「妹は慎太郎君と出会ってから明るくなったわ。あのコ、私の前では見せない様にしていたみたいだけど、以前は塞ぎがちで友達も少なくて、楽しい事があるのかな、って心配だったの」
そう言う恭子の表情には少し暗い影がかかり、その顔が明日香にそっくりだった。
ああ、やっぱり姉妹なんだな――。
「あの傷ができる前は明るいコだったんだけど、段々その頃みたいに戻ってるみたいな」
以前、互いの話をした際に明日香の口から聞いた事があった。
決して楽しくはなかった中学高校時代と傷の話。
明日香から傷が治らないものだと聞いた瞬間、嬉しく感じてしまった事を慎太郎は憶えている。その事が彼女に申し訳になく、自分が弱い人間だと痛感していた。
「俺はそんな――」
それ以上の言葉が思い浮かばなかった。
慎太郎は明日香の傷に特別な想いを抱いている――と明日香は知っている。
――と慎太郎も感付いていた。
いつの頃からか、明日香の睡蓮に触れる際、彼女は与える様に傷を委ね、慈しむ様な目を向けるようになった。彼女の睡蓮に愛を向けている時、彼女からもまた普段とは別の愛を感じていた。
疑念が決定的になったのはつい先程だった。
二人の馴れ初めを恭子から尋ねられた際に、明日香は強引に話を変えた。
二人の出会いに疾しい事があるとすれば、それは『慎太郎が睡蓮に見惚れたから話しかけた』という点だけであって、明日香には一切話せない事は無いはずだ。
あのまま追求されれば〝その事〟に触れる事になるかもしれないって、気を使ってくれたんだろう――。
明日香は知っている――そう確信できた。
それでも彼女は一緒にいてくれている。
「……感謝するのは、俺の方です」
そうして下げた視線に映る自分の身体は、ひどく矮小に見えた。
「きっと――いえ、絶対に、妹も慎太郎君に感謝してるわ」
恭子は優しげに微笑んだ。
「それに私も自分の目で見て、妹を任せられる男だ、って安心した。妹と慎太郎君の間には、強くて特別な絆が確かにあるとも感じたわ」
「特別な絆――ですか」
意図したものではないだろう。
しかし、慎太郎には「特別」という言葉が真に迫っている気がした。
「だとしたら、俺も嬉しいです」
慎太郎は当たり障りないようにそう返した。
すると、恭子は唐突に、何処か悲し気な顔になる。
「……慎太郎君……お願いがあるの」
それは、すがるような表情にも見え――その顔もまた明日香に似ていた。
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