すいれん

右川史也

文字の大きさ
24 / 29
第三節 段々と冷えこむきせつ

第24話 冬のはじめ -その3-

しおりを挟む
「見えてきたよ」

 明日香が湖に浮かぶ鳥居を指差した。遠くからでもその朱色がはっきりと判る。
 派手な装飾の遊覧船に揺られ芦ノ湖あしのこを縦断し、恋愛にご利益があると言われる神社に向かっていた。
 湖上の寒気を嫌ってか甲板には人が少ない。だから彼女は人目を気にせずにはしゃいでいる。
 ――その様子を見ながら慎太郎はまだ、悩んでいた。

 神前での祈願の時。

 自分はなんて願えば良いんだろうか――。

 そう考えると自分の欲求の在り方に嫌悪し、漠然と明日香の幸せを願う事にした。
 すると、また疑問が湧く。

 明日香の幸せ、って何なのだろうか――。

 改めて考えてみようとした、その時、

「慎太郎は何てお願いした?」
 と、彼女が尋ねてきた。

「明日香が教えてくれるなら教えるよ」
「私は……『二人が幸せでいられますよに』だよ」

 照れながらそう明かす彼女の姿に、慎太郎は胸の痛みを覚えた。

「はい、言ったよ?」

 明日香は笑顔で催促する。慎太郎も応えるように笑った。

「明日香の幸せを願ったよ」

 不格好に悩んだ末の事だが、確かに真実だった。
 すると、明日香の握る手に僅かに力が籠った。

「それなら……もう叶ってるよ。私は慎太郎と一緒なら幸せだよ」

 それが最良の選択ではないという事を、慎太郎は分かっていた。

 それは……俺が明日香に選ばせた答えだ――。

        〇

 車窓から見える朧気な風景をぼんやりと眺めながら、慎太郎は薄らと旅を振り返っていた。
 持って帰ってきた思い出はひどく重く、消化に良くはなかった。

 明日香の愛を知れば知る程に、自分が彼女の愛に相応しくないと感じる。
 明日香への愛を自覚すればする程に、自分が彼女に相応しくないと感じる。

 夢の中で旅の続きを楽しんでいる彼女の隣で、慎太郎はある決心をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...