8 / 49
1-8
しおりを挟む
「推測で言ってるだけだから、嘘だって言われても困るんだけど」
「お母さんやお父さんはどうしてるかな」
朝日奈さんはそう言ってスマホを取り出したが、やはり圏外のままだった。
「そもそも、ここは事実上地下みたいなものだから、電波が入らないんだと思うよ」
「待って。機械室にパソコンがあったでしょ? スマホの電波は来ていなくても、LANは生きてるかもしれない」
朝日奈さんはそう言って立ち上がり、テレビ室を出た。僕も廊下に出て、朝日奈さんと一緒に機械室へ行った。ノートパソコンの電源を入れるが、しばらく使われていなかったせいか、起動するのに時間がかかった。
「あっ、電話がある」
そう言って、朝日奈さんは固定電話の受話器を取り上げ、おそらく自宅の番号と思われる番号を入力した。ところが、朝日奈さんは落胆したような表情でこう言った。
「駄目。繋がらない」
「他の番号は?」
僕がそう言うと朝日奈さんは色んな番号を試したが、首を左右に振ってこう言った。
「どこも駄目。ツー、ツー、っていう音が聞こえるだけ」
「そうか……。じゃあ、途中で電話線が切れてしまったか、電話の交換局が壊滅しているのかもしれないな」
僕は、そう言い、腕を組んだ。
パソコンが起動する音が聞こえた。朝日奈さんは一脚しかない椅子に座ると、期待を込めた表情で画面を睨んでいた。砂時計が消えると、朝日奈さんはマウスを動かしてインターネットのブラウザを立ち上げた。しかし、「ネットワークに接続できません」という文章が表示された。画面右下の表示を確認すると、どうやら回線が切れている様子だった。
「無線LANも有線LANも、どっちも駄目みたい」
朝日奈さんはしばらく奮闘していたが、やがて溜め息をつくような口調でそう言った。
「そうか……」
「これからどうしよう」
「とりあえず、この核シェルターの中にいた方が安全だと思うんだけど」
「でも――本当にそれでいいのかな? ここは私や山上くんの家じゃないし、これって厳密には不法侵入なんじゃないの?」
「えっ。それはどうだろう。確か、不法侵入という言葉は、法律用語だと住居侵入罪って言ったと思うんだけど、正当な理由があって侵入した場合は罪にならなかったはずだよ。例えば、津波から逃れるために、持ち主の許可なく高い建物の中に入るのは住居侵入罪にはならなかったんじゃないかな」
「本当?」
「うろ覚えだけど、東日本大震災のときはそんな人が大勢いただろうし、取り締まることなんかできないというのが現実なんじゃないかな。確か、緊急避難と言って、急な危険を避けるためなら、他人の権利を侵害しても刑法上の罪には問われないんだよ。今回の場合もそれにあたるから、福田さんが戻ってきても――」
「あ、そうだ」
朝日奈さんは僕の言葉を遮った。
「何?」
「この核シェルターの定員って、何人?」
「えーと、確か12人だったと思う」
「ってことは、もしも11人の家族や友人を連れて福田さんがここに戻ってきたら、私たちは追い出されちゃうんじゃないの?」
「……それは考えてなかったな。でも、もしそんなことになっても、福田さんは僕たちに出て行けなんて言わないと思うけど。ベッドの数は足りなくても、テレビ室のソファとかトレーニング・ルームのマットの上で寝るとか言えば許してもらえると思う。希望的観測かもしれないけど、水や食べ物だって分けてくれるだろう」
「うん、そうだよね。福田さんは、既に避難しているのに外に出て行け、って言うほど非情な人には見えなかったし、このままここにいても大丈夫……だよね?」
「と、思うけど……。ところで、テレビやスマホや電話やパソコン以外に、外の状況を知る方法ってないのかな?」
「えっと――そうだ。ラジオがあった」
僕は、操作パネルの中ほどにある、「AM」「FM」と書かれたダイヤルを指さした。すると朝日奈さんは立ち上がり、その周辺にあった電源ボタンを発見して電源を入れた。すぐにザーッという音が聞こえた。朝日奈さんはダイヤルを慎重に回していく。1分ほどかかって、ようやく雑音混じりの音声が聞こえてきた。
『――がとうございました。それでは、これから世界はどんなふうになっていくんでしょうか。前島さん、お願いします』
司会らしき若い男の声が聞こえた。続いて、年配の男の声がこう言った。
『どうも。世界終末戦争評論家の前島です』
「世界終末戦争評論家って何? こういうのって、言ったもん勝ちって感じがするよね」
朝日奈さんは冷静な口調でそうツッコミを入れた。
もちろん前島にはそのツッコミは聞こえないので、彼は話を続ける。
『ソンナク・ニナイネン共和国がロシアに侵攻して始まったこの第三次世界大戦ですが、ロシアには自動報復システムというものがあります。敵国からの最初の攻撃で軍の司令部が壊滅状態になってしまった場合、自動的に報復攻撃をするというシステムです。これは冷戦時代に作られたシステムなので、この場合の敵国というのはアメリカを指しています。つまり、アメリカとその同盟国に向けて報復攻撃をするわけですね。日本もアメリカの同盟国ということになっていますから、今こうして、日本にもミサイルが飛んできているわけです。で、そのアメリカはと言いますと、アメリカも主にロシアとその同盟国を対象とした自動報復システムを持っています。ただ、アメリカはロシアよりも多くの国と敵対していますし、世界最大の軍事国家ですからね。アメリカ1国だけで、世界を数回滅亡させることができるだけの兵器を所有していますから、アメリカの自動報復システムが作動すれば、本当にとんでもないことになります』
『とんでもないことと言いますと、具体的には?』
司会者がそう質問した。
「お母さんやお父さんはどうしてるかな」
朝日奈さんはそう言ってスマホを取り出したが、やはり圏外のままだった。
「そもそも、ここは事実上地下みたいなものだから、電波が入らないんだと思うよ」
「待って。機械室にパソコンがあったでしょ? スマホの電波は来ていなくても、LANは生きてるかもしれない」
朝日奈さんはそう言って立ち上がり、テレビ室を出た。僕も廊下に出て、朝日奈さんと一緒に機械室へ行った。ノートパソコンの電源を入れるが、しばらく使われていなかったせいか、起動するのに時間がかかった。
「あっ、電話がある」
そう言って、朝日奈さんは固定電話の受話器を取り上げ、おそらく自宅の番号と思われる番号を入力した。ところが、朝日奈さんは落胆したような表情でこう言った。
「駄目。繋がらない」
「他の番号は?」
僕がそう言うと朝日奈さんは色んな番号を試したが、首を左右に振ってこう言った。
「どこも駄目。ツー、ツー、っていう音が聞こえるだけ」
「そうか……。じゃあ、途中で電話線が切れてしまったか、電話の交換局が壊滅しているのかもしれないな」
僕は、そう言い、腕を組んだ。
パソコンが起動する音が聞こえた。朝日奈さんは一脚しかない椅子に座ると、期待を込めた表情で画面を睨んでいた。砂時計が消えると、朝日奈さんはマウスを動かしてインターネットのブラウザを立ち上げた。しかし、「ネットワークに接続できません」という文章が表示された。画面右下の表示を確認すると、どうやら回線が切れている様子だった。
「無線LANも有線LANも、どっちも駄目みたい」
朝日奈さんはしばらく奮闘していたが、やがて溜め息をつくような口調でそう言った。
「そうか……」
「これからどうしよう」
「とりあえず、この核シェルターの中にいた方が安全だと思うんだけど」
「でも――本当にそれでいいのかな? ここは私や山上くんの家じゃないし、これって厳密には不法侵入なんじゃないの?」
「えっ。それはどうだろう。確か、不法侵入という言葉は、法律用語だと住居侵入罪って言ったと思うんだけど、正当な理由があって侵入した場合は罪にならなかったはずだよ。例えば、津波から逃れるために、持ち主の許可なく高い建物の中に入るのは住居侵入罪にはならなかったんじゃないかな」
「本当?」
「うろ覚えだけど、東日本大震災のときはそんな人が大勢いただろうし、取り締まることなんかできないというのが現実なんじゃないかな。確か、緊急避難と言って、急な危険を避けるためなら、他人の権利を侵害しても刑法上の罪には問われないんだよ。今回の場合もそれにあたるから、福田さんが戻ってきても――」
「あ、そうだ」
朝日奈さんは僕の言葉を遮った。
「何?」
「この核シェルターの定員って、何人?」
「えーと、確か12人だったと思う」
「ってことは、もしも11人の家族や友人を連れて福田さんがここに戻ってきたら、私たちは追い出されちゃうんじゃないの?」
「……それは考えてなかったな。でも、もしそんなことになっても、福田さんは僕たちに出て行けなんて言わないと思うけど。ベッドの数は足りなくても、テレビ室のソファとかトレーニング・ルームのマットの上で寝るとか言えば許してもらえると思う。希望的観測かもしれないけど、水や食べ物だって分けてくれるだろう」
「うん、そうだよね。福田さんは、既に避難しているのに外に出て行け、って言うほど非情な人には見えなかったし、このままここにいても大丈夫……だよね?」
「と、思うけど……。ところで、テレビやスマホや電話やパソコン以外に、外の状況を知る方法ってないのかな?」
「えっと――そうだ。ラジオがあった」
僕は、操作パネルの中ほどにある、「AM」「FM」と書かれたダイヤルを指さした。すると朝日奈さんは立ち上がり、その周辺にあった電源ボタンを発見して電源を入れた。すぐにザーッという音が聞こえた。朝日奈さんはダイヤルを慎重に回していく。1分ほどかかって、ようやく雑音混じりの音声が聞こえてきた。
『――がとうございました。それでは、これから世界はどんなふうになっていくんでしょうか。前島さん、お願いします』
司会らしき若い男の声が聞こえた。続いて、年配の男の声がこう言った。
『どうも。世界終末戦争評論家の前島です』
「世界終末戦争評論家って何? こういうのって、言ったもん勝ちって感じがするよね」
朝日奈さんは冷静な口調でそうツッコミを入れた。
もちろん前島にはそのツッコミは聞こえないので、彼は話を続ける。
『ソンナク・ニナイネン共和国がロシアに侵攻して始まったこの第三次世界大戦ですが、ロシアには自動報復システムというものがあります。敵国からの最初の攻撃で軍の司令部が壊滅状態になってしまった場合、自動的に報復攻撃をするというシステムです。これは冷戦時代に作られたシステムなので、この場合の敵国というのはアメリカを指しています。つまり、アメリカとその同盟国に向けて報復攻撃をするわけですね。日本もアメリカの同盟国ということになっていますから、今こうして、日本にもミサイルが飛んできているわけです。で、そのアメリカはと言いますと、アメリカも主にロシアとその同盟国を対象とした自動報復システムを持っています。ただ、アメリカはロシアよりも多くの国と敵対していますし、世界最大の軍事国家ですからね。アメリカ1国だけで、世界を数回滅亡させることができるだけの兵器を所有していますから、アメリカの自動報復システムが作動すれば、本当にとんでもないことになります』
『とんでもないことと言いますと、具体的には?』
司会者がそう質問した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる