涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

文字の大きさ
21 / 49

5-3

しおりを挟む
「よかった。やっぱり、電気が点かないと怖いね」

 朝日奈さんは安堵の表情を浮かべてそう言った。

「そうだね。食堂に戻ってもう1回電子レンジを使おうか」
「うん。ところでさ、山上くんの家族ってどうしてるの?」

 食堂へ戻る廊下を歩きながら、朝日奈さんはそう訊ねた。

「……どうしてそんなことを訊くの?」
「普通、こんな状況になったら、通じないと分かっていてもケータイやスマホを見たがるものでしょ? もしかしたら家族から連絡が来るかもしれないと思って。でも、山上くんは持ち歩いていないし、昨日戦争が始まったときだって、私と違って家族に連絡を取ろうとしなかったから、ちょっと気になっちゃって」
「うん……。実は、僕には家族がいないんだ」

 僕がそう言うと、朝日奈さんは何もないところで立ち止まった。

「え?」

 戸惑ったような表情で、朝日奈さんは僕を見た。僕はそんな朝日奈さんから少し目を逸らして説明する。

「僕が生まれたときにはもう、父方も母方も、祖父母は亡くなっていた、っていう話は既にしたよね。両親は1人っ子同士の結婚で、子供は僕だけだった。その両親も3年前に交通事故で相次いで亡くなったから、僕にはもう家族と呼べる人がいないんだよ。遠い親戚は何人かいるんだけど、もう何十年も没交渉で、両親の葬儀にも来なかったくらいだから、気分的にはもう天涯孤独って感じだね」
「そうだったんだ……。ごめんなさい。詮索するようなこと聞いちゃって」

 朝日奈さんは泣きそうな表情でそう言った。

「謝らなくてもいいよ。朝日奈さんは謝るようなことは何もしていないんだから」

 そう。
 本当は、謝らないといけないのは、僕の方なのだ。

 ――その後、僕たちは言葉少なに電子レンジでスパゲティを茹で、ソースを器に移してから温め、その器に茹でた麺を載せた。ソースが下で麺が上なのは見栄えが悪いが、食器を洗うための洗剤も節約しないといけないのだからと、我慢した。

「昨日の囚人の笑い話だけど、もしも山上くんが囚人の立場で、1年に1種類だけ好きな物を差し入れしてもらえるとしたら、何を看守に頼みたい?」

 先ほど気まずい雰囲気になってしまったので、話題を変えようと思ったのか、朝日奈さんはスパゲティを食べながらそんなことを訊いた。

「核シェルターに閉じ込められたときの話題として、これほど相応しいものはないね」

 僕はそう言って、おおげさな溜め息をついて見せた。

「茶化さないでよ。ちなみに、私だったら、看守には牢屋の鍵を頼むかな」
「昨日、囚人の笑い話が終わった後でその模範解答を思いついちゃって、それが言いたくなっただけだろ!」
「バレたか」

 朝日奈さんはそう言って笑った。

「正直、牢屋の鍵っていうのは反則だと思う」
「えーっ。いい解答だと思うんだけどなあ」
「僕が看守の立場でそんなことを言われたら、牢屋の扉を二重にして、内側の扉の鍵だけを囚人に渡すだろうね」
「そんなことを思いつくなんて、山上くんって本当に性格が捻くれてるのね」
「朝日奈さんほどじゃないよ。牢屋の鍵以外だったら、何を頼む?」
「そうね……スマホかな」
「朝日奈さんって、やっぱりスマホ依存症だったのか」
「別に依存症ってわけじゃないんだけど、電波が入らないと不安になっちゃうのよね。誰かがメッセージを送ったのに私の返信が来なくてイライラしてるんじゃないかとか、ついそんなことを考えちゃうの」
「それ、普通にスマホ依存症だと思うんだけど……」
「いえ、それに、スマホがあれば色々と暇潰しができるし、退屈な牢獄生活の中での光になると思うのよ」

 朝日奈さんは言い訳するようにそう言った。

「うん、そうだね」

 僕は温かい眼差しで朝日奈さんを見たのだが、なぜか彼女は怒ったような表情になった。

「そう言う山上くんは何を持っていくの?」
「僕は……現金で100億円かな」
「牢屋の中で100億円を手に入れて、何に使うの?」
「看守を買収するんだよ」
「それ、牢屋の鍵と殆ど変わらないよ。反則だと思う。別のにして」
「じゃあ……朝日奈さんのスマホという解答と殆ど変わらないけど、ノートパソコンかな。インターネットがあれば無限に時間を潰せるし」
「そして翌年には、インターネットに接続できるLANケーブルか、無線LANのパスワードを看守に頼むのね」

 朝日奈さんがそう突っ込んだ。

「それを言ったら、スマホだって電波が来なかったらどうするんだよ。まさか、牢屋の近くに電波塔を建ててくれって言うのか?」
「それもそうか。でも、そんなことを言い出したら、スマホもノートパソコンも、充電器がなかったり、それどころか牢屋内にコンセントがなかったりしたら、バッテリーが切れた時点でただのオブジェになっちゃうよね」
「1種類だけ、っていうのが難しいんだよな。例えば、小説を1万冊っていうのは1種類のうちに入るのかな? 小説は大好きだから、それなら1年間楽しく過ごせそうな気がするんだけど」
「全く同じ小説が1万冊届いたりして」
「それは困るなあ。中身が全部同じだと、読み飽きてしまったら、ドミノ倒しをして遊ぶ以外の使い道がなくなってしまう。内容が違う小説を1万冊、って頼めばいいのかな?」
「上巻はなくて下巻だけ1万冊分集められたり、シリーズ物の2巻以降だけ集められたりとか、嫌がらせをされるかもしれない。他にも、ラテン語やエスペラント語で書かれた本ばかり1万冊集められちゃうかもよ」
「朝日奈さん、よくそんなことばかり思いつくね」
「っていうか、小説を1万冊も頼んだら、多すぎて牢屋に入りきらなくなっちゃって、本に押し潰されて死んじゃうかも」
「それ、ショートショートのオチにありそうだね。本好きとしては本望だけど、そんな嫌なオチを思いつくなんて、朝日奈さんって本当に性格が捻くれているんだね」

 僕たちはそんな話をして笑い合った。

 ふと、今朝起きたときに、朝日奈さんと上手く話すことができなかったらどうしようと不安に思っていたのを思い出した。案ずるより産むが易しとはこのことだな、と思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...