涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

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「うん、やっぱりそうなっちゃうよね。核シェルターが必要になるときが来るかもしれないなんて、信じられない。でも、東日本大震災の福島第一原発事故のときなんかは、核シェルターがあれば助かっていた人もいたらしいんだよね。近くで原発事故が発生したり、外国が日本に戦争を仕掛けたりしてから核シェルターを作ろうと思っても間に合わないんだし、そういうのを考えると、備えあれば憂いなし、の感覚で作ってもおかしくないんだろうね」

 僕は頷きながらそう言った。

「そう言えば、よく考えてみると、1945年8月6日に広島にいた人たちは、存在すら知らなかった兵器で殺されたんだよね。今は、一時的に核シェルターに籠もれば助かるかもしれないという防衛方法が確立されているのに、その備えをしないなんて、先人に対する冒涜なのかもしれないね」
「でも、第二次世界大戦当時の日本人だって、空襲に備えて全国各地に防空壕を作っていたよね。核シェルターは防空壕の大きいバージョンだと思えば、現実感があるかもしれないよ」
「なるほど、核シェルターは防空壕の大きい版か。そう言えば、私の通っていた小学校の裏山にも防空壕が残ってたし、第二次世界大戦が勃発する以前に核兵器の存在が明らかになっていたら、日本でももっと核シェルターが普及してたかもしれ――」

 朝日奈さんの言葉がそこで途切れた。Jアラートが鳴ったからだ。数年前、近隣の国が弾道ミサイルの実験をしていたときには頻繁に聞いていた音だ。

 僕と朝日奈さんは顔を見合わせた。
 その直後、地面の底から突き上げるような揺れが3回あった。テーブルが何度も浮かび、その上に置かれていたコップが倒れてお茶がこぼれた。コップはそのままテーブルの上を転がり、毛の長い絨毯の上に落ちて止まり、割れはしなかった。蛍光灯が激しく揺れる。棚の上の花瓶が落ち、今度は割れた。

「地震?」

 朝日奈さんは戸惑ったような表情で僕を見た。

「結構大きかったよね」

 僕がそう言ったとき、テレビ画面に『14時28分、関東地方で強い地震が観測されました』というテロップが流れた。そのテロップの下では、若い女優が、年上の俳優と一緒に遊園地でランチを食べていた。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに画面がスタジオに切り替わった。

 30歳くらいの女性のニュースキャスターは緊張した表情でこう言った。
『番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします。先ほど、東京都内に複数のミサイルが着弾しました。先ほどの揺れは地殻変動によるものではなく、ミサイルの着弾によるものです。繰り返します。先ほど、東京都内に――』
「ミサイル!? え? これ、ドラマの一部じゃないよね?」

 朝日奈さんは混乱した表情でそう訊いた。

「このドラマは見たことがあるけど、こんなシーンはなかったはずだよ」

 僕はそう答えた。

『――ミサイルの着弾によるものです。詳しいことはまだ分かっていませんが、外にいる人は屋内に避難してください。また、津波の心配もありますので、海の近くにいる人はすぐに高台に避難してください。繰り返します。外にいる人は――』

「ここ、海は遠かったよね?」

 僕は朝日奈さんに確認した。

「と、思う。標高も割と高いし、少なくとも普通の地震による津波だったらここまでは到達しないと思うけど、ミサイルの場合はどうだろう。あ、お母さんたちに知らせないと」

 朝日奈さんは困ったような表情でそう言い、スマホを取り出した。しかし、すぐに諦めたようにこう言った。

「駄目。圏外になってる。さっきまでは大丈夫だったのに」
「もしかしたら、さっきの地震でアンテナが倒れちゃったのかもしれないね」
「うん、そうかも。地震が起きると、携帯とかスマホが繋がりにくくなるって聞いたことあるし。固定電話なら大丈夫かもしれないけど……」

 朝日奈さんはそう言いながら応接室の中を見回したが、この部屋の中には固定電話はなかった。

「外に出れば電波が繋がるかもしれないけど、出ない方がいいと思うよ」

 僕がそう言うと、朝日奈さんは小さく頷いた。
 テレビの中のスタジオは慌ただしかった。ニュースキャスターに次々と原稿が届けられていた。やがて、画面は東京にミサイルが着弾する場面の映像に切り替わった。

『これはライブカメラが撮影した映像です。国会議事堂や自衛隊の厚木基地にミサイルが着弾したときのものです。さらに全国各地の原子力発電所にもミサイルが着弾しており――』

 突然、画面が大きく乱れた。ニュースキャスターが倒れる場面や、数枚の紙が宙を舞う映像が一瞬映った後、ニュースキャスターが床に屈みこんでいる映像が映し出された。ただし、床が右側、天井が左側の映像になっていた。

「カメラが倒れたみたいね。凄く揺れてる」

 朝日奈さんはテレビ画面を見ながらそう言った。
 数秒後、テレビは『しばらくお待ちください』というテロップが大きく表示された画面に切り替わった。しかしそれも数秒後には消え、今度は真っ暗になった。

「どうしたんだろう」

 僕は朝日奈さんの方を見ながらそう言った。

「さあ。他のチャンネルは?」

 朝日奈さんに促され、僕はテレビのリモコンを手に取り立ち上がった。その瞬間、また先ほどの地震が起こり、僕はリモコンを落としてしまった。

「あっ。あれを見て」

 朝日奈さんが窓の外を指さしながらそう言った。豆粒ほどの大きさに見える民家がある辺りに、ミサイルがゆっくりと落ちていくのが見えた。ミサイルが地面に当たると、炎と煙が破裂した。

「嘘だろう」

 僕の呟きが、遅れてやってきた激しい爆音にかき消された。同時に、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの地震が起こった。棚やテーブルが倒れる。立っていることができなくなり、僕は再びソファに座ってしまった。

「どうしよう。私たちも避難した方がいいんじゃない?」

 朝日奈さんは切羽詰まった口調でそう言った。

「避難って、どこへ?」
「ほら、核シェルターがあるでしょ!」

 朝日奈さんはそう叫んだ。

「あ、そうか」

 僕と朝日奈さんは立ち上がった。その直後に再び床が揺れ、僕と朝日奈さんはお互いの身体を支え合った。
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