涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

文字の大きさ
16 / 49

3-5

しおりを挟む
「そんなものまであるんだ。でも、ダスト・シュートの中もちゃんと放射能の汚染を防げるようになってるのかな?」
「うーん。確か、ゴミは溜まる一方で、回収用の入り口はない仕組みになっているはずだ。だから、普通の地下室のような作りだったとしても、気密性は保たれていて、ダスト・シュートから放射線が侵入してくることはないと思うけど」
「そっか。でも、溜まる一方ってことは、ゴミを入れ続けていたらいつかは満杯になっちゃうんだよね。食品が付着していて腐る部分があるゴミだけはダスト・シュートに入れて、それ以外の梱包部分はまた別の場所に置いておくことにしましょう。食品が付着しているゴミも、一度ゴミ袋に入れて、ダスト・シュートに入れる前にできるだけ潰して体積を少なくしましょう」

 朝日奈さんはそう提案した。

「そうだね。じゃあ、とりあえずカップラーメンの容器は重ねておこうか。倉庫にゴミ袋があったから、それを取って来るよ」

 僕は倉庫に行き、ゴミ袋を手にするとすぐに食堂に戻った。その間に、朝日奈さんはゴミの分別を済ませていた。

「こっちの、ダスト・シュートの前に置いてあるのがダスト・シュートに捨てるゴミを入れる袋で、食器棚の近くに置いてあるのがダスト・シュートには入れないゴミを入れる袋ね。位置で区別することにしましょう」
「うん、分かった」
「この後はどうする? 私、できればお風呂に入りたいんだけど……」
「入ってきなよ」
「タオルとか着替えはあるのかな? それと、お風呂ってお湯も出るの?」
「タオルや着替えは、倉庫にあるのを見かけた。お風呂は、電気でお湯を沸かす仕組みになってるから大丈夫だと思う」
「そっか。電気で沸かすのか……。それも節約しないといけないね」
「発電量が変わらないのなら、その範囲内でどれだけ実際に電気を使っても、燃料の消費量は変化しないから大丈夫だと思うよ」
「いえ、それなら、発電量を調整して、停電しないギリギリのラインを早いところ見つけないといけない、ってことでしょ?」
「そうだけど、とりあえず今日のところは考えないことにしようよ。僕も朝日奈さんも、今は気が張っているから疲れを感じないだけで、実際には色々と精神的な疲労が溜まっているだろうし。今日はもう夜も遅いから、さっさとお風呂に入って寝てしまおう」
「寝れる……かな。こんな状況で」

 朝日奈さんは心細そうにそう言った。

「眠れなくても寝ないといけない。長丁場になるから、体力を温存しておかないと」
「うん、分かった。じゃあ、交替でお風呂に入ったら、発電機の発電量を最低のラインにしておきましょう」
「交替で? 僕は1日くらいならお風呂に入らなくても平気だけど」
「駄目よ。共同生活をするんだから、ちゃんと毎日お風呂に入って」

 朝日奈さんはそう言って僕を睨んだ。

「分かったよ。ちゃんと入るから」

 僕は諦めて頷いた。

 それから僕たちは倉庫へ行き、タオルや着替えを調べた。タオルはフェイスタオルとバスタオルの2種類があったが、朝日奈さんは洗濯に必要な洗剤の量を節約するために、お風呂上がりでもバスタオルではなくフェイスタオルを使おうと主張した。着替えは、下着を除けば、男女兼用の藍色の浴衣と、フリーサイズの白いジャージの上下しかなかった。とりあえず、今日は浴衣に着替えることにする。朝日奈さんはボディーソープとシャンプー以外に、リンスや乳液や化粧水も欲しがったが、生憎、この倉庫には保湿クリームしか見当たらなかった。

「贅沢は言えないし、保湿クリームで妥協することにする。リンスに関しては、そんなものは最初からこの世に存在しなかったんだと思って諦める……。ボディーソープとシャンプーも1種類ずつしかなくて、しかも私が普段使っているメーカーのものじゃないけど、あるだけマシだと自分に言い聞かせる」

 朝日奈さんは残念そうに言った。そんな大げさな、と思わないこともなかったが、女性にとってはそういうものが死活問題なのだろうと思い、僕は余計なことは言わなかった。

 お風呂には先に朝日奈さんが入ることになった。その間、僕は自分の部屋――「雪の間」のベッドの上に寝転がり、これからのことを考えていた。

 朝日奈さんは15分ほどでお風呂から上がり、僕の部屋をノックした。

「随分と早かったね」

 僕はドアを開けるとそう言った。

「いつもはもっと時間をかけるんだけど、地下水を汲み上げるのにも、お湯を沸かすのにも電気を使っていると思うと、長湯できなくて……。2人だけならバスタブにお湯を張るより、シャワーの方が節約になると思って、シャワーで済ませたから。山上くんもできればシャワーだけにしてね。それと、ボディーソープやシャンプーも量が限られているんだから節約してね」

 洗面所にはドライヤーもあったはずなのだが、それを使った様子はなく、朝日奈さんの髪はまだ少し濡れていた。おそらく、ドライヤーの電気の消費量を考え、使わなかったのだろう。藍色の浴衣がよく似合っており、一瞬、2人でどこかの温泉宿にでも旅行に来ているような錯覚に陥りかけた。

「はいはい、分かったよ」

 僕はそう答えると、携帯電話と財布を「雪の間」のベッドの上に置き、着替えを持って洗面所兼脱衣所へ向かった。洗面所には、洗面台の他に、洗濯機と籠と、タオルなどを入れておくための棚があった。

 洗面所に入った途端、柔らかな甘い匂いがして、僕は顔が熱くなるのを感じた。ボディーソープとシャンプーの匂いなのは分かっているのだが、つい先ほど朝日奈さんが入ったお風呂を僕も使うのかと思うと、今さらながら躊躇した。しかし、朝日奈さんの方は少なくとも表面上はあまり気にしていないのに、僕の方が自意識過剰になってどうするんだと自分に言い聞かせ、僕は浴室の中に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...