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「お湯を沸かせる道具はあるのかな?」
廊下を歩きながら、朝日奈さんは不安そうに訊いた。
「確かポットがあったと思う」
「よかった」
朝日奈さんは安心したように小さな溜め息をついた。
僕はそんな朝日奈さんを見ながらこう言った。
「そう言えば、こんな笑い話を聞いたことがある。牢屋に閉じ込められることになった囚人が、看守から、何か欲しい物を1年に1種類だけ差し入れしてやると言われるんだ。もちろん、食事や水は別に出るから、生活必需品以外で何か欲しい物、という意味だね。で、その囚人はワインが好きだったから、最初の年に大量のワインを頼んだんだけど、翌年に頼んだのは何だったと思う?」
「その笑い話、私も昔聞いたことがある。――翌年に頼んだのはワインオープナーでしょ?」
「その通り」
そんなことを言っているうちに食堂に着いた。朝日奈さんは、ポットの中を、洗剤をつけて泡立てたスポンジで洗って濯いだ。その後、ポットにカップラーメン二つ分の水を入れてお湯を沸かすボタンを押した。
その間に、僕は2つ分のカップラーメンの包装を外して、かやくと粉末スープを麺の上にあけた。ポットのお湯が沸き、僕と朝日奈さんはそれぞれ自分のカップラーメンにお湯を入れた。流しの近くに置いてあったキッチンタイマーで3分測る。
「カップラーメンを食べるのって久しぶりだな」
朝日奈さんは独り言のような口調でそう呟いた。
「そうなんだ。普段はちゃんと自炊しているんだ?」
「ううん、その逆。普段は全く調理をしなくてもいい、スーパーのお弁当を買ってるの。特に『充福』の鶏そぼろ弁当と、五目弁当がお気に入り。1人暮らしだと下手に自炊をするよりお弁当を買った方が安いし……って自分自身に言い訳をしながら毎日買ってた」
朝日奈さんは恥ずかしそうにそう言った。
「ふうん、そうなのか。逆に、僕はカップラーメンばかり食べてたけどな。お弁当を買いに行くのすら面倒で、家に買い置きできるカップラーメンを重宝していたんだ」
「そんなものばっかり食べていると、栄養が偏るよ。……って、これからはずっと『そんなもの』ばっかり食べ続けないといけないわけだけど」
「炊飯器とお米もあるから、ご飯くらいなら炊けると思うよ。おかずはやっぱりレトルトばかりになるだろうけど」
「うん、そうね。まあ、子供の頃はレトルト食品とかカップラーメンなんて家では絶対に食べさせてもらえなかったし、これはこれで新鮮でいいんだけどね」
「えっ。朝日奈さんの家って、そんなに厳しかったの?」
「厳しいって言っても、食事に関してだけだけどね。私の両親や祖父母は何ていうか、子供にレトルト食品やカップラーメンやジャンクフードを食べさせるような親は、子育てを手抜きしている、って考え方の人たちなんだよね。だから、ずっとお母さんかお祖母ちゃんが作ったものしか食べさせてもらえなかった。でも、子供ってレトルト食品とかカップラーメンが大好きじゃない? 特に、子供向けのアニメとコラボしたレトルト食品って多いし、カップラーメンも子供が見るテレビを時間帯にCMが流れていたし。だから、スーパーへ買い物に行くたびに私がそういう食べ物をねだったら、仕舞いには一緒に買い物に連れて行ってくれなくなっちゃった」
冗談めかした口調だったが、朝日奈さんの表情は、苦い思い出を噛みしめているようだった。
「そっか。でも、僕はそういうのってちょっと羨ましいけどな」
「羨ましい? どうして?」
「僕が生まれたときには、既に母方も父方も、祖父母は全員亡くなっていたんだ。おまけに、両親は共働きで毎日帰りが遅くて、2人とも家に帰ってくるとクタクタになってて、家事なんかやれるような状態じゃなかったんだ。だから、毎週日曜日に父さんか母さんのどちらかがスーパーに行って、大量のお菓子やレトルト食品やカップラーメンや冷凍食品を買い込んで、1週間それだけを食べて過ごしていたんだよ」
「そっか……。ごめんね」
「どうして朝日奈さんが謝るんだ?」
「だって、そんな環境で育ったんじゃ、さっきの私の昔話は自慢話みたいに聞こえちゃったでしょ」
「別にそんなことないよ。何事も両極端なのはよくないな、って思っただけだったし」
「そう。それならいいんだけど」
朝日奈さんはそう言って黙り込んだ。
キッチンタイマーが電子音を鳴らしたので、僕はスイッチを押して音を止めた。
僕と朝日奈さんはカップラーメンの蓋を開け、食器棚の中に入っていた割り箸でラーメンを混ぜて、黙々と食べた。
無言のままカップラーメンを食べ終え、水を飲むと、朝日奈さんはこう言った。
「ねえ。ゴミを捨てる場所ってあるのかな?」
「ダスト・シュートがあるよ。あそこに入れれば、核シェルターのさらに地下に作られたゴミ捨て場に集積されることになっているはずだ」
僕はそう言って、キッチンの隅の壁際にある、ステンレス製の蓋を指さした。
廊下を歩きながら、朝日奈さんは不安そうに訊いた。
「確かポットがあったと思う」
「よかった」
朝日奈さんは安心したように小さな溜め息をついた。
僕はそんな朝日奈さんを見ながらこう言った。
「そう言えば、こんな笑い話を聞いたことがある。牢屋に閉じ込められることになった囚人が、看守から、何か欲しい物を1年に1種類だけ差し入れしてやると言われるんだ。もちろん、食事や水は別に出るから、生活必需品以外で何か欲しい物、という意味だね。で、その囚人はワインが好きだったから、最初の年に大量のワインを頼んだんだけど、翌年に頼んだのは何だったと思う?」
「その笑い話、私も昔聞いたことがある。――翌年に頼んだのはワインオープナーでしょ?」
「その通り」
そんなことを言っているうちに食堂に着いた。朝日奈さんは、ポットの中を、洗剤をつけて泡立てたスポンジで洗って濯いだ。その後、ポットにカップラーメン二つ分の水を入れてお湯を沸かすボタンを押した。
その間に、僕は2つ分のカップラーメンの包装を外して、かやくと粉末スープを麺の上にあけた。ポットのお湯が沸き、僕と朝日奈さんはそれぞれ自分のカップラーメンにお湯を入れた。流しの近くに置いてあったキッチンタイマーで3分測る。
「カップラーメンを食べるのって久しぶりだな」
朝日奈さんは独り言のような口調でそう呟いた。
「そうなんだ。普段はちゃんと自炊しているんだ?」
「ううん、その逆。普段は全く調理をしなくてもいい、スーパーのお弁当を買ってるの。特に『充福』の鶏そぼろ弁当と、五目弁当がお気に入り。1人暮らしだと下手に自炊をするよりお弁当を買った方が安いし……って自分自身に言い訳をしながら毎日買ってた」
朝日奈さんは恥ずかしそうにそう言った。
「ふうん、そうなのか。逆に、僕はカップラーメンばかり食べてたけどな。お弁当を買いに行くのすら面倒で、家に買い置きできるカップラーメンを重宝していたんだ」
「そんなものばっかり食べていると、栄養が偏るよ。……って、これからはずっと『そんなもの』ばっかり食べ続けないといけないわけだけど」
「炊飯器とお米もあるから、ご飯くらいなら炊けると思うよ。おかずはやっぱりレトルトばかりになるだろうけど」
「うん、そうね。まあ、子供の頃はレトルト食品とかカップラーメンなんて家では絶対に食べさせてもらえなかったし、これはこれで新鮮でいいんだけどね」
「えっ。朝日奈さんの家って、そんなに厳しかったの?」
「厳しいって言っても、食事に関してだけだけどね。私の両親や祖父母は何ていうか、子供にレトルト食品やカップラーメンやジャンクフードを食べさせるような親は、子育てを手抜きしている、って考え方の人たちなんだよね。だから、ずっとお母さんかお祖母ちゃんが作ったものしか食べさせてもらえなかった。でも、子供ってレトルト食品とかカップラーメンが大好きじゃない? 特に、子供向けのアニメとコラボしたレトルト食品って多いし、カップラーメンも子供が見るテレビを時間帯にCMが流れていたし。だから、スーパーへ買い物に行くたびに私がそういう食べ物をねだったら、仕舞いには一緒に買い物に連れて行ってくれなくなっちゃった」
冗談めかした口調だったが、朝日奈さんの表情は、苦い思い出を噛みしめているようだった。
「そっか。でも、僕はそういうのってちょっと羨ましいけどな」
「羨ましい? どうして?」
「僕が生まれたときには、既に母方も父方も、祖父母は全員亡くなっていたんだ。おまけに、両親は共働きで毎日帰りが遅くて、2人とも家に帰ってくるとクタクタになってて、家事なんかやれるような状態じゃなかったんだ。だから、毎週日曜日に父さんか母さんのどちらかがスーパーに行って、大量のお菓子やレトルト食品やカップラーメンや冷凍食品を買い込んで、1週間それだけを食べて過ごしていたんだよ」
「そっか……。ごめんね」
「どうして朝日奈さんが謝るんだ?」
「だって、そんな環境で育ったんじゃ、さっきの私の昔話は自慢話みたいに聞こえちゃったでしょ」
「別にそんなことないよ。何事も両極端なのはよくないな、って思っただけだったし」
「そう。それならいいんだけど」
朝日奈さんはそう言って黙り込んだ。
キッチンタイマーが電子音を鳴らしたので、僕はスイッチを押して音を止めた。
僕と朝日奈さんはカップラーメンの蓋を開け、食器棚の中に入っていた割り箸でラーメンを混ぜて、黙々と食べた。
無言のままカップラーメンを食べ終え、水を飲むと、朝日奈さんはこう言った。
「ねえ。ゴミを捨てる場所ってあるのかな?」
「ダスト・シュートがあるよ。あそこに入れれば、核シェルターのさらに地下に作られたゴミ捨て場に集積されることになっているはずだ」
僕はそう言って、キッチンの隅の壁際にある、ステンレス製の蓋を指さした。
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