涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

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「推測で言ってるだけだから、嘘だって言われても困るんだけど」
「お母さんやお父さんはどうしてるかな」

 朝日奈さんはそう言ってスマホを取り出したが、やはり圏外のままだった。

「そもそも、ここは事実上地下みたいなものだから、電波が入らないんだと思うよ」
「待って。機械室にパソコンがあったでしょ? スマホの電波は来ていなくても、LANは生きてるかもしれない」

 朝日奈さんはそう言って立ち上がり、テレビ室を出た。僕も廊下に出て、朝日奈さんと一緒に機械室へ行った。ノートパソコンの電源を入れるが、しばらく使われていなかったせいか、起動するのに時間がかかった。

「あっ、電話がある」

 そう言って、朝日奈さんは固定電話の受話器を取り上げ、おそらく自宅の番号と思われる番号を入力した。ところが、朝日奈さんは落胆したような表情でこう言った。

「駄目。繋がらない」
「他の番号は?」

 僕がそう言うと朝日奈さんは色んな番号を試したが、首を左右に振ってこう言った。

「どこも駄目。ツー、ツー、っていう音が聞こえるだけ」
「そうか……。じゃあ、途中で電話線が切れてしまったか、電話の交換局が壊滅しているのかもしれないな」

 僕は、そう言い、腕を組んだ。
 パソコンが起動する音が聞こえた。朝日奈さんは一脚しかない椅子に座ると、期待を込めた表情で画面を睨んでいた。砂時計が消えると、朝日奈さんはマウスを動かしてインターネットのブラウザを立ち上げた。しかし、「ネットワークに接続できません」という文章が表示された。画面右下の表示を確認すると、どうやら回線が切れている様子だった。

「無線LANも有線LANも、どっちも駄目みたい」

 朝日奈さんはしばらく奮闘していたが、やがて溜め息をつくような口調でそう言った。

「そうか……」
「これからどうしよう」
「とりあえず、この核シェルターの中にいた方が安全だと思うんだけど」
「でも――本当にそれでいいのかな? ここは私や山上くんの家じゃないし、これって厳密には不法侵入なんじゃないの?」
「えっ。それはどうだろう。確か、不法侵入という言葉は、法律用語だと住居侵入罪って言ったと思うんだけど、正当な理由があって侵入した場合は罪にならなかったはずだよ。例えば、津波から逃れるために、持ち主の許可なく高い建物の中に入るのは住居侵入罪にはならなかったんじゃないかな」
「本当?」
「うろ覚えだけど、東日本大震災のときはそんな人が大勢いただろうし、取り締まることなんかできないというのが現実なんじゃないかな。確か、緊急避難と言って、急な危険を避けるためなら、他人の権利を侵害しても刑法上の罪には問われないんだよ。今回の場合もそれにあたるから、福田さんが戻ってきても――」
「あ、そうだ」

 朝日奈さんは僕の言葉を遮った。

「何?」
「この核シェルターの定員って、何人?」
「えーと、確か12人だったと思う」
「ってことは、もしも11人の家族や友人を連れて福田さんがここに戻ってきたら、私たちは追い出されちゃうんじゃないの?」
「……それは考えてなかったな。でも、もしそんなことになっても、福田さんは僕たちに出て行けなんて言わないと思うけど。ベッドの数は足りなくても、テレビ室のソファとかトレーニング・ルームのマットの上で寝るとか言えば許してもらえると思う。希望的観測かもしれないけど、水や食べ物だって分けてくれるだろう」
「うん、そうだよね。福田さんは、既に避難しているのに外に出て行け、って言うほど非情な人には見えなかったし、このままここにいても大丈夫……だよね?」
「と、思うけど……。ところで、テレビやスマホや電話やパソコン以外に、外の状況を知る方法ってないのかな?」
「えっと――そうだ。ラジオがあった」

 僕は、操作パネルの中ほどにある、「AM」「FM」と書かれたダイヤルを指さした。すると朝日奈さんは立ち上がり、その周辺にあった電源ボタンを発見して電源を入れた。すぐにザーッという音が聞こえた。朝日奈さんはダイヤルを慎重に回していく。1分ほどかかって、ようやく雑音混じりの音声が聞こえてきた。

『――がとうございました。それでは、これから世界はどんなふうになっていくんでしょうか。前島さん、お願いします』

 司会らしき若い男の声が聞こえた。続いて、年配の男の声がこう言った。

『どうも。世界終末戦争評論家の前島です』

「世界終末戦争評論家って何? こういうのって、言ったもん勝ちって感じがするよね」

 朝日奈さんは冷静な口調でそうツッコミを入れた。
 もちろん前島にはそのツッコミは聞こえないので、彼は話を続ける。

『ソンナク・ニナイネン共和国がロシアに侵攻して始まったこの第三次世界大戦ですが、ロシアには自動報復システムというものがあります。敵国からの最初の攻撃で軍の司令部が壊滅状態になってしまった場合、自動的に報復攻撃をするというシステムです。これは冷戦時代に作られたシステムなので、この場合の敵国というのはアメリカを指しています。つまり、アメリカとその同盟国に向けて報復攻撃をするわけですね。日本もアメリカの同盟国ということになっていますから、今こうして、日本にもミサイルが飛んできているわけです。で、そのアメリカはと言いますと、アメリカも主にロシアとその同盟国を対象とした自動報復システムを持っています。ただ、アメリカはロシアよりも多くの国と敵対していますし、世界最大の軍事国家ですからね。アメリカ1国だけで、世界を数回滅亡させることができるだけの兵器を所有していますから、アメリカの自動報復システムが作動すれば、本当にとんでもないことになります』
『とんでもないことと言いますと、具体的には?』

 司会者がそう質問した。
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